第12話 魔女は星を識る



 「やあ。来てくれたんだね、白石さん。」


 部室の入り口に立つ白石さんに、声を掛けながら近寄る。

 一昨日出会ってから、こうして顔を合わせるのは既に4回目だ。それにここは校舎の3階、教室が1階にある1年生にはわざわざ来る理由のない場所である。今日は明確に、アオイがいるであろうここを探してやって来てくれたのだろう。もしかしたら、アオイが天文部ということを知っている子がいたのかもしれない。


 「1年生?」


 部室の奥から首を伸ばして覗いている菜夏先生が首をかしげる。


 「ええ、1年の白石さん。転校生らしくてまだ学校に慣れてないみたいですけど。」

 「あ、そっか! 1年に転校生の子が来たって聞いてたの、思い出したよ。」

 「今学期からってことですし、まだ1週間ですからね。」


 さすがに自分が担任を受け持たない学年の生徒はまだ顔を覚えていないようで、見覚えのない顔に戸惑っていた様子。ましてや白石さんは転校生なのだから、まだ見覚えがないのも無理はない。


 「それで、どうしてここに?」

 「えっと、その……天文部に、興味が、あって……」


 アオイが訊ねると、明らかに緊張で声を震わせながらそう告げる白石さん。昨日しきりに勧誘を受けていたのだから、当然部活にはまだ入っていないのだろう。ここにアオイがいることをどこかで知ったのか、それとも本当に天文部への興味からやって来たのか。


 「もしかして、入部希望ってことかな!」

 「なら、そんなところに立ってないでどうぞ入ってくれ。アオ、こっちへ。」


 先生とアキオ先輩はすっかり歓迎モードで白石さんを招き入れる。


 「え、っと……」

 「まあ、遠慮せずにまずは入りなよ。せっかく来てくれたお客さんを拒む理由もないし。」

 「あ……それなら、失礼します……」


 おそるおそる、白石さんはテーブルにまで案内されると、用意された席に小さくうずくまるように座った。完全に借りてきた猫のようにおとなしく丸くなっている。


 「ウワサの転校生の子かぁ。でも、アオくんは知ってたみたいだね?」

 「ええ、たまたまですけど。スズや紫苑しおんからも聞いてないですし。」

 「そうだな……転校生がいるという話も聞いたことがなかった。」

 「クラスが違うんでしょうね。スズがA組で、紫苑はたしかD組だったか。」


 アオイが話に出した「スズ」と「紫苑」とは、もちろんこの天文部の部員のことである。従妹の鈴蘭、そして同じく後輩の男子である紫苑。


 「ウチには1年生が二人いるからさ。同じクラスだったら、話題に出てたかもしれないんだけど。」

 「わたしは、C組なので……」

 「だよね、クラスが違うとそんなにウワサになったりはしないか。」


 ウワサになる、という言葉に白石さんはまた赤くなって俯いた。

 本当に人見知りなんだな。とても、あのとき少し悪戯っぽく楽しそうに声を掛けてきたあの子と同じ人物とは思えない。




 「それで、ウチに興味があるってことだけど。」


 話を本筋に戻そう。

 何はともあれ、天文部ウチとしては新入部員が来てくれたのは喜ばしいことだ。


 「はい、その……わたし、星が好きで。」


 ポツポツと話しだす白石さん。


 「親の影響、というのもあるのかもしれないですけど。母の影響で星には詳しくて……小さい頃には、一緒によく星を見ていました。月や星の満ち欠けを見たり、星座を覚えたり。占星術───星占いなんかも、よく読んでましたね。」

 「わあ、いいよね星占い! 朝のニュースとかで、今日の運勢とかやってるとついつい気になっちゃう!」

 「別に根拠も何も無いですけどね、アレ。全人類の運勢が12分の1の確率で決まってたまりますか。」

 「アオくんったら分かってないな~。ああいうのは手がかりなんだよ手がかり。もしかしたら、こういう素敵な出会いがあるかも、良くないことが起こるかもって、心構えをするためのものなんだから。ピンチもチャンスも、その心構えが出来ているかどうかで結果が全然変わるんだから。それに、みんな何だかんだでそういうの大好きなんだよ? アオくんだって、今日一番の運勢はふたご座のアナタ!って言われたら、悪い気はしないでしょ?」

