第7話 『私のために……?』
咄嗟の――それも予想だにしない出来事を目の当たりにして、私の頭は状況判断に困っていた。それでも死地に変わりはなく、だからこそ考えるより先に場慣れした身体が動き出していた。
瞬時に、顔面から真っ逆さまになって地面に激突しようとする彼を横から抱き込む。
――それと同時に、銃声がフロアを支配した。
間を空けずに、私の右頬を彼の血がさっと撫ぜる。
彼の右腕を銃弾が掠めたのだ。
血の温かさに驚いたものの、まだ致命傷ではない、死にはしないと自らに言い聞かせながら、彼を庇うように身体を潜り込ませて衝撃を一身に引き受ける。
そして一緒に倒れ込みはしたが、右手に持ったままの拳銃『デザートイーグル』をインビジブルに向けて――。
大きなマズルフラッシュとともに放たれた弾丸は彼の身体を真後ろへと吹き飛ばすのだった。
コマ送りになった視界が、元の時間を取り戻す。
しかし、間を置くことなく新たな気配が同フロアまで上がってくる。
――後続が到着したのかっ。
力なく覆いかぶさる彼をゆっくりと下ろして横に寝かせ、非常階段の方に向かってマグナムの高火力をぶつける。
男はその身を晒そうとするも即座に引き返し、防火扉を盾に身を隠した。
「おいおいおい! なんてもん――」
間髪入れずに二発。使用者本人ですら反動で身体を壊すと教わったデザートイーグルから繰り出されるひと繋ぎの咆哮。
気配を精密に辿りながら、扉ごと撃ち抜くつもりで引き金を引いたのだが、どうやら相手もそれなりのようで素早く階段下へと逃げ込んでいった。
「朝香……さん、多分敵じゃ、ない。俺の……知り合いだ」
震える左腕で必死に身体を支えて、決壊せんばかりに涙を蓄えた瞳を向けて、彼がこちらに制止を促してくる。
「ソイツの言ってることは本当だ! 俺は
私は彼に真偽を確かめるべく、銃を構えたまま視線を向ける。
すると彼は勢いよく何度も首を縦に振っていたので、とりあえず射撃体勢を解く。
「……とりあえず出て来て。ただし、ごくごくゆっくり――」
こちらの指示に従って、おずおずと非常階段口から出てきたのは、上下スーツ姿でジャケットのボタンを外して、紳士服に似つかわしくない短く刈った頭に剃り込みの入った風貌荒々しい青年。
コイツは要人警護に従事しているのだろうか?
彼ら
「ひっでぇ面だな……。生きてんのか死んでんのか分かりゃしねぇ」
「失礼っすね。見ての通り、ピンピンしてますよ……」
彼は涙まじりにそう言っているが、いくら人の機微に鈍感な私でもそれがただの強がりだと分かる。
まして、この一輝とかいう男にはバレバレであろう。
「正直、絶対死んでると思ってたが、生きてる上に軽口まで健在なんだから大したもんだわな」
「今なら何でもできる気がするね。なんせ朝香さんを死なせずに済んだわけだし!」
「え……っ!?」
自慢気に語っている彼の言葉を聞いて、私は思わず驚きの声が漏れる。
天井裏に隠れていたのは――。
私に覆いかぶさってきたのは――。
全部、私のため……だというの?
「あの――」
もう一度聞きたい。確かめたい。
そんな私の衝動を遮って、男が話を続ける。
「その傷、すぐ診てもらわねぇと……絆創膏じゃ済みそうにないな」
更にこちらに近づき、傷の具合を診ながら彼の手を取ろうとする一輝に対して、私は間に入ってデザートイーグルを突きつける。
「どこへ連れて行こうというの?」
「いや、そりゃ病院だろ? 唾付けて治るもんじゃねぇって」
一輝は戸惑ったように当然のことを言っているが、私にだって考えがある。
後ろにいる男の子に……聞きたいことだって山ほどあるのだ。
「――私のために、ここに来てくれたの? あなたは……いつ死んでもおかしくなかったのに……?」
「ごめんな。俺、賢くなくて行き当たりばったりだから……。これ以外思いつかなくってさ」
「ううん、大丈夫。私の方こそごめんなさい」
こんな喋り方――私にできたんだ。耳で聞いた声が果たして自分のものだったのかと思うほどに、その声音は柔らかかったように感じた。
本当は箇条書きに、一つ一つ謝りたい、感謝したい気持ちを抑え込んで、一輝に私の考えを聞かせる。
「この人は――私が病院へ連れて行く」
「お前が!? この銃創を何も聞かずに診てくれる病院へか!? 冗談言ってんじゃねぇぞ! んなもんレコンキスタの連中が張ってるに決まってんだろうが!」
一輝はがしがしと頭をかきながら、まるで駄々をこねる子供のような扱いで私を言い含めてくる。
「おいおい、ずっとこのままにらめっこでもするつもりか? そろっそろ警察も来るんだけどな!? お前が一番にパクられるんだけどな!?」
「私を捕らえるつもりならさっさとそうしているはずだ。貴様は自分の本分すら分からん脳足りんか?」
「よぉし――っ、いい度胸だ。今すぐワッパ掛けてやる。手ぇ出せ!」
「まあまあまあ、ままままお二人さんっ。ちょっと落ち着いて」
一番取り乱して、一番震えている男の子が妙なテンションで私たちの間に割って入ってきた。
「一輝さんは言葉が荒いし、伝え方が遠回りなんすよ! アンタほんっとにツンデレっすね!」
「エセ敬語で人を小馬鹿にしてくるのは気に食わんが……。じゃあ、お前がこのソウルイーター様に分かるよう言ってやればいい」
「ったく……怪我人を通訳に使うとはね。――おほん。つまりこういうこと、朝香さんを捕らえる意思はないから、逃げてもいいけど。警察はそうじゃないから、ここを出るなら『なる早』でお願いねってわけ」
「ですよね!」と彼が、そっぽを向いた一輝に確認を取ると、後頭部がこくりと動く。
「いやだ。私はあなたと一緒がいい」
この際、駄々っ子でもなんでもいい。
私は二度とこの男の子から離れたくなかった。
しかし私の拒絶を聞いて、V字の額に『KILL』と器用な青筋を浮かべた男が一人。
「おま、おま――っっ!?」
「どうどうどう一輝さん!? えーっと……じゃあ朝香さんも一緒に行こう! 一輝さん行きつけの病院へ!」
「うん、それならいいわ」
「…………お前らなぁ――」
頭の掻き方が、がしがしからポリポリへと変わった男が呆れたように私と彼を交互に見やる。
「さあ早く! 警察が来ちまうだろ!」
「なんで怪我人が駆け足? んでもってたまにタメになるのなんなの? マジで切れそう……」
そう言いながら、もはや怒る気力もなさそうなほどに疲れた様子の一輝の後へと、私たちは付いていくのだった。
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