第19話 『初でえと――ストーカー』

 夕方、思いつく限りのデートスポットを周りきった俺たちは自販機で買ったココアを片手に、外にある広間のベンチに座って雑談をしていた。


「あの銃の構え方では初弾を外したときのリカバリーが利かない」


 瑠衣は白い息を吐きながら不満をあらわにしていた。

 とある殺し屋が全世界の裏社会を敵に回す映画を見たところ、どうにも気に食わないシーンが散見されたらしく――、


「って言っても映画だしなあ……」


 それでも彼女は納得がいかないようで、ムッと眉を寄せて可愛らしく抗議する。

 内容が、銃撃戦におけるハウツーなのにはこの際目をつむっておくことにしよう。


「横に大きな瓦礫があったのだから、遮蔽に使うべきだ」

「なるほどねー」

「ジョンはできていたのに、敵役があまりにお粗末で剽軽ひょうきんにもほどがある」

「剽軽ってJKにあるまじき言葉遣いだな……」

「私なら――」


 そう言って立ち上がった瑠衣は、ロングパーカーの下に隠れている太もものホルスターに手をかけようと、


「――ってなにしようとしてんの!?」

「手本を見せようと思って」

「思わないでね!? 日本人に銃の耐性ないから、一瞬でおまわりさん来るよ!?」

「それもそうね。ごめんなさい。つい……」

「瑠衣って意外と抜けてるよなあ。そこがかわいいんだけど――」


 しゅんとして、ベンチに座り直す彼女を見て、思わず本音が漏れてしまう。

 

