第15話 『初でえと――女店長』
「私の……私服?」
――なぜそんな物が見たいの?
言外にそう匂わせているような口調だった。
どうやら瑠衣は自分のことを何にも分かっていないらしい。
「瑠衣……お前はかわいいんだよ」
「――っ!?」
「いいか、瑠衣。制服姿だってそこらへんの女子より、めちゃくちゃ似合ってるしかわいい、あとスタイル良いからかっこいい」
「な、何言ってる……?」
「そうか、まだ分かんないか」
「いや、ちがっ――」
「そんなお前が私服を持ってないって、それは世の冒涜なわけ」
「そ、それは流石に嘘……」
「いーや、手足はスラッと長くて、ヒールを履いてるわけでもないのに上背があってかっこいい。肌は色が白くて、正直どんな色の服着ても似合うと思う。ただ痩せてるってわけじゃないから、ボディラインが出るような服着たら、エロすぎて鼻血出るね。失血死する。ここまで美人でかわいいとかっこいいが同居してるヤツ、お前以外いないんだよ」
「う、え、う……?」
言語能力が低下しきった瑠衣を見て、俺はダメ押しの最終奥義を放つ。
「ほう? まだ足りないか。いいぞ、この際だ。セクハラ覚悟でお前の魅力を赤裸々に――」
続けて言葉を選ばず、瑠衣の魅力をとくと語ってみせようといったところで、瑠衣が手のひらで俺の口を覆ってきて、待ったが入る。
「いっ、行く! お洋服屋さん!」
「ん? ようやく分かってくれた?」
「よく分かった。透真は目的のためなら手段を問わない」
深く頷いて、確信を得たと言わんばかりに神妙な面持ちで、俺のことを評してくる。
「……凄腕の殺し屋に言われると、シャレになってないな」
おまけに真意が伝わっていない気がする。
「あと
たしかに、道行く人の誰もが必ず一度、こちらに視線を向けている気がする。
っていうかこれ、俺じゃなくて瑠衣を見てるんだろ。
きっとモデルとか女優とかだと思っているに違いない。
「まあ、学校でガン無視決め込んでた子にそれを指摘されるとなんだかな……って感じだけど、似た者同士っぽくてむしろ嬉しいか」
「…………」
もう何言っても通用しないと言わんばかりの呆れ顔である。
口でなら瑠衣に勝てるってことか……俺、情けなくね?
「さ、行こうぜ」
***
「いらっしゃいませ~……っ!?」
私は小さい頃からアパレル業界に憧れ続け、開業資金を貯めて脱サラして去年、ようやくこのショッピングモールに二店舗目を構えることができた。
「きれい……」
思わず吐息混じりに声が漏れる。
雑味のまったくない純粋な美。
かの有名な画家サンドロ・ボッティチェリの描いた『ヴィーナスの誕生』を思わせる美しさ。
貝殻の上で花びらの舞う風に吹かれながら、佇む女神ヴィーナス。
数々の男神を魅了したとされる官能的で神秘的な美しさ。
思い出すのは――かつてOLで一生を終えるのではないかと絶望に見舞われて、居ても立ってもいられずに無断欠勤して訪問したイタリア。
そこの美術館で出会って私を虜にした絵画。
脱サラの後押しをしてくれた命の恩人ならぬ恩神。
それを想起させるほどの人間がまさか現実に存在したなんて……っ。
――つまるところ一糸まとわぬ姿こそが彼女にとって究極の美。
服なんてそれを覆い隠す無粋な陰でしかない。
…………って違あああああぁぁぁう!
危うく彼女の魅力に飲まれて、自分の職を、その誇り見失うところだった。
とにかく!
学校の制服なんか着ていてもはっきりと分かる。
彼女がとびっきりの素材、逸材だと。
コーディネートしたい。服を選んであげたい。
――無粋なんて二度と言わせない……言ってないけど。
そんな欲求が沸々と湧いてくる。
「なっななな、何かお探しで――」
いけない!
店を背負おうという者が、情けなくも我を失っている間に勤続一年目の子が……っ!
このままでは、私が手塩にかけて育てた弟子が、彼女の魅力で壊れてしまう!
私は熟達した歩法で、あくまで優雅に店内を移動し、店内の調和を乱すことなく彼女のほうへと向かう。
「待って、あなたの手には負えないわ。この私――店長に任せなさい」
「す、すみません……」
「――他のお客様は任せたわよ」
「ご武運を……」
この世界で揉まれること十数年。
どんなお客様にも最適のコーディネートを紹介してきた私が、まさか愛弟子のアルバイトに無事を祈られるとはね。
「あのーすみません、瑠衣じゃなくて――彼女に似合いそうな洋服を見繕ってほしくて……」
彼女の連れらしき男が話しかけてくる。
――こんなパッとしないモブが彼氏?
頭に浮かんだ疑問を私は即座に否定する。
おそらく彼女は女優かモデルで、この男はそのマネージャーだろう。
腰巾着が名前を呼び捨てなんて分不相応甚だしいが、それを気にしたところで私にはどうしようもできないことだ。
余計なことに気を取られていてはダメ。
この戦――その程度の気構えで生き残れるほど甘くはないのだから。
――必ず彼女が……ヴィーナスが着たいと思うような、ううん。お召しになってくださるような品を用意してみせる!
私は店長として、お店が軌道に乗るまで泥水をすすって、辛酸を嘗めてきた頃を思い出して神に挑戦する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一人の女店長のプライドを懸けた戦いがここに幕を開けました。
甘々デートはどこ行ったって?
でも……女の戦いかっこよくないですか?
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皆さんのお星さまを一つでも分けてくださると、テンションが爆上がりします。
土下座待機しておりますのでなにとぞ!
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