第10話 『真相』

「うわ……一輝いちきさんじゃないっすか……」

「人が汗水垂らして事後処理に駆け回ってようやく一段落したってのに、当の本人たちはここでイチャコラ乳繰り合ってると来たもんだ。まったく図太いねえ」

「まだそこまでは進んでないじゃないっすか! 嫌味言わないでくださいよ!? ……でもその節はお世話になりました! ありがとうございます!」


 俺は深々と頭を下げ、一輝さんの労をねぎらう。


「あ? なんだいやに殊勝な心がけだな。タメ口はどうした?」

「あれは……瑠衣を助けられたことに舞い上がっちゃってなんというか――無礼講?」

「そりゃ無礼を働かれる側のセリフだろうが……」

「と、とにかく! 駆けつけてくれたときはマジで助かったんすよ! これからどうすりゃいいのって感じで……」

「そりゃそうだろうな。踏み台に使ったワゴンはほったらかし、天井の穴もそのまま、痕跡だらけの現場を揉み消すのは相当な労力がかかる。警察からは嫌な顔されるし、上からは甘えた仕事してんじゃねぇって説教されるし、俺は減俸もんだよ」


 一輝さんはここぞとばかりに愚痴をこぼしていく。

 しかもその愚痴全部に俺が関与しているのだから、バツが悪いったらありゃしない。


「ほんとすみません……」


 俺が素直に謝ると、一輝さんも多少は溜飲が下がったようで、


「まあ、有栖に乗せられて俺もすぐに助けに行けなかったしな。あの場じゃ、お前もよくやったほうだよ。……お前はもう一般人なんかじゃない」


 なんて嬉しいことを言ってくれるのだから、一輝さんは本当にツンデレさんである。


「だがな、有栖が能力で止めに入らなかったら、とっくにおっんでるからな」


 それを聞いて、天井裏で待機していたときに頭の中で響いた不思議な声を思い出す。


 ――『待つのじゃ、このバカたれが!』

 

「あれってやっぱり有栖だったんだ……」

「アイツの能力に触れたヤツは皆、パス? リンク? まあ、繋がりみたいなのができるらしくてな。一方通行ではあるが、アイツの方から直接『ここ』に話しかけることができるってわけ」


 テレパスとか念話ってやつか。加えて未来視ときたもんだ。

 有栖さんめちゃくちゃファンタジーしてるじゃん……。

 とはいえ――、


「あそこで彼女に止めてもらわなかったら、たしかに銃撃戦に巻き込まれて死んでたっすね……」


 今更ながらに、全身から血の気が引く。

 身震いまでしてきて、情けなくて咄嗟に手を隠そうと――。

 

「え……」


 そっと俺の手を取って、両手で包み込むように握ってくれる瑠衣。

 いつぞやに見せてくれた軽々と林檎を握りつぶせそうな握力はなく、人肌のぬくもりと柔らかな絹のような手の質感が俺の体温を急激に上げてくれる。

 

 それを見た一輝さんはまた口をへの字に曲げて、


「お熱いところ申し訳ありませんがね。俺はクソガキ共に、今現在の状況を共有しておこうかなと思ってわざわざ来てやったわけ」


 そういえば、俺は一輝さんたちの正体も、今回のことも大して知らないのである。

 知らなくても自分のやるべきことは分かっていたし、お粗末ではあったが、そのための策も考えていた。


 ――天井裏に潜んで機を窺って、そのときが来たら瑠衣を助ける。


 この一点にだけ集中していたから気にもならなかったが、今となっては自分が死にかけた事の顛末くらい聞いておきたいものである。


「――まず、一輝さんたちって何者なんですか?」

「あー、そういえばそこからか……。めんどくせぇな」


 いきなり説明係が暗礁に乗り上げてしまう。

 現状の共有とはいかに……。


「おそらく公安警察――それも表向きは存在しないとされている秘密組織『特務課』。首相自らが取り仕切り、警察では手に負えないような大規模テロなどを取り扱っていると聞く。裏の世界では常識だったわ」

