4.はじまりは今

「まだ生きてたんだね」


ミキちゃんは冗談とも本気とも取れる声色と笑顔で言った。




俺たちは公園のベンチに座り込み、祭りの屋台をぼんやりと見つめていた。




「俺たち4人とも記憶がないんだけど、あの夜にがあったんだい?」


「あら、覚えてないの?」


「まったく」


「魚を捕まえたあと、あなた達、『マスターに捌いてもらおう』とか言って車に乗り込んだの。私は乗らなかったわ、だってどう見てもあなた達正気じゃなかったもの。それで、走り出してすぐに防波堤にぶつかって、バックして、また走り出してぶつかってを何度も繰り返してようやく止まったの。


焦ったわよ、あ、あの人たち死んだかもって、それで心配になって車に行くと、あなた達揉みくちゃになりながら大笑いしてたのよ。もう付き合いきれないと思ってそのまま帰ったの」




よかった。誰も轢いてなかった。




「本当に死んじゃったかもと思って焦ったんだから」


「この通り、ピンピンしてるよ」




しばらくの沈黙。




「なんでこんな町に来たの?」


「言ったでしょ?ぶらぶら日本中歩いてて、たまたまここに来たの。気に入ったからしばらくいるだけ、ここいい町ね」


「小さくて何もなくてつまらないじゃないか」


「ここはなんでもあるし、面白いわよ。要は心持ち次第よ」


俺は黙ってビールを飲んだ。もう空になってしまった。


「つまらないって言ってて、随分と楽しんでいるようじゃない」


「人は好きさ、町は嫌いだけどな」




彼女はぐいっとビールを飲み干した。




「なら都会は好き?」


「なんで知ってるの?」


「?」


「なんで、俺がこの町に住んでないってなんで知ってるの?」


「だって言ってたじゃない」


「言ったかなぁ」


「言ったわよ」


「別に、都会も好きじゃないよ、大きくて人が多い以外この町とは変わらないよ」


「なら、あなたには愛する町がこの世にないの?」


「ないよ、生まれて来なければよかったとすら思う」




俺は居心地の悪さを覚えた。なぜ、よくも知らない女にこんな話をしているのだろうか。




「君には愛する場所があるのか?」


「…愛する努力はしているわ」


彼女は迷ったように顔をしかめてから言った。




pm6:30




彼女とはそこで別れた。去り際連絡先を交換しようと提案したが断られた。


「連絡先交換したところで、何度か連絡して、1.2回遊びに行って、もしかすると1回くらいセックスして、それで時間が経てば疎遠になるだけよ。そんなのダサいじゃない」


と言われた。


それもそうだなと思い、彼女に短い別れの挨拶を告げその場を後にした。




カリフォルニアは込み合っていた。珍しく知らない顔ばかりだった。


「混んでるね」


カウンターに座り、マスターに声をかける。


と、目の前にどんと大皿を置かれた。


刺身の盛り合わせだ。


「俺、まだ何も頼んでないんだけど」


