16.鱗

店内が騒がしくなってきた。


俺たちの出番までもうあと少しもない。


俺はカウンターの端でちびちびとウィスキーをあおっていた。


後ろを見れば人でごった返している。


テーブルで騒いでいる奴ら、立ってうろうろとしている奴ら、彼らは一瞬も止まることなく、動き回り、話し、そして飲んでいる。その流れがまるで海のさざなみのように見える。そんな事を考えていると、彼らの声が波の音の様に聞こえてくる。


ひいてはかえし、ひいてはかえす。まるで海の中にいる様だった。


その波の中を1人の女が泳いでいた。その女は俺を見つけると、波の合間を縫い、俺のところまで歩いてきた。


みきちゃんだった。


「すごいことになったわね、隣いい?」


「もちろん」


そういうと彼女は俺の隣に座った。


「バンドマンだったんだ」


「そうだよ」


「あの時はそんな風に見えなかったけど」


「あの時もバンドマンだったんだよ、そうは見えなかっただろうけど」


「なんだか楽しそうね。飲んだくれてる時よりもずっと素敵に見えるわ」


「今も飲んでるけどね」


彼女は笑った。


「ひとつ聞いてもいいかな?」


「いいわよ」


「君は何者なんだい?」


「私はあの晩、あなた達に殺された魚の化身よ。沖に出るには小さくて、でも浅瀬にいるには大きすぎて、どこにも行けず、仕方なくフラフラと泳いでいたらあなた達に殺されたの」


「嘘だろ?君のこと食べちゃったよ。あのあと、マスターが料理してくれて、4人で食べんだ」


「食べてくれてよかったのよ、お陰で悩みもなくなったし」


俺たちは笑った。


「そろそろ行かないと」


「ライブ楽しみにしてるわ」

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