「透真はいつも私のことをかわいいと言うが……」

「本当のことだよ」


 恥ずかしかろうが、歯の浮きそうなセリフだろうが、俺は本音を言い続ける。

 なぜなら――、


「瑠衣には正直に言うって決めてるから」

「そこまで馬鹿正直に言わなくても……」

「瑠衣ってたまに辛辣だよな……」


 俺がこれ見よがしに傷ついたフリをすると、どうやら瑠衣はこの三文芝居を真に受けてしまったようで、酷く慌てて弁明するかのように、


「そのっ、あの、違くて! そんなこと言われたことがなかったから、反応に困るのだ……」


 顔を見られたくないのか俯きがちに教えてくれる彼女を見て思う。


「瑠衣の照れたところ見れるのって俺だけなんだよなあ。……俺ってもしかしなくても幸せ者?」

「……ばか」


 瑠衣はいっそう俯いて、顔を上げてくれるまで五分ほど要することになった。


「それにしても一日って楽しいとあっという間だよな――」

「…………」

「ん、どうした?」


 明後日の方向を向いてまだ機嫌を直していないのだろうかと思うも、瑠衣は俺の顔を見て首を振る。


「いえ、どうもしないわ」


 自意識過剰と言われればそれまでだし、キモイと言われても仕方のないことなのだが――、


「自覚あるかどうか知んないけど、瑠衣って何もないと俺の方ばっか見てるよな」

「そ、そうかしら……」

「だっていつ見ても目が合うし」

「それはたまたまね」

「映画見てるときだって、ポップコーン取るついでにお前の顔見たら、スクリーンじゃなくて俺のこと見てなかったか?」

「それは……なんで私の方を見たの?」


 少し考え込んで、瑠衣は逆質問を仕掛けてくる。


「好きな人の横顔をついつい見てしまいたくなる、そんなときもあると思うんだよね」

「でしょ?」

「それは……」


 ずるい。

 即答で返されて、俺は思わず顔を背ける。


「照れてない?」


 無理やり顔を合わせて、仕返しと言わんばかりにからかってくる瑠衣に逃げ場を失って――、


「くっ、お互い正直だと収拾付かないな!?」


 敗北宣言とばかりに、流れを断ち切るのだった。


「で、話を真面目路線に戻すけど、やっぱなんか気にしてることあるだろ?」

「……ええ」

「聞いちゃマズイやつか?」


 首を縦にも横にも振ろうとして、あの表か裏しかないような潔い判断っぷりの瑠衣が煮えきらない反応をする。


「……それが、私にもよく分からなくて」

「まあ、疑わしきは罰せずって言葉もあるしな」

「いえ、尾行されている以上、落とし前は付けないといけない」


 呑気に構えていたら、瑠衣の口から何やら非日常な単語が飛び出した気がした。

 自然、俺は小声で彼女に詳細を聞こうと問いかける。


「えっと……尾行すか?」

「そう、尾行」


 平然とオウム返しする彼女はやはりくぐってきた修羅場の数が違うようで、まったく動揺していないのが窺える。


「瑠衣さんのお仲間で?」


 一番の懸念材料について単刀直入に聞くと、彼女は「違う」と即答して、


「組織は後をつけるなんて原始的なことはしない。監視カメラをハッキングしたり、ドローンを飛ばしたり、足の付かない方法を取る。仮に自ら尾行したとしても稚拙すぎる」


 今日一番で長いセリフを喋ったな。


「……なんて感心している場合じゃないな。ちなみにいつから?」

「朝、透真と待ち合わせしたときから」

「すっごいガチのストーカーじゃん!?」


 技術が稚拙だと断じてはいたものの、瑠衣の並外れた勘の良さをスルーするほどの人物だ、相当な手練てだれということなのではないだろうか。

 そんなことを考えるも、彼女は依然として落ち着き払っている。

 彼女の態度に疑問を抱くと、見計らっていたかのようにタイミングよくその理由を明かしてくれる。


「殺気がない」

「おーけー理解した」


 瑠衣は殺気の有無でそのストーカーを野放しにしていたらしい。

 なんとも彼女らしいが、一般人はストーキングされているというだけで恐ろしいと思うものなのである。

 事実、瑠衣がいる手前かっこ悪いので態度には出していないが、俺は内心めちゃくちゃビビっている。


「中学生くらいのかわいらしい女の子だ。私を敵視していることから察するに、透真のことが好きなんじゃないかと疑っているのだが……」

「敵視されてんのに殺気はないんだ……」

「やっかみのような視線なら組織内でも感じることはあったから――」


 慣れていると続ける彼女の言葉を聞いて、つくづく瑠衣の所属していたレコンキスタとやらは、ロクなもんじゃないなと思わされる。


「でも――透真が怖いなら、なんとかする」

「べ、べつに怖くなんてないんだからね!?」

「ううん、その話法については昨日調べた。ツンデレって言うんでしょ?」


 知ってるんだから、とけしからん胸を張って自慢してくる彼女の仕草に俺は見惚れるしかない。


「――じゃ、行ってくる」


 そうこうしている間に瑠衣はサッと席を立って、ストーカーのおわすであろう場所へと足早に向かって行ってしまった。


「ちょ!? 頼もしすぎて、俺の立つ瀬がないんだけど!?」


 毎度のごとく情けない姿を晒すわけにはいかないと慌てて後を追いかけると――、


「何よアンタ!? ちょっ、離して――っ」

「この声……?」


 柱の裏から十四年ほど聞き慣れた声に、俺は駆け出した歩みを緩める。


「むっ、やっぱり知り合いなんだ……どういう関係? 場合によっては――」

「いや、頬を瑠衣がむくれるようなけしからん関係ではなくってですね……」


 ていうか、場合によってって何!?

 絶対にロクな答えが返ってこないから聞きはしないけれども……。 


「――ちょっと! この女なんなのよ!?」


 首根っこを掴まれつつも、臆することなく目を吊り上げて激怒する少女。

 

「とりあえず、下ろしてやって? んでもってワケを聞こう」

「ん? もう怖くないの?」

「ああー……それね――」


 お兄ちゃんなんて呼んでくれる身内なんて一人しかいないわけで――。


 今もなお瑠衣の手でぞんざいに持ち上げられて、バタバタと暴れているのは――。


 ストーカーの正体は――俺の妹、柚乃であった。






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