「その魚はな、昨日バカ4人組に撲殺された哀れな魚だ。弔ってやれ」


なるほど、魚はヨシが持って帰ったのか。


「哀れな魚よ。我が胃に入り、食物連鎖の一部となれ、その血肉は我が身体の一部となり、永久に生き続けるだろう、アーメン」


マスターはふんと笑うとビールを持ってきてくれた。


頼んでないんだけど、と言おうと思ったが、どうせビールを頼もうと思ってたし、まぁいいかと俺は魚をバクバク食べてビールで流し込んだ。




「今日は若いバンドが来る」


マスターがビールをガブガブ飲んでいる俺に言った。


「だから、こんなに人がいるんだ。こんな場末のバーにこんだけ来るって言うと人気者なんだな」


「昔のお前らよりもな」


「全ては過去となり、消え去る。諸行無常なり」


マスターは一切笑わなかった。


「お前らの曲、結構良かったんだけどな」


「セカンドデモは結構売れたしね」


「違うよ、それもよかったけど、お前らが始めて作った変な曲。あれは良かった」


マスターがこんなことを言うなんて珍しい。普段は置物のように無口でたまに口を開けば憎まれ口しか叩かないような男なのに。


「マスター、どうした?死期でも悟った?」


「リョウ、毎日楽しいか?」


マスターは俺の上段には一切取り合わず、表情一つ変えず、グラスを磨きながら聞いてきた。


「楽しくないが、生きるのに不自由はしていないよ」


「今のお前を見てるとな…」


「よしてくれよ、マスター、柄じゃねえぞ」


俺はマスターの話を遮ってビールを飲み干し、おかわりと短く言った。それだけだった。


「俺にも一杯くれよ」


ヨシが隣の席にどかりと座った。






「お前らは大人になっちまった」


たわ言と死んだ魚を酒のあてにして飲んでいたらヨシがポツリと言った。


「テツも、グッチーも、お前も普通に働いて、普通に彼女や奥さんがいて、きっちり線路の上を歩いている。


俺はどうだ。定職にもつかず、日がなビールを飲んでギターを弾いて…おっと、別にしみったれた話がしたいわけじゃねえんだ。俺は永遠のヒッピーとして生きるこの生活にも満足してるしな。ただよ、なんか、俺だけこの町に、いやこの店に縛られている気がするんだ」




十分しみったれた話だぞ、と突っ込もうと思ったがやめた。そんな事を言ったらヨシはヘソを曲げてまた悪酔いしてしまう。




「俺はよ、バカみたいな話なんだが、ここで一人、開店前の真っ昼間にビールを飲みながらギター弾いてるとよ、昔みたいにお前らが来て、『おい、何やってやんだよ、ビール飲んでギター弾けんのか?』とかグダグダ言われながら、じゃ、練習でもすっか?って、なんか、そう言う…そう言う事が起こるんじゃねえかなってな…」




「ヨシよ、そう言うこと考えるのはお前がプーやってるからだ。無駄に時間があるから考えちまうんだ。働いて、少しはマスターを楽にさせてやれよ。あのオッさんも結構な歳だぞ。言いたかねえけど、友達だから言うんだぜ」




