2.ライクアローリングストーンズ
am12:00
名前は?
ミキ
どこから来たの?
秘密、でもここよりもずっと北よ
何歳?
秘密
彼氏いるの?
いないわ
この町には何しに来たの?
夏の間ぶらぶら日本中旅してるの
この4人の中だと誰が一番タイプ?
魚が食べたいわ
魚?その一言に皆黙った。
「魚が食べたいってさ、マスター、カルパッチョ一つ」
「違うの、新鮮な魚が食べたい」
「おいおい、うちはどれも新鮮だぜ?」
ヨシが不満そうにつぶやく
「違うの、殺したてが食べたい」
俺は彼女のその表現がいたく気に入り、少し身を乗り出した。
「いいね、今すぐ魚を殺しに行こう。幸運にも海はすぐそこだぜ」
俺はそう言うとビールを飲み干した。
「おいおいおい、車で行くのか!?」
俺たちはマスターに札を投げて渡し、外に置いてあったテツの車に5人で乗り込んだ。
「リョウ、都会じゃどうか知らんがな、この町は治外法権なんや。それにこの時間に車に乗ってる奴も出歩いてる奴もおらん。おったとしたらボケた爺さんぐらいや」
飲酒運転は止めるべきだし、爺さんは免許を返納しろ。と口に出しかけたがやめた。
今日も飲み過ぎた。喋ろうとすると言葉の代わりにゲロが出そうになる。
「何本かビール持ってきたから飲もうぜ」
と助手席のヨシが両手いっぱいにビールを持ってこちらを振り返る。
その姿に後部座席の真ん中に座ったミキちゃんがクスクスと笑い、となりに座っている俺はゲロをまた我慢していた。
「ほなら行こか」
俺たちは海に出発した。
am2:00
海に着いたところで俺たちは重要なことを忘れていたことに気がついた。
竿も釣り餌も持っていないのである。
「うーん、これじゃ魚はとれんなぁ」
テツが唸る。
俺たちは防波堤に一列に並んで海を眺めていた。
ミキちゃんはビールを片手にニコニコしている。
「俺、寝るわ」
そう言うとグッチーは横になってしまった。
「おい、グッチー寝るな!!!死ぬぞ!!!」とヨシは大袈裟にグッチーの肩を揺さぶる。
「寝るな!!!寝たら死ぬぞ!!!俺たちゃお前の嫁と子供に合わす顔がなくなっちまう!!!」
俺はそれを笑う元気もなくなっていた。頭がガンガンする。誰か水を持ってきてくれ。
テツはうーんと唸り、まだ魚を捕る術を考えているようだった。こいつは馬鹿真面目というか、間抜けと言うか。
ミキちゃんだけヨシの茶番を見てケタケタ笑っていた。
「うおおお!!!俺は今、お前と過ごした日々を思い返しているぞ!!!楽しかった修学旅行!!!」
ヨシが尚も喚いている。そろそろこの壊れたオモチャをぶっ叩いて黙らせようかと思った時、グッチーがうるせえ!!!と肘鉄をヨシに食らわした。
いいところに入ったのか、ヨシはヨロヨロと立ち上がり、天を見上げた。
「母なる海よ…」そう言ってヨシは防波堤にしがみつき、ゲロを海にまき散らした。
うお、きったねえ、グッチーは飛び起きた。
ヨシのゲロの匂いが潮風に混ざり合い俺の鼻を刺激する。
さっき食べたピザとサラダとステーキをビールと胃酸のジュースでドロドロにブレンドしたスペシャルカクテルに潮風の酸味が加わり、うーん…バッドスメル。
と思った瞬間、俺はヨシの隣で思いっきり吐いた。
二人の吐瀉物に月の光が反射してキラキラと光る。それはまるで天をかける天の川の如く。
「あ!!!」とテツが叫んだ。
「見ろよ、お前らのゲロを魚が食べとるで!!!」
霞む視界の端に俺も魚を見た。パクパクと俺たちのゲロを食べている。
汚ねえ…と思っていた矢先、テツが海に飛び込んだ。
「テツ!!!危ねえぞ!!!」グッチーが叫んだ。夜の海に酔った状態で飛び込むなんて正気の沙汰じゃない。
グッチーは偉かった。自分も酔っているのに、旧友の為なんの躊躇もなく海に飛び込んだ。しかし、グッチーよ、お前も酔っているだろう。死人が1人から2人に変わるだけだぞ。
「こいつ、イキがいいぞ!!!」
海の中ではテツが魚と格闘している。見ればかなり大きい。浅瀬にもこんな大物がいるのものなのだなぁと俺は感心した。
しかし、魚はあまりに大き過ぎた。テツは魚に引きずられ、今にも溺れそうになっている。
「テツ、離せ!!!」グッチーが叫びながら、テツを海面に引き揚げようとする。
「離すか!!!ここで負けたら男がすたる」
