第9話 『トウマトコイビトニナリタイ』

 後ろ髪を引かれつつも、俺はやっとの思いでキャッシュカードを突き返す。


「いいか、俺が朝香さんを助けたのはこんなもののためじゃない!」

「で、でも……私にはこれくらしか思いつかなくって」

「お礼なんてしなくていいんだよ。俺が好きで、助けたくてやったことなんだからさ」


 そう言って聞かせるものの、どうやら彼女の中では消化しきれないようで、


「そうだな……。じゃあ、瑠衣るいって呼んでもいいかな?」

「……? いいけど……」

「そ、そうか!? 何事も言ってみるもんだな」

「じゃあ私も! ――ってあれ?」

「どうかしたか、る……るるっ、瑠、衣?」


 自分から申し出ておいて、噛みっ噛みである。

 自分がウブすぎて嫌になる。

 これだから彼女いない歴イコール年齢というヤツは……。

 しかし、目の前の女の子は、それすらマシに思えてくるほどの爆弾発言をしてくる。

「――あなたの名前……聞いてない」

「おっふ…………」

「ごめんなさい。命の恩人なのに……」


 まあ、さもありなんというかなんというか……。

 他人に興味を持てなかっただろうし、じつに瑠衣らしいことである。


「ノープロブレムだよ瑠衣。気にすんなって」

「ごめっ、じゃなくてありがとう……」

「おう――じゃあ、ま! 気を取り直して、俺の名前は織史透真おりふみとうま! 今は好感度五十後半かなって感じのまあまあな手応えなんだが、ゆくゆくはイチャイチャ、ラブラブな関係になりたいなあと考えている者です! どうぞよろしく!」

 

 瑠衣はニコニコしながら聞いていて、拍手までしてくれているのだが、ツッコミ役がいないというのはこんなにも恥ずかしいものなのだろうか……。


「あの――イチャイチャ、ラブラブな関係ってどうやったらなれるの?」

「え? いや、どうだろうな……俺もなったことないから詳しくはないんだけど――」


 情けない前置きをして、自分なりに噛み砕いて説明してみた。

 こうなったらとことんやってやる――と腹をくくり、彼氏彼女でやる夢いっぱいのデートプランまでお披露目して懇切丁寧に。

 かくして独断と偏見混じりの解説が伝わったのか、瑠衣は一応頷いてくれて、


「つまり……恋人ってことね」

「そう、だな」


「――透真と恋人になりたい」


「まあ? いつかはって話ね。これから少しずつレベルを積んで……は?」

 

 何か幻聴が聞こえたかもしれない。

 べつに聞こえなかったわけじゃない。

 彼女は『トウマトコイビトニナリタイ』と言ったのだ。

 トウマトコイビトニナリタイ――ああ、透真と恋人になりたいってことね。

 向こうが何やら返事待ちをしているようだから、言い間違いではないらしい。


 ――俺と?

 

 勘違いだったらどうしようかと思いながらも、おそるおそる自分の顔を指差す。


 ――瑠衣がかすかに頷いた。


 全身に稲妻が走ったかのような感覚に襲われた。

 どばっと汗が吹き出して、心臓がうるさいくらいに高鳴る。

 なんの反応も返せずに、ただ瑠衣を見つめ続ける。

 そのまましばらくして、瑠衣のほうも恥ずかしくなったのか顔を赤く染めて俯いてしまう。


「~~~~っっ!?」


 声にならない驚きが、口から吐息となって溢れてくる。

 どこか夢心地のような……いや、本当に夢なのではなかろうか?

 そう思い、自分の頬をつねろうと――、


「――なぁに青春してやがんだ、クソガキ共が!」


 突然、病室のドアを乱雑に開けて入ってくる不調法者が一人。

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