ヨシは黙り込んでしまった。




俺は無性にイライラしてきて思わず言ってしまった。言ったあとすぐに後悔した。


取り繕うだけの感情のない言葉。そんな事、ヨシは分かりきっている。分かりきっているが出来ないからこそもがいている。




「…悪かったよ」




俺はヨシの方を見れなかった。できることなら今すぐ帰ってしまいたかった。




「俺が言いたいのはつまり…」


ヨシの言葉はギターの轟音でかき消された。


バンドの演奏が始まったのだ。




12years ago




「4/5act モストビューティフルブラザーズ 」


その日、カリフォルニアの看板に貼られた張り紙を見て、俺はぶるりと震えた。これが武者震いってやつかとニヤリと笑って、カリフォルニアのドアを開けた。




「遅えぞ」


俺が入るなりグッチーは不機嫌そうに言った。すでにベースはセッティング済みのようだった。


「遅いってお前、サンチェの30分も前だぞ」グッチーは見た目によらず小心者だ。その事を言うと、彼は怒ってしまうけど。


「最高のパフォーマンスの為には最高の準備が必要だぞ」


「お前には脱力が必要に見えるがな」


なにお!とグッチーが言いかけた時、テツとヨシが入ってきた。




カリフォルニアの開店前、マスターを引きずってきて、出来た曲を聴かせた。


聴き終えたあと、マスターは一言だけ


「悪くないな」とだけ言った。俺たちのカリフォルニアでのライブが決まったのはそのすぐ後だった。




バンド名を決めたのは3月も終わりに差し掛かった日だった。


3学期の最終日、学校が終わるとすぐに俺の家に集合して「バンド名」会議を行った。




4人でいるのが当たり前になり過ぎて、この関係に名前をつけようと言う発想がなかった。しかし、ライブをするからにはバンド名は必須だ。


「ロストマン」


そりゃどっかのバンドの曲名だ。


「シルバーマウンテンズ!」


それも聞いたことあるぞ




会議は難航した。難航した船のお決まりは迷走である。


カリフォルニア以外でこうして集まるのは久しぶりで、最近会話と言えばバンドのことだけだった俺たちは久し振りにバンド以外の事で盛り上がった。




誰と誰が付き合い始めただとか、野球部が今年はいいところまで結果出しそうだとか、クラスのあの女子の胸がデカくてエロいとか、誰が童貞卒業しただとか、取るに足らない会話をした。


そんな風な事を話していたら、夜もすっかり遅くなり、結局3人は俺の部屋に泊まることとなった。




あらぁ、3人とも久し振りね!すっかり大きくなって、ほら、食べなさい食べなさい、もぉ、リョウは全然食べないから、テツ君もっと食べて、ほらヨシ君ご飯こぼしてるよ、沢口君は箸の持ち方が汚い!こう持つのよ!




3人が俺の家に泊まるなんて小学校3年生ぶりだったので、母さんは冷蔵庫の中のもの全部使ってご馳走を作ってくれた。


そして、いつもの5倍はおしゃべりだった。




「おばさんの料理滅茶苦茶うまいっす。リョウはいいなぁ」とテツは言った。


こいつの凄いところはお世辞じゃなくて本心からそう言っているとこだ。俺は気恥ずかしさから中々人を褒められない。テツのこう言う所は好きでもあり、また羨ましく、少し嫉ましくもあった。こう言う事をキチンと茶化さずに言える人間がモテる人間なのだと俺は数年後思い知るのだが、またそれは別の話なので今は割愛しよう。


「俺たちバンド名中々決まらないんすよ、おばさん、なんかいい案あります?」


とヨシが口をモゴモゴしながら言った。


俺は余計なこと言うなと思い、ヨシを睨んだが、俺が睨んでいる事にすらヨシは気がついていなさそうだった。


ただでさえバンド名を決めるのは気恥ずかしいものなのだ。それを友達の母親に聞くなんて、羞恥心から俺は顔が真っ赤になった。




ヨシもテツと同様、天然でこう言う事が言える人間だった。テツは天然人たらしだけど、ヨシは天然馬鹿だった。




「うーん、そうねえ、ミスタービーンなんてどうかしら?ほら、今日映画やるし」


素っ頓狂な母の返しに俺たちは箸を止めた。


ここにも一人天然がいたか。




「バンド名なぁ」


とヨシの声が暗がりに響いた。


俺の部屋に布団を3つ敷いてその日は寝た。


電気を消しても中々眠れず、誰かが、沈黙に耐えきれずクスクスと笑うとそれが伝播してみんな笑い出して、最後には全員大笑いしていた。


そんなやり取りが何度も続き、もうそろそろ寝るか、と皆が黙った折に、ヨシのその一言があった。




「お前ら好きなもんとかある?」


とグッチーが言った。


なるほど、そう言う路線で決めるのもありだな。


「俺は綺麗なものが好きだ」


とテツが言った。その声があんまりにも真面目だったから皆茶化せなかった。




「カリフォルニアとかさ、ラジオとか、テレビとかでさ、すごくいい音楽が流れるとさ、カッコいいとか、スゲーとか思う前にな、あー、なんて美しいんだって俺思うんや」




「ビューティフル」


とグッチーが行った。


「モストビューティフルコンビ」


とヨシが言った。


「なんじゃそりゃ?」


と俺


「いやさ、キン肉マンでウルフマンとブロッケンJr.のコンビ名がモストデンジャラスコンビだから文字ってよ」


とヨシが恥ずかしそうに言った。


「馬鹿、それじゃ2人組だろ」


とグッチー。


「モストビューティフルブラザーズ」


俺が言った。


うん、なんか、それいいやん。


満場一致だった。

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