「馬鹿言ってないで離せ!!!」
グッチーはクソと一声叫ぶと拳を振り上げ、魚の脳天に一撃を見舞った。
魚が一瞬ひるんだ隙に、テツも片手で魚を抱き、もう一方の手で魚をぶっ叩いた。
オラ!!!このクソ!!!と2人は魚をボコボコに叩きのめした。
哀れな魚はビクビクと二度跳ねた後動かなくなった。
「討ち取ったりー!!!」
テツが叫び、2人は魚を空高く掲げた。
すげぇ…ヨシはそう呟いたと思うと、ゲロをまた吐いた。
海の中の2人と1匹はゲロをモロに食らった。
ヨシはと言うと、ゲロを吐いた瞬間事切れたように海に落ちていった。
「アホくさ」と一言呟くと俺もどてんと防波堤から道路に転げ落ちた。
ミキちゃんの馬鹿笑いだけが響く。
それを聴きながら俺は気を失った。
13years ago
「なぁ、見てみろよ」
カリフォルニアでグッチーは俺たちに見せたのはエレキベースだった。
小さな小さな港町で同じ年に生まれた俺たちは兄弟みたいに育った。
俺たちの溜まり場は昔からカリフォルニア。マスターは声変わりのしていない可愛げのある少年だった俺たちをいたく可愛がってくれた。
開店前のカリフォルニアに俺たちが行くと必ずジュースとお菓子をくれた。俺たちはマスターもカリフォルニアも大好きだった。
カリフォルニアで流れている音楽はいつも60〜70年代の洋楽。
だから俺たちは中学に上がる頃には立派な洋楽マニアになっていた。
同級生が漫画やゲームやアニメに夢中になっていた時、俺たちの心を虜にしたのはビートルズ、ローリングストーンズ、ラモーンズ、ベンチャーズ、ドアーズ、キンクス、クリーム…etc etc…
いつか、俺らでバンドをしよう。それが小学生の俺たちの合言葉だった。
中学生になってはじめての夏休み、グッチーが俺たち3人をカリフォルニアに召集して見せたのがこの「リッケンバッカー4003」だった。
「グッチー、これリッケンやん」
テツが興奮気味に言った。
ヨシと俺はあんまりにも騒ぐのも癪だったので、ふーんと冷静さを取り繕っていたが、その実、叫びたい気持ちを堪えるのに必死だった。
「お小遣いとお年玉を8年分前借りして買ってもらったんだ」
グッチーは愛おしそうにベースを抱き抱えた。
「これからどうする?」
とグッチーが言った。どうするもこうするもやる事はひとつだ。
パートは思いのほかすぐに決まった。
テツは一番体が大きいからドラム。
ヨシはマスターがギター持っているからギター。
俺は消去法でギターボーカル。
後は楽器をどう工面するかだ。
テツは漁師の親父さんの手伝いを朝から晩までしてなんとか自前のスネアとキックを手に入れた。
俺はと言うとボケた婆ちゃんに無理やり借用書を書かせて、年金をくすね、その足でギターを買いに行った。
買ったギターはジミヘンとお揃いの「フェンダーストラトキャスター」。
家に帰ると、ギターを見た親父が
「どうした、そのギター」とドスの効いた声で聞いてきた。
「父さん、聞いてください。この前ね、お婆ちゃんが奇跡的に正気を取り戻し、『あんたにギター買ったろ』って言うわけですよ。それで、俺も『いや、いいよ』って言ったんだけどね、『そんなら借用書書いたる、絶対返すんやぞ』って言ってね、お金かしてくれたんですよ」
とヒラヒラと借用書を掲げて見せた。
親父は紙を破り捨て、俺の顔がアンパンマンみたいに膨れ上がるまでぶっ叩いた。
俺は児童相談所にその晩電話をかけた。
これは我が家の長い歴史の中でも大事件に発展するのだが、長くなるので割愛する。
その頃ヨシはというと、マスターから簡単にギターを譲り受けていた。この差は一体なんなのだ。
中1の夏の終わり、遂に4人全員楽器を手に入れることが叶った。
俺たちはすぐさまカリフォルニアに集合した。ライブステージのアンプにギターとベースをつなげる。テツはいそいそとドラムセットを組み立てる。
「なにする?」
「てか、俺ら一曲もできる曲ないやん」
「とにかくならそう」
「そうだな」
ボリュームはフルテン
「1.2.3.4」
ドラムカウント4
爆音。ライクアローリングストーンズ。転がり始めた瞬間だった。
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