第6話 恋の話は花の蜜
「“幸せ”、か……。」
昨日の出来事を思い返しながらアオイは呟く。
「どうした三柳。いきなりだな。」
「ああいや、別に。」
友人の
ちなみに今、アオイは彼とともに学食に並んでいる最中である。この学校の学食はかなり大きい方で、安い上にメニューも充実している。
「そうか? 突然『幸せか……』とか呟いてるのを聞いたら、何かあったと思うもんだろ。」
「それは……たしかに。」
ふと、つい口に出てしまった言葉だったが、バッチリ聞かれていたか……。
考えていたのはもちろん、昨日会った白石さんのことである。
あれから帰り道のあいだに少しだけ話をしたが、やはりこちらに来たのは最近らしい。この夏の間に、この三鷹市へ引っ越してきたそうだ。元町といえば学校からもそう遠くはない地域であり、転学先としてこの学校を選んだのも家からの近さが決め手だったという。
つくづく、偶然とは思えないほどの奇妙な縁である。
「なんだなんだ、恋の病ってやつか~? お前でもそんなため息つくことあるんだな。お前のそういう話、聞いたことなかったよな。」
「まあ、似合わないのは認めるさ。……いや、そもそも恋の病じゃねえよ。」
厳密に言えば関係があると言えなくもないのかもしれないが、否定しておかないと面倒なことになりかねないと思い、ひと足遅れて話を遮っておく。
が、アオイのそんな態度は、見事に逆効果しかもたらさなかった。
「照れるな照れるな~。やっぱ健全な男子たる者、そういう話で盛り上がらないとな! で、誰なんだよ、気になってるヤツは。」
「聞いちゃいないな……。」
聞く耳を持たない友人に呆れる。まあ年頃の男子としては、そういう話題に盛り上がる方が健全なのかもしれないが。
「だってもう9月だろ? 来月には文化祭があって、それが終われば気がつけば12月だぜ。クリスマスだぜ? かわいい美少女との運命の出会い! そういうの、欲しいじゃねえか。」
「運命の出会いとかはそうそう無いだろうけど、恋愛のきっかけなんてものは案外身近なところに転がっているものなんじゃないかな。たとえば、ほら。遠藤さん、幼馴染なんだっけ。今まで何も無かったのか、気になるところだけど?」
そう言ってアオイは、ちょうど向こうの席に見つけた人影の方を示してみせる。
こいつには幼馴染の女の子がいる。その相手がちょうど、向こうの席に座ろうとしている様子を見つけた。アオイにとってもクラスメイトである彼女は、高橋にとっては小学生以来の付き合いらしい。
「あっ、アイツはそんなんじゃねぇよ……」
否定しながらも、言葉尻が小さくすぼんでいく。言葉とは裏腹に、全く何も思っていないというわけではないようだけれど。
「なになに〜、高橋くん理奈のこと気になるの〜?」
「なっ!?」
アオイが指差したのを見ていたのか、
「違ぇよ! ソイツはただの幼馴染であって、恋愛対象じゃねえから!」
「そうなの~? 高橋くんと理奈って結構、仲いいと思うけど~。」
「紗耶はすぐにそういう話に繋げたがるわよね。あたしと健斗はそれこそ子供の時からの付き合いだし、生憎だけどそういう気持ちになったりはしないわね。」
“理奈”と呼ばれたこの子───
アオイとしても、話を逸らすダシとして軽率に二人のことを「そういう風」に繋げた手前、彼女の言うことは耳に痛い。
「こいつがかわいい子と運命の出会いをしてみたいとか言っててね。そのあたりのことについて、幼馴染である遠藤さんの意見を聞いてみたい。」
「へぇ……」
それを聞いて、遠藤さんの痛い目が鋭く幼馴染を突き刺す。
「あんたも運命の出会いとか、大概子供みたいな夢見てるのね。」
「うっせーな! いいだろ、出会いってのは大事なんだ。印象的な出会いこそ、恋の始まりに必要不可欠な要素なんだ。」
「よく言うわ。小学校の頃、ちっさい頃から遊んでもらってた近所のお姉さんに告ってフラれてたくせに。」
「だーっ! 余計なこと言いふらすな!」
やかましく言い合う幼馴染二人。
このやり取りを見ていると、喧嘩しながらもその仲の良さは本物だと感じざるを得ない。
「ね~。この二人、付き合っちゃえばいいのにって思うでしょ~?」
「それはまあ、たしかに。」
遠藤さんを連れてきた友達の
恋愛どうこう以前に、このお互い勝手知ったる関係性の間に入っていける者はそういまい。高橋に恋人ができないのは、この子の存在がいるからなのでは……と思わなくもない。それでいて本人達にはその気がないというのだから、ままならないものである。
「……でも~、あたしとしては、三柳くんの恋愛事情も気になってるんだけど~?」
「え。」
「三柳くんって、全然そういう話聞かないし~。いつも飄々としてるけど、そういう人に限って案外おもしろい話のタネを持ってるものだから~。」
そう言って桂木さんが、次の獲物とばかりにアオイへと話の矛先を向けてきた。
気の抜けるような独特の間延びした喋り方とは裏腹に、飢えた肉食獣のような目つきで見つめられ、たじろぐ。
そんなアオイたちのやり取りを見て、遠藤さんが「あ~あ……」と言った顔で同情した様子をしてみせた。
「紗耶、こういう話に目がないから……。目をつけられたが最後、観念した方がいいかもね。」
「ええ~……」
恋愛経験が無いわけではないとはいえ、それは決して軽々しく語れるような話ではない。かといって、下手に誤魔化したところで今のこの子に通用するとは思えない。非常に困ったことになった。
「───ね、だから今日の放課後、うちの部室を覗きに来ない? 見学するだけでもいいから!」
「え、えっと、でもわたしは……───」
その時ちょうど、新たな一団が食堂にやってきた。どうやら1年生の女の子たちの集団のようで、わいわいと話しながらアオイたちの後ろに並んでくる。
「部活の勧誘か~。この時期に珍しいね~。」
「たしかにね。もうすぐ文化祭だし、人手という意味でも予算の面でも、部員が増えるのはありがたいから分からなくはないけど。」
クラス委員をしている遠藤さんが、さすがの視点でもって鋭く分析する。たしかに部員の勧誘は新入生が入ってきたばかりの4月、5月がメインとなる時期であって、9月にもなって勧誘とは珍しい。
「おねがい! うちの演劇部、部員少ないから文化祭の準備も予算も大変でさー。」
「で、でもわたし、転校してきたばかりだからよく分からなくて……」
「大丈夫! 白石さん、体育のダンスでもいい動きしてたし、演劇部の素質あると思うの。」
聞き覚えのある名前が出てきて、アオイはハッとしてそちらを振り返る。隣に並んだ1年生たちの輪に囲まれた、小柄な女の子に目が行った。
「……やっぱりか。」
あの子の顔には見覚えがある。何より、周りの子たちよりも明らかに明るい髪の色。二人の女の子に迫られてあたふたしているのはやはり、昨日出会ったあの白石さんだった。
あの時は快活そうな子だと思ったものだが、こうも押しの強そうな勧誘に迫られているせいか、昨日とはどこか印象が違い控えめで大人しそうな子に見える。始まったばかりの今学期から転校してきたという話だったし、この時季外れの勧誘にも納得がいった。この様子だと、予定外の人員増加のチャンスに浮足立った同級生たちの勧誘にずっと晒されているのだろう、ご愁傷様としか言いようがない。
と、その時。
「───あっ……!」
ふと、アオイの視線が、白石さんの目とかち合った。
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