第7話 魔女は人見知り?



 「───あっ……!」

 「……やあ、意外と早くまた会ったね。」


 白石さんと目が合った。

 積極的に話しかけようとは思っていなかったが、目が合ってしまっては無視するわけにもいかない。軽く手を上げて会釈をしたアオイだったが、


 「……え……えっと……」


 白石さんの方はというと、しどろもどろになって何も言い出そうとしない。


 「えっと……っ……あの……───っ!」


 挙句、いきなりペコッと深くお辞儀をすると、周りの友達にも構わず一目散に走り去ってしまった。



 ポカンと立ち尽くす一同。それはアオイたちに限らず、彼女を囲んでいた同級生たちも同様である。


 「……あ、どうも。なんかゴメンね……」

 「ああ、いえ……」


 超絶気まずい雰囲気の中、とりあえず下級生たちに声を掛ける。この子たちもまた、皆なにが起こったのか分からず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 そんな時、ちょうど順番が回ってきて、各々黙ってただメニューを選ぶことと相成あいなったのであった。






 「おい三柳! さっきのはどーいうことだよ!?」


 当然のことながら、食卓に着いたアオイは、高橋たち先程の面々に質問攻めにされていた。


 「あんなかわいい子の知り合いがいたとか、聞いてねえぞ!」

 「いや仕方ないだろ。別に取り立てて言うようなことでもないし。」

 「あの様子はタダの顔見知りってだけじゃない感じだったよね~。一体どういった関係なのかな~?」

 「そんなこと言われても。知り合って一日や二日しか経ってないし、あの子のことは何も知らないんだよ。」


 シラを切っていると思われているのか、「えー……」という顔とともにジト目を向けてくる二人。

 あいにくだが断じて嘘は言っていない。昨日会うまで名前も知らなかったわけだし、2年前のあの日を除けば昨日しか会ったことがないのだ。結局あの子自身のことについてそれほど多く訊くことはなかったため、あの子のことでアオイが知っていることは本当にそれこそ名前くらいしかない。


 「あの子、どうやら転校生みたいだけど。どんな風に知り合ったのか興味あるわね。」

 「遠藤さんまで……」


 さっきは桂木さんの追求に冷ややかな態度を示していた彼女ですら、興味津々といった顔で迫ってきている。


 「俺はこっちに来る前は別の所に住んでたからね。ここに来る前の、地元で見かけたことのある程度の子だよ。見知った顔だったから声を掛けられたってだけで、それ以上は取り立てて何かあったわけじゃないんだよね。」

 「ほうほう、まさかの逆ナンだったとは~。」

 「語弊しかない言い方だな……」


 少なくとも悪い印象を持たれていないことだけは確かだが、果たしてそれ以上のものがあるのかどうかは甚だ疑問である。


 「三柳くんの前に住んでた所って、どこなの?」

 「相模原市。神奈川県だけど、ここからそう遠いわけじゃないね。あの子とは学校も住んでる場所も違ったし、ホント何かの機会に顔を見たことがあるってだけだったんだ。」


 昨日のことならともかく、万が一にも2年前のことを話すわけにはいかない。おそらくお互い浅くない事情のためにあの場にいたはずで、それを勝手に話すのはさすがにはばかられる。そうなると、このように当たり障りのない情報ではぐらかすより他にないのである。


 「ふうん……。それが、この学校に来てまさかの再会になったわけね。」

 「なんだよ! 人に運命の出会いなんてそうそう無いとか言っといて、自分はバッチリ運命の再会を果たしてるんじゃねーか!」

 「ぐ……っ、それはほら、事実は小説よりも奇なり、ってことで……!」


 高橋にヘッドロックをかけられながらアオイは答える。

 実際、先ほどアオイが彼に言ったことが、結果的にはアオイ自身の経験を逆張りした形になってしまっていた。逆に言えば、それだけ白石さんとの出会いが、普通ではない特殊なものだったということでもある。


 「というか、そろそろ離せ!」

 「いーや、もっと詳しい話を聞くまでは離せねぇな!」

 「詳しいことも何も、知り合ったばかりだって言ったろう。これ以上何を話せっていうんだ。」


 本気で抵抗しようとすると、高橋はようやく諦めて腕を離した。こいつは曲がりなりにも空手部所属、その締め技は割と真剣に痛い。


 「何にしても〜。あの子のあの態度、三柳くんのことを意識してるのは間違いないよね〜。」

 「うーん、そうなのかな……。初対面の時はそうは思わなかったけど、単に人見知りする子っていうだけな気もするんだよね。」

 「……これは、あの子も前途多難だね〜。」


 やれやれといった風にため息をつく桂木さん。

 何のことか分からないといった風にトボけて見せたが、アオイとしてもただ単に朴念仁であるつもりはない。ただ出会った経緯が経緯だけに、白石さんの向けてくる感情がどういうものか、はかりかねているのだ。そもそもアオイとて恋愛経験が豊富だとはとても言えない。自分が好かれているなどと、思い上がった確信が持てるはずもなかった。

 それに、たとえ感情がゼロではないにせよ、それ以外の何か───尊敬だったり、似通った境遇にある者同士としての仲間意識だったり、そういった心情の方が強いのではないか、と。


 「何にせよ三柳くん、今度会ったときはちゃんとフォローしてあげなさいよ?あの子、いきなりあんな風に逃げちゃって、きっとすごく後悔してると思うから。」

 「ああ、うん。」


 遠藤さんからの忠告を受けて、アオイは素直に頷いた。

 たしかに、一目散に逃げ去ったさっきの様子は、これまでアオイが白石さんに抱いていたイメージとはまるで違うものだった。昨日はぐいぐい来る子だと思ったものだが、存外人見知りするタイプだったのか……

 いずれにせよ、次に会ったときは今のように逃げられないことを祈ろう。何か悪いことをしたのではないかと、心配にさえなってしまった。


 「にしてもホントどうやって知り合ったんだよ、あんな子と!」

 「まだ言うか。」


 しつこく食い下がってくる高橋を軽くあしらいながらも、こいつが羨ましがる気持ちも理解できた。

 2年前の不貞腐れた様子とも昨日の無邪気で可憐な雰囲気とも違う、大人しくおどおどした姿には、安易に触れてはいけないという思いを抱かせるものがある。実際、あの出来事が無ければ決して出会うこともなかった相手だろう。まさしく数奇な縁であり、「運命の出会い」なるものを欲するこいつが羨ましがるのも無理はない。


 「これは、要注目だねぇ~。」

 「言っておくけど、今のところあの子とは何もないし、そのつもりもないからな。」

 「三柳くんがそうでも、あの子の方がどうかな~?」

 「……さて、どうだろう。」


 慕われていること自体は嬉しいし、光栄なことである。それが恋愛感情であろうとなかろうと、会いたいと思って声を掛けてきてくれたその気持ちを無下にしたくはない。しかし、それ以上に───


 「“魔女”ねえ……。」


 あの子の素性。

 そちらの方が、今のアオイにとっては気になっている。


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