第18話 『初でえと――クレーンゲーム』

 「おお……」


 二人を囲む大きなハートとともに、『LOVE』とピンク色の丸文字で落書きされた写真を見て、俺はとても感動していた。

 

 ――カメラ目線で抱き合っているのは俺と瑠衣。

 

 ……股間を晒して青春をドブに捨てたつもりでいたら、まさかこのようなバラ色の人生を送れるとは夢にも思わず。

 惜しむらくは、俺がみっともなく鼻の下を伸ばしたなんとも締まらない顔つきであることと、瑠衣が無表情なことくらいだろうか。


「ごめんなさい、カメラを意識するとどうしても……」


 妙なところで察しのいい瑠衣が、「あはは……」と苦笑いしながら謝ってくる。


「分かってないなぁ。こういう写真は来年再来年、そしてのちの結婚式で効いてくるわけ。思い出になるわけ。一生もんだよ、マジで」

「……そっか。うん、孫の代まで自慢する」

「こっちのボケを凌駕するのズルくない!?」

「ボケてない」


 ……そんな真面目なトーンで言われたら、こっちはもう何も言えないんだけど。


「あー、次はクレーンゲームだな! よし行こう!」


 俺が話を逸らそうとして次の目的地へ歩き出すと、瑠衣がニコリと笑いながら深淵より黒い瞳でこちらを覗き込んで、


「ねえ、ボケてないのだけど。子どもは五人以上ほしいんだけど」

「ごっ、ごに!? 頑張んなきゃね!? お互いに!?」


 もはややけくそであった……。


 ***


「取れねー……」


 瑠衣の妄想たくましい将来設計を聞きながら、彼女の喜びそうな景品を探して見つけた台に挑戦して――。


 五百円で六回というお得感も今や完全に薄れて、残すところあと一回。

 カロリメイトがまとめて入っている大きなバケツ状の入れ物を落とそうと狙っているのだが、重すぎるのかツメを持ち手に引っかけてもすぐにすり抜けてしまう。

 

 六回かけて少しずつずらそうとしていた計画はすでに頓挫していた。

 依然として、シャンパンタワーのように積まれたバケツは初期位置から微動だにせず、目の前に鎮座している。 


 『1』と表記されたボタンを押せば、最後の一回が動き出してしまう。

 さっさと押せとばかりに、けたたましく鳴る効果音を耳にしつつもなかなか覚悟の決まらない俺を見かねたのか、隣でじっと見ていた瑠衣が口を開く。


「遊び方は理解したわ」


 その先が難しいんじゃないかと言おうにも、ボタンに手をかける俺の上に、不意に重なる彼女の手に何も言えなくなってしまった。

 瑠衣はピッタリと俺の背中にくっついて、無警戒に二つのマシュマロを押し付け、集中するように景品を覗き込む小さなご尊顔を俺の肩越しに、真横に置く。

 

 ――そういえば、身長ほとんど変わらないんだっけ……。


 彼女の落ち着いた鼓動も、静かな呼吸音も、鼻先に漂う甘い香りも、逃げようとした思考をがっちりつかんで離さない。

 すぐに引き戻されて全身が熱くなり、ジトっとした汗をかく。


「この台の弱点は後ろに取り付けられた装飾だ」

「――っっ」


 前置きもなく耳元で瑠衣が喋り出すものだから、クレーンゲームそっちのけで彼女の横顔を眺めていたことがバレないように、慌ててガラスの向こう側に視線を向ける。


「――って、景品通り過ぎてるけど?」

「構わない。……おそらくこの配置を考えた者は、クレーンの開くときの力で少しずつ押し出してほしかったのだろう」

「あー、なるほど。それにしたって……奥すぎない?」


 『2』と記された、前後の調整をするボタンを最大まで押し続けながら、彼女は言動と行動で食い違いを見せる。


「――透真の五百円を返してもらう」


 そう宣言すると同時に開かれたクレーンが引っ掛けたものは、最奥に取り付けられたつっかえ棒。

 アームが深々と刺さり、ゆっくりと閉まる。

 やがて初期位置に戻ろうと――。


 ――他所よそで物を壊してしまったときににじみ出る汗ってあるだろう?


 数本のつっかえ棒をアームがかすめ取り、それらが高々と積まれた景品を瓦解させる。


 ……あっという間に下の取り出し口には、景品の行列ができていた。

 

「四個と三本か――買ったほうが早いと思っていたが、実際にやってみると楽しいものだな」


 バケツとつっかえ棒を両手いっぱいに抱えて、今日一番の目の輝きようで、次の台を物色する彼女を見ながら思う。


 ――遊び方、理解してなくね?






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