ep3 日常

 あの日から約一年が経った。

 おばあちゃんが私の前に現れてから。

 母におばあちゃんが現れたことを話したが、”ふざけないで”の一点張り。

 でも逆にそれがうれしかった。

 私だけのおばあちゃん。私だけの。


 今日、私は大学へ進学してから暮らす部屋を探しに都会へ出てきていた。

 もちろんおばあちゃんも付いてきた。

 おばあちゃんは相変わらずお気に入りの紺の紫陽花のワンピースだ。

 いくつかネットで物件を絞り、あとは内見で決めるだけだ。

「女の子なんだから、防犯はしっかりしたところじゃないとね」

 おばあちゃんが呟く。

 もちろん不動産屋には聞こえていない。

 天井の照明が反射するほどワックスで固めた髪をしている三十代前半であろう不動産屋の男が私の書く文字を眺めている。

「紅葉さんですか、きれいなお名前ですねえ」

 その言葉を聞いて「私がつけたのよ」と、隣でおばあちゃんがふふん、と鼻を鳴らす。

「で、連絡いただいた物件ですがね、埋まってしまっているものもあるので、いくつか似たような物件をこちらで用意いたしました」

 不動産屋が三枚、部屋の間取りや家賃が記載された紙を出す。

「女性の方ですので、二階以上でオートロックがついたものがいいかと、、」

 とたんに、あっ、と不動産屋が声を上げ、渡してきた紙の中から一枚抜き取る。

 抜き取られた紙に書いてある家賃が一番安価だった。

「申し訳ありません。こちらは現在紹介できないものでして、、」

 なるほど、誰か入ったのだろう。

 そう思い残った二枚の紙に目を戻す。

「あらあ、いい間取りじゃないの。家賃も安いし、残念ねえ」

 さっきまで隣にいたおばあちゃんが、抜き取られ、不動産屋の後ろの棚に置かれた紙を見ながら呟いた。

 そのおばあちゃんの体を別の不動産屋の女性が、すっ、とすり抜ける。

 とたんに女性の不動産屋が身震いする。

「どうかされましたか?」

 その光景を見て微笑んだ私を、心配そうに不動産屋が見つめる。

「あ、いえ。さっきの物件って、、」

 思わず心で気になっていたことを口に出してしまった。

「あぁ、あまりお伝えしないのですが、事故物件でして。」

 事故物件。

 だから家賃が安いのか、とおばあちゃんと私は納得する。

 おばあちゃんの事があってから、この一年間オカルト系の調べものばかりしている私は、その物件に興味が沸いた。

「その物件も内見することはできますか?」

 思わずそう口走ってしまっていた。

 その言葉に不動産屋が、えっ、と眉をひそめる。

 無理もない。こんなどこにでもいる年ごろの女の子が、事故物件に興味を持っているのだから。

 おばあちゃんも「もんちゃん、お化けが出るかもよ?」と、心配そうにこちらを見る。

 おばあちゃんもお化けじゃん。と私は小ばかにしたような笑いを送る。

「まあ、紹介できないことはないのですが、、」

「ではそこもお願いします」

 こうして、二件に絞った物件と事故物件の三件の部屋を内見することになった。

「お話した事故物件ですが、最後にご紹介します。そのほうが他の物件が良くみえるでしょう」

 ははは、と冗談交じりに不動産屋が話す。

「そのほうがありがたいです」

 私は運転席の不動産屋に笑顔を返す。

 だって楽しみは後にとっておきたいものですからね。

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