5.この高鳴りをなんと呼ぶ
pm8:00
演奏は中々だった。
タイトで無駄がなく、なによりも上手かった。
60年代ロカビリーを上手く咀嚼して現代風にアレンジしている。
ギターの奴なんてキースリチャーズそっくりだ。それでいてバンド4人とも見た目も良かった。黒のスーツでビシッと決めている。
ボーカルの長身痩躯の男が腰を少し振って歌う様はエルヴィスプレスリーみたいだ。
追っかけらしい女の子たちがキャアキャアと騒ぐ。
こりゃ、人気出るわ。
思わず俺は見とれてしまった。
ステージで演奏する4人組の若さに溢れたパフォーマンスは圧巻だった。
「すごいな」
と俺がヨシに言うと、ヨシはふんと鼻を鳴らした。
「60年代オマージュが過ぎる」
12years ago
「なんか、客層いつもと違うくない?」
と俺が言うと、皆、うーん…と俯いた。
カリフォルニアには狭くてヤニ臭い楽屋があり、そこで俺たちは出番を待っていたのだが、落ち着けなくて何度もトイレに行ったり、と思ったらカウンターに行って飲み物を飲んだり、そしたらまたトイレに行きたくなったりと言うのを何度も繰り返していた。
その日の客層は確かにいつもと違った。
いつもはアル中みたいなおっさんが8割、若いいかにもヤンチャしてそうな若者が2割と言ったところなのだが、今日はアロハシャツを着たおっさん達が8割、アル中のおっさんが2割と言ったところだった。
「なんだ、あのアロハ軍団は」
「なぜカリフォルニアにハワイアンがいるのだ?」
俺は辛抱たまらず、カウンターまで出向いてマスターに聞いてみた。
「今日は急遽、東京ハワイの会の皆さんの予約が入ってな…」
なんだ、東京ハワイの会って!なんでこんな場末の更に末のような小さな侘しい港町にハワイアンがいるのだ。
話を聴くと、どうにも彼らはこの町から車で30分ほど行った大きな町で飲み会の筈が、会先方の手違いで会場が使えなくなり、仕方なく、近場にあったこのカリフォルニアに上陸したのだそうだ。
参ったな、こりゃ。
完全なアウェイである。同級生でも誘っておけばよかったかもな…と後悔した。
俺たちはバンドをしていることもライブをする事もおおっぴらには学校で言ってなかった。
ことさら声を大にして言うことでもないし、何よりその当時の俺たちの感性から言うと、アピールすることはダサいことだと思っていたからだ。
孤立奮闘、我、敵軍に突撃す。
その根性でやってやろうと思っていたが、まさか会場の殆どがハワイアンだとは思わなかった。
彼らが求めているのはユーロビートのハワイアンミュージックだ。俺たちの音楽ではない。
「ウクレレでも貸してやろうか?」
マスターが俺に言う。
「まぁ、見てなよ」
俺は強がってコーラを飲み干した。
「あと10分で出番だぞ、楽屋に引っ込んでな」
マスターの言葉にサムズアップで答える。
やってやろう、ライクアローリングストーンだ。
楽屋に戻ると皆、一様に俺を見つめた。
「いつものお客さんの前でいつものような演奏を出来ればと思ってたんだけど…これじゃイメトレと違う」
テツは泣き出しそうな声で言った。
「弱音を吐くな!!!」
と叫ぶグッチーの手は震えていた。
「俺たちが作った音楽はもっと若者向けだぞ。あのおっさんらに分かるのかねえ」
とヨシは偉そうに言ったが、彼の視線もまた泳いでいた。
「もしかすると、今回のライブ大ゴケするかもしれない」
俺が言うと、皆この世の終わりのような顔を向けた。
「でも、だからどうした。俺たちは何のためにライブをするんだ!?
客を喜ばせる為、もちろん、それもある。でも、それ以上に大事なのは俺たちがここで、この小さい町で生きているってことを証明するた為に、この小さい町から世界を相手に戦ってみせる、その意思表示の為にライブをするんだ。これからの長き戦いの第一歩目が今日だ。乗るか反るかなんて関係ない。やるかやらねえかだ。ビビってんじゃねえぞ兄弟」
皆さん、今日はこの町のガキ共があなた達に音楽を届けにやってまいりました。
少し跳ねっ返りが強いのはご愛嬌。
ビビってんじゃねえぞ、モストビューティフルブラザーズです。
マスターの口上が聞こえる。
さあ、行こう、賽は投げられた。俺たちはステージへと向かった。
ステージに上がるとまずライトの熱さに驚いた。背中を焼かれるようだった。
前を見るとこの場にいる50人ばかりの人々の約100個の目が俺たちを射抜いていた。
あるものは値踏みするように、あるものはまだガキじゃねえかと侮るような、そんな目を俺は一心に受けた。
ビビるなよ、俺は自分に言い聞かせた。
後ろを向く、固まっているテツに短く一言
カウント
とだけ言った。
ドラムカウント、1.2.3.
