第17話 『初でえと――プリクラ』

「……ホントに払わなくてよかったんだろうか」


 貧乏性の極まった俺は気前のいい店長の厚意に甘えて、ありがたく頂戴した洋服を身にまとった瑠衣をまじまじと見ながら、ポツリと漏らした。

 何やらとてもスッキリしたような清々しい表情をした女店長から、初心に帰って出直しますだとか、勉強代ですとか色々理由を並べられて、なし崩し的にタダで店を出て来てしまったのだ。


「そんなに気にするなら、今からでも私が――」

「いや、ありがたく貰っておこう」


 『この小切手に好きな金額を書いて』なんて言って、服屋の店員を困らせるような金銭感覚のトチ狂った子を行かせるわけにはいくまいと、俺は即答で彼女の手を引いて止めに入る。

 

「そういえば――」

「なに?」


 トチ狂ったで思い起こされるのは試着室内で見せられた光景。

 俺は、今も太ももに取り付けられているであろうそれに視線を向けながら、瑠衣に尋ねる。


「お前、それ……一輝いちきさんに押収されなかったのかよ?」

「そうね、見逃してくれたみたい。どちらにせよ、渡すつもりなんてなかったから都合が良かったわ」


 強気な口調で返す彼女を尻目に、やはり俺の目はそのむっちりとした太ももに釘付けである。


 ――なんせ、めちゃくちゃエロ……じゃなくて拳銃がぶらさがっているのだから。


「その、そんなにジロジロ見られると……ちょっと……」

「えっ、あ、いや、その、ごめん」


 ほんのりと頬を染めて言われるセリフも、事の発端が銃の所持から来ているのだから別の意味でドッキドキである。


「よし、次はゲーセンだな! 中でもプリクラとUFOキャッチャーはマストだ! 最重要任務と言っても過言ではない!」

「最重要……分かった。装備を整えてくる」

「待て待て待て!? 言葉の綾だ! 日本のゲーセンにジョン・ウィックを持ち込むな!?」

「……? 分かったわ」


 危うく洋画ばりの銃撃戦が繰り広げられるところであった。


 ***


――『画面をタッチすると始まるよ!』


 モデルの顔がデカデカとプリントされた布の仕切り。

 色々な名前の機体が何台も立ち並び、各ブースごとに若者たちが行き交い、騒ぎ合うなかで、俺と瑠衣も郷に従うようにして空いている一台のプリクラの前にいた。

 

「これがプリクラ?」

「その通り……とは言っても、俺も初めてだからな。まあ、めちゃくちゃかいつまんで言うと、写真機だ。そんなに難しいものじゃないよ」

「それなら知っている。証明写真機なら何度も使ったことがある」

「……うん。かいつまみすぎた俺が悪かった。まあ、百聞は一見にしかず、だ」


 俺はタッチパネルに表示された案内に従って、画面に触れる。


 ――『撮りたいコースを選んでね!』


 進んだ先で提示されたコースは二種類。

 『ゆるふわ』と『うるさら』。

 

「……もう難しいだろ」

「なるほど、加工写真が撮れるのね」


 俺がどちらにしようかコース下部に書かれた簡単な説明を読んでいると、


「この『ゆるふわ』のほうが視認性が悪くて、身分を誤魔化しやすそうだわ」

「急に物騒だよ!? ってか証明写真から離れようか!?」


 しかし瑠衣がコースを決めてしまったために、わざわざ戻るほどのこだわりもなかった俺はそのまま次へと進むことにする。


 ――『好きな背景を選んでね!』


「たくさんあるな……」

「居場所の特定を防ぐ徹底ぶり……証明写真機よりよほど優秀ね」


 心の底から感心しているような声音で言っているのだから、聞き流そうにも流せない。


「言っても無駄かもしれないけど、いちおう違うからね?」

「ホントに?」

「ホントに!」


 瑠衣がこちらを見て問いかけているうちに、俺はさりげなくハート柄の背景を選択する。


 ――『撮影ブースに移動してね!』


 案内の通りに、カーテンで仕切りになったスペースへと進む。

 二人並んで指定された撮影ラインに立つと、目の前の画面が待機状態から切り替わり、撮影回数と『撮影するよ!』の文字が表示される。


「撮影ってボタンでも押すのか……?」


 二人して棒立ちになっていると、


「カウントダウン」


 瑠衣の口からぼそりと一言漏れると同時に、フラッシュが点灯する。

 それからすぐに、一枚目のプレビューが、棒立ちで映る男女の写真が画面に映し出された。


「ありゃ、証明写真みたいになってんな……」


 とはいえ、撮影で取るポーズなんて生まれてこの方ピース一筋だったわけで……。


「ポーズ、これ」

「ん?」


 『撮影するよ!』の下に並んだいくつかのポーズ例のうちの一つを指さして、


「これがいい」

「……ハードル高くない?」

「全然高くない――五秒前」


 即答でカウントダウンとともに両手を広げる瑠衣に、俺はそろそろと近づいて――、


「もっと」


 ――近くに。

 

 そう言って、彼女は自分の方へと俺を抱き寄せる。

 とてもけしからん感触と一緒に、新品の服の匂いに混ざってバラのような香りが俺を包み込む。


 ……毎度のことだけど、普通逆じゃね?






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