14.Do you remember?

8/11 am11:00




「あいつくるかねえ」


隣町のスタジオで俺たちは楽器のセッティングをしていた。


「来るよ」


リョウはマイクのボリューム調整をしながら応える。


「そういや、見たか、あの駅前のチラシ」


ヨシが言う。


「チラシ?」


「明日、8/12、カリフォルニアでバンド決戦ってフライヤーがそこら中に貼ってあったぞ」


「マジで?誰が貼ったんだよ?」


「あの場にいたオヤジたちの1人だろうな、あの町はとにかく娯楽に飢えてるから」


これでもう、後戻りすることはできなくなった。そもそも後戻りする気もないけれど。




昨日、グッチーの家で一泊した後、俺たちはそのままスタジオに向かった。


グッチーは寝室から出てこなかった。


「あの人、素直じゃないからねー」奥さんはのんびりとした声で言った。






俺の中で迷いはなかった。もう、考えることは何もない、全力でプレイするだけだ。




ドラムの前に座る。頭の中がクリアになっていく。




「リョウ、ヨシ」


2人は振り返る。


「俺はこの日を待っていた。リョウ、お前がもう一度バンドをやろうって言ってくれる日をな。仕事に恵まれて、女に恵まれて、でも足りなかった最後のピース。それがバンドだったんだ。ヨシ、お前もそうだろ」




2人は押し黙る。沈黙を破ったのはヨシだった。




「俺はよ、テツみたいにセンチな気分ってわけじゃねえよ。ただ、俺は親父が笑ってくれることがしたかっただけなんだよ。親父を笑顔にできる唯一のことがバンドだったんだ。だから、俺はお前らがドロップアウトした後もギター弾き続けてたんだよ。でも、違ったんだ。俺はバカだから昨日の昨日まで気がつかなかった。親父がなんで笑ってたのかをよ。親父は俺が好きなことしてるのが好きだったんだ。だから笑ってくれてたんだ。俺の好きなことはお前らと一緒にバンドすることだ。それだけだ。本当に」




「ヨシよぉ」


リョウが呆れたように呟く。


「お前も充分センチメンタルなこと言ってるぞ。テツもそうだぞ、おセンチ野郎どもが、もう一回やりたくなったからやる。クソ単純な話だろ」


リョウは苦々しく吐き捨てる。




「ただ、ただ、なんだ、こう言う流れだから言わせてもらうけれど」


リョウは下を向いて話し出した。どんな顔をしているか、ドラムセットからは見えない。


「昔の俺はな、バンドがどんどん大きくなっていくことに焦ってたんだ。もっと大きいところに行かなきゃ、外に出て行かなきゃってな。それなのにお前らと来たら、この町が大好きで出たくなさそうでいやがる。それが無性に腹立ってな、だから俺はこの町から出るって決めた。この町から出て俺1人でも大きいところで戦うつもりだったんだ。


でも、どうだ?結局この町に戻ってきてる。悪夢みたいだ」


そこまで言って言葉を区切った。笑っているように見えた。


「ヨシ、俺も馬鹿だから、お前の親父に言われるまで気がつかなかったよ。人生はやるかやらねえかだ。俺たちは、明日、やる方を選んだ。きっと何も変わらねえだろう。でも、きっと、今よりもほんのちょっとだけ楽しく生きていける気がするんだ」




「お前もセンチメンタルだろ!!!」


ヨシと俺が同時に言った。




俺たちは笑った。




「で、グッチーは来るかね?」


「来る」


またリョウが言った。言ったと同時にスタジオのドアが開いた。


グッチーが無言で入ってくる。一言も発せず、ベースをギグバッグから取り出し、八巻に巻かれたシールドをほどき準備を始める。


「グッチー…」


俺は思わず声が出た。


「明日」


グッチーが俺たちには目もくれず、セッティングをしながら行った。


「無様に若い奴らの前でベソかくお前らを見るのは不便だから、明日だけ、明日だけ、ベースを弾いてやるよ。その前に」


「すまなかった」


リョウはグッチーが言い切る前に話し出した。


「すまなかった。お前らになんの相談もせず、悩んで、腹立てて、バンド壊して、明日にしたっていきなり決めて、振り回してすまんかった」




グッチーは尚、こちらを見ずに黙々とセッティングをしている。肩が小さく震えているのが分かる。この男は、本当に、不器用な男だ。




「かゆい!!!かゆいぞ!!!お前らいつまで青春ごっこしてるつもりだよ!!!」


ヨシが全身を掻いて笑っている。




「お前に振り回されるのには慣れとる」


俺はそう言い、3人を見渡した。


リョウとテツは既にセッティングを済ましている。いつでも演奏できる。グッチーもどうやらセッティングは終わっているみたいだ。




ひねくれ者、馬鹿、不器用、最低なメンツだ。でも、俺たちの音楽は最高だ。






「いくぞ、カウント入れるぞ」


「まって、何する?」リョウが言う。


「カリフォルニアガール」


3人は笑った。


「お前、楽器足りてねえぞ」


「うるせぇ…いくぞ、1.2.3」

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