スティックの乾いた音がやけにデカく聞こえる。
4、ヨシのギターのみのイントロが始まった。
ギターの音を聞いていると、やけに意識がクリアになっていった。俺はもしかするとずっと眠ったまま生きていたのかもしれない。
一瞬のブレイク、そして演奏が始まった。
一曲目「フィッシャーマン」
作曲 モストビューティフルブラザーズ
作詞 間口良
メイビーこれから何が起こるのか
ベイビー知っていたら生きてなんかいないぜ
レイディいつか会えたら伝えたい
今夜、俺がここにいる意味を
3分だけ時間をくれないか
それだけあったらこと足りるんだ
言葉なんかじゃ伝えられないから
遥か彼方の貴方に聞こえるくらい歌うよ
ベイビーベイビー生きていくのだ
ベイビーベイビー歌を歌うのだ
魚達が眠る海の底まで聞こえる爆音を俺にくれないか
I amインドアフィッシュ
歌いながら俺は全てを見ていた。
一番奥の席に座ってる男が間抜けそうにビールをすする様から、右隣でいつもより多少ぎこちなくベースを弾くグッチーの手まで全てが鮮明に見えた。
脳が覚醒していくのがわかる、恐怖も不安もない。万能感が俺を包み込む。
だから、俺は明らかに泥酔しているアロハシャツの男が俺に近づいてきても全く動じなかった。
彼は恰幅が良く、少し剥げていて、顔は真っ赤で目は焦点が合っていない、足は千鳥足だ。手にはビールのジョッキを持っている。
彼はステージまで上がってきた。異変に気付いたアロハシャツ数人が彼を止めようとするが遅かった。
「うるせえ!!!」
彼は大声を上げると、俺の顔にビールをぶちまけた。
すぐにステージにアロハシャツが数人上がり、彼を羽交い締めにして下に引きずり下ろした。
ヨシ、グッチー、テツの3人は固まっていた。演奏が一時ストップする。3人だけじゃない。カリフォルニアにいた客全員が時間が止まったように固まっていた。
そんな中、俺だけが歌っていた。男がステージに上がってきても、ビールをぶっかけられても、大声で怒鳴られても、全く怖くもなければこれっぽっちも動揺しなかった。
俺は今確かにここにいて、ここで歌を歌っている。
伴奏はなし、アカペラでの歌声がカリフォルニアを包む。
ベイビーベイビー生きて行くのだ
ベイビーベイビー歌を歌うのだ
どうしたお前ら、俺はマイクを左手で持ち、右手でグッチー、テツ、ヨシの順にぐるりと彼らを指さした。
ほら行くぞ。
以心伝心、彼らは寸分の狂いもなく、演奏に戻った。
魚達が眠る海の底まで聞こえる爆音を俺にくれないか
I amインドアフィッシュ
曲が終わる。
ドラム音、一瞬のブレイク、そして、最後の一音がかき鳴らされる。
夜は始まったばかりだ。
客は皆呆気にとられている。拍手の一つもない、マスターだけがカウンターの奥でサムズアップして俺たちの曲を称えていた。
都合5曲をやり通し、俺たちは汗だくで楽屋に戻った。
「うへ、ビールくせえ」
「待ってろ、オヤジに言って着替えもらってくるから」
ヨシはそう言って楽屋を出て行った。
俺はビールまみれの服を脱ぎ捨てる。
「怖かったぁ…」
とヨシ。
「あのオヤジ、ぶん殴ってやる」
とグッチーが鼻息をふんふんと鳴らしている。
とそこに太ったおじさんが入ってきた。
彼もまたアロハシャツに身を包んでいる。
「私は会の会長だ。彼らの責任者として謝罪させて欲しい。失礼なことをしたね、本当に申し訳ない」
そう言うとおじさんは深々と頭を下げた。
「あの、オヤジを連れてこいよ」
グッチーはいきり立っており、今にもおじさんに飛びかかっていきそうだった。
「申し訳ないが、彼は酔いすぎて今動けない、意識がしっかりしたら謝りに行かせるよ」
なんだと、とグッチーが飛び出しそうになるのをテツが止める。
「別にいいですよ、謝ろうがなんだろうが、あれくらいでどうにかなるほど俺たちヤワじゃないですし」
と俺は言った。その日の俺は冷静すぎて自分でも不気味なくらいだった。
「本当にすまなかったね、ところで、なんだ、こんなことをこの場で言うのもなんだが、その、今日の演奏、すごく良かったよ、若いのに大したもんだ」
とおじさんは言った。
その言葉は飾り気のない本心からの言葉だとおじさんの話し方で伝わった。
俺たちは心の中でガッツポーズをした。
やってやったぞ、ざまあみろ。
その夜はヨシの家に泊まった。
マスターは朝までカリフォルニアで仕事だからちゃんと話せなかったけど、帰り際俺たちに一言だけ、良かったぞ、とぶっきらぼうに言った。
マスターに褒められたのは長い付き合いの中でこれ一度きりだった。
ヨシの家はカリフォルニアの近くのアパートで、おばさんが病気で亡くなって以来、マスターとヨシの二人暮らしだった。
俺たちはヨシの家に行くまでの道中、自販機でジュースを買って、その前でダラダラと話をした。
「しかし、今日のリョウはなんだか人が違ったように頼もしかったなあ」
とテツが間延びした声で言った。
「ほんとそれ、俺なんてあのオッサンがステージに上がった時、固まっちまったぜ」
とヨシが二シャリと笑って言う。
「まぁな、バンマスだからな」
と俺が言うと、
おいおい調子にのるな
俺たちのバンドは民主主義だぞ
まぁ俺はリョウがバンマスでもええけどな
と口々にぼやいていた。
「あのオッサンは俺たちが何を演奏してりゃ機嫌良かったのかね?」
とグッチーが呟いた。
「ビーチボーイズのハワイとか好きそうじゃね?」
とヨシが即答する。
「いや、ビーチボーイズならカリフォルニアガールを演奏してやりゃいい」
俺の切り返しにみんな笑った。
俺たちカリフォルニアボーイズは背中にズシリと楽器の重さを感じながら、カリフォルニアガールを歌いヨシの家まで歩いた。
俺たちは楽器を部屋の隅に置いて俺たちは風呂にも入らず、床にへたり込んだ。緊張と演奏で体は思っていた以上に疲れていたみたいだ。
最高の1日だった。バンドをやっていたらこんな日がずっと続くのか、ならば俺は一生バンドをやり続けてやる。
薄れゆく意識の中で俺は心に違った。
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