「……解説どうも」


 一輝さんに代わって瑠衣が正体をバラしてくれた。

 俺はいちいち驚くのに疲れてきて、適当に相槌を打って済ませようかとも思ったが、言い出しっぺがそういうわけにもいくまい。


「首相が上司ってばりばりのエリートじゃないっすか!? え、あのちびっ子も?」

「アレは…………捕まえた」

「……何やったら秘密警察のご厄介になるんですかね!?」

「そこは本筋から逸れちまうからな……。まあ、色々あるんだよ」


 何やら気まずいようで、話をもとに戻したがる一輝さん。

 本当に何したんだよ……あのちんちくりん。


「で、その秘密組織所属の一輝さんが動いたのは、瑠衣たちがやろうとしていたあの議員暗殺ってとこまでは分かります」


 一輝さんは黙って聞いている。

 俺に喋らせて、違う点だけ修正しようという魂胆だろう。面倒くさがりな彼らしい。


「瑠衣の狙撃と暗殺が失敗したのは一輝さんたちのおかげだとして、瑠衣を殺そうとした連中も一輝さんの仲間っすか?」

「いや――」

「透真、それは違う」


 一輝さんの言葉を遮って、訂正が入ったのは瑠衣のほうからだった。


「じゃあ、瑠衣の組織の裏切り者……とか?」

「それも違う……いや、もし裏切り者がいたとすればそれは――私だろう」

「……は?」

「――ご明答」


 理解の及ばない俺と、きざったらしく拍手をする一輝さんの声が重なる。


「要するにコイツは捨てられたんだよ、組織からな」

「いや、でも、あの場では結構上の立場だったじゃん! 色々仕切ってたよな!?」

「あの議員を始末したあと、私の――主犯格の命を差し出すことで、レコンキスタは日本の捜査から免れようとしたのだろう。つまり、あの屋上にいた連中は同僚だったというわけだ」

「ま、日本としても対外的な面子がある以上、議員一人暗殺されて、『誰もしょっ引けませんでした』じゃ終われないってこった。国の威信にかけて、笑い者にされるわけにはいかない。インターポールだのなんだの出張ってきて、世界規模で捜査の手が広がってしまえばいくら大規模凄腕テロ集団といえど、ジリ貧そこで――」

「私の出番だ」


 自分を指差し、呑気にのたまう彼女に呆れて言葉も出ない。


「よくよく考えれば、おかしな点はいくつもあった。作戦期間が半年以上と長かったり、学校に通よう言われたり、わざわざアパートまで借りて……どう考えたってリスキーなことばかりだ。あれは私を主犯格として仕立て上げるための背景づくりだったのだろう」


 二人して答えが出切ったかのように、満足気に首肯している。


「日本はお前の死体をもって捜査を打ち切り、レコンキスタは組織の一員を失って人的損失。死人に口なしってなもんで、自分たち日本の警察がやむなく射殺したことにすれば、面子も保てる。……まったく馬鹿げてるぜ。――たかが一議員を殺したって、『テロ対策法案』はオリンピック招致のために絶対通っちまうのにな」


 一輝さんの口からニュースで聞いたことのあるようなフレーズが飛び出す。


「そんなことのために――っ!?」

「そうだ、自分たちが活動しにくくなるそんな法案ごときのためにレコンキスタは万全を期して、過剰戦力を投入したはずなんだがな……」


 顔をしかめて、化け物でも見るかのような視線を瑠衣に向ける。

 それを受けて、瑠衣は短く笑って呟く。


「あれで万全とは――私も随分と低く見積もられたようだな」


 確かに、瑠衣はあの場を完全に支配していた。彼女の無双っぷりをリアルタイムで見ていた身としては無敵としか言いようがなかった。


「私は、透真がいたから今ここにいる」


 そう言って目を細め、俺のほうに顔を近づける。

 俺をじっと見つめながら――、


「でなきゃ、私はあのままインビジブルの銃弾を受け入れていた」


 彼女は「もう限界だったのだ」と正直に告白する。


「だから――本当に透真には感謝している……ありがとう」


 十六年生きてきて、ここまで女の子から言ってもらえることがあっただろうか。人生の持てる運すべて使い切ったのではないだろうか、というくらい嬉しく誇らしいことである。


「解散解散! お前ら、もう帰っていいから! 見てられるかっての――こっちは仕事の合間を縫ってきたってのに、ほんとに……」


 俺と瑠衣のごにょごにょを見せつけてしまったせいで、一輝さんは案の定機嫌を悪くしてぷんすか帰ってしまった。


「――ってあれ?」

「どうしたの、透真?」


 結構頻繁に名前を呼んでくれて、とても嬉し恥ずかしなのはさておいて……。


「瑠衣ってこのあとどうすんの?」


 そんな今更な質問が一輝さんのいなくなった静かな病室内に染み込むのであった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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 次話もよろしくお願いいたします!


20220616【追記】

すみません、私事で恐縮ですが多忙につき、次話投稿は17日になります。

絶対にエタりませんので、フォローそのままでお願いいたします。申し訳ございません。

 

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