 「それは、まあ。良くないことを言われたら若干テンション下がりますし。」


 アオイとて、こういった占いを頭ごなしに否定したりはしない。もしかしたら偶然当たるかもしれないし、本当に未来を「予言」できる類の人間がいないとは言い切れない。

 それに、言霊コトダマという言葉もある。人に言われた言葉が、本当にその言葉どおりの結果をもたらすこともある。そもそも、人は“言葉”というものに支配されやすいものなのだろう。そういったコトバの魔力というものを、アオイはよく知っている。


 「夢が無いよねぇ、アオくん。」

 「あはは……でも、簡単な星占いとかに根拠が無いのはそうですけど、本格的な占星術なんかだとしっかりした理論があったりもするんですよ。星や太陽の動きを人間の一生になぞらえたり、天文図の様子から社会の動向を予測したりとか……それはさすがに難しくて理解できなかったですけど。」

 「へぇ……」


 白石さんの言説を聞いて、皆それぞれに彼女へ向ける視線が変わる。


 「えっと、あの、別に、そういうのを信じてるってわけでもないんですけど……!」

 「分かってるよ。ただ……そうだな。」


 アオイは少し言葉を考えて選んでから言った。


 「さすが……博識だな。星に詳しいというのも、おそらく間違いではなさそうだ。」

 「うんうん。白石さんだっけ、すごく物知りみたい!」


 他の二人がどう思ったかは分からないが、アオイとしては「納得した」と思った。

 こういうところもまた、“魔女”らしいところだと思う。魔女の中にはそういった占い……もとい、その源流となった占術を扱う人もある。

 そもそも「魔女」とは、西洋において昔ながらの知恵を受け継ぐ伝承者なのだ。現在の占いや、さらには錬金術や黒魔術といったものから、哲学や科学といった学問に至るまで。それらの大元となったのは、古代の農耕民族が季節や天候を読み解くために夜空の観察から導き出した天文の知識だったと言われている。

 そう考えてみると、“魔女”たる彼女がこの天文部の門を叩いたのも、ある意味当然のことだったと言えるのかもしれない。


 「それなら、きっとこの天井を見て、面白いと思ったんじゃないか?」


 そう言ってアキオ先輩が上を指さしてみせる。そう、この天文部の部室の天井には、星座早見盤の如く書き込まれた天球図が一面に貼られているのだ。


 「思いました! すごいですね、これ!」


 白石さんが喜色を露わにして顔を上げる。ここにきて、ようやく昨日出会った時のような明るい雰囲気が戻ってきたようだ。


 「ウチの先輩たちが始めたものだ。これ、毎年作ってるんだぞ? 所々にメモが貼ってあって、その年の天体ショーがいつどこで見られるかが書いてあるんだ。」


 アキオ先輩がいつになく自慢げにそう語る。

 これはウチの天文部の伝統だ。毎年、文化祭の折に新しく作っては、展示を終えたらこの部室の天井に貼る。夏のあいだのペルセウス座流星群だったり、月食の日付なんかも書き込んであった。去年のものには、小惑星から地球へと帰ってくる探査機の帰還日も書き込んでいたものだ。

 あの中継は、アオイもよく憶えている。

 そういったことを先輩や先生が話すのを、白石さんは目を輝かせんばかりの様子で聞いていた。


 「……これは、もう決まりかな。」


 アオイは小さくそっとそう呟く。


 「そうだね。これは、願ってもない逸材だよ!」

 「天文への興味は申し分なし。転校してきたばかりで、他に部活も入っていないんだろう? アオの知り合いでもあるというのなら、もはや断る理由なんて無いな!」


 菜夏先生もアキオ先輩も、すっかり彼女のことを気に入ったみたいだ。


 「まあ一応、メッセージで他の面子メンツにも聞いてみるとして……正式な入部は後日、でも実質決定! ということで、いいんじゃないですかね。」

 「ああ、そうだな。」


 アオイの言葉に、先輩と先生が頷く。


 「それじゃあ……」

 「うん! 入部おめでとう、白石さん。いやむしろ、ありがとうだよ!」

 「そういうこと。天文部へようこそ、白石さん。」

 「……はいっ!」


 それを聞いて、白石さんは満面の笑みを浮かべて頷いた。


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