第3話 『三人の変人』

 朝香さんとお近づきになれたその翌日、謹慎一日目。


 冬の曇り空、吹き付ける冷たい風のなか、俺はカロリメイトの入った袋を片手に、いつも使っている通学路を見回しながら歩き続けていた。


「朝香さん、いったいどこで待ち合わせなんすかね……」


 高校生にもなって待ち合わせすらろくにできない男女が若干二名。

 ……はい、そうですね。俺と朝香さんですね。


「とりあえず昨日の場所――って言っても道のど真ん中で引き止めただけだしな……」


 やっぱり学校以外に待っていそうな場所なんて……、


「――少年。探しものなら、この先にある青い屋根のアパートに行ってみるとよかろう」


 初対面の人に声をかけるってのに少年呼ばわり!?

 なんて痛々しい……。

 新人類の登場に驚愕し、俺は反射的に振り返ってしまった。


「日付変更とともに昨日の場所へとおもむき、お主が来ないことにがっかりして帰宅し、今もなお不貞腐ふてくされている見てくれだけはわらわに似てかわいいおバカな少女がおるゆえ――」

「朝香さんが!?」

「うむぅ……こちらの正体も発言も一切怪しむことなく、聞いた内容と探し人を間髪入れずに結びつけるその思考。完全にあの子に毒されておるようじゃのぅ……」


 キレイな顎のラインを手でさすり、こちらを観察するような気取った所作をする少女を見て、


「そっすね……」


 確かに、このクソ寒いなかへそ出しルックの上から、裾を引きずるほど丈の長い黒のロングコートを羽織り、黒の短パンという季節感のちぐはぐな格好で、ババ臭い喋り方のちんちくりんに開口一番、何一つリアクションの取れなかった自分を末恐ろしく思う。

 背格好からして柚乃と同じくらいの年頃だろうか……もしかして中二病?


「なぁに、あの子が心を開くくらいじゃ。間違いなくお主は狂っておる。じつに愉快な存在じゃな!」


 ニコッと満面の笑みで言われてもまったく嬉しくない異常者の烙印。

 

「……で、何か用っすか? さっき言ってたことがホントならすぐにでもそのアパートに向かうんすけど……」

「まあ、待て。お主に接触したのは道案内がしたかったからではない。一つ、お主にとってちょー重要な忠告をしにきたのじゃ」

「は? いや、ちょ――っ!?」


 制服のネクタイを引っ張られ、無理やり中腰を強要される。


「――よいか? 歯を食いしばれ」

「おまっいい加減に――がっ!?」


 言うが早いか、顎先で切りそろえた艶のある後ろ髪を振り乱しながら、突如少女から頭突きが飛んでくる。

 何一つ身構えることなく、額と額がぶつかり、鈍い音とともに揺れる視界――。


 ***


 『改装中』の文字。

 今にも降り出しそうな曇り空。

 廃ビルの中。

 ずらりと並んだマネキン。

 その傍らでおびただしい量の血を流して、真っ赤な水たまりに伏した――?

 見覚えがある。

 女の子?

 誰?

 薄暗い。もっと。もっと近くで――。

 窓から差し込む陽の光。


 ***


「――ぃ、戻ってこい、しっかりしろ! おい!」

「朝香さ――っう、ぶ……ッッ!?」


 野太い声と、乱暴に身体を揺さぶられて飛び起きるのも束の間、口元まで押し寄せるとてつもない吐き気を手で抑え込む。

 ――口を塞いだ手にしたたるのは……鼻血?

 どこをどうして、どれを先に止めようかとてんやわんやしていると、


「血はこれで拭け。――おい、有栖……これは何の冗談だ?」 


 二十代くらいで剃り込みの入った厳つい男は、俺に無理やりハンカチを持たせると、彼の後ろで佇む先程のちんちくりん――有栖に怒気を込めて問いかけた。


「そんな怖い顔でめつけんでくれぬか? ダーリンの強面は見ていると股にクる」

「まだふざけるつもりか? あ?」

「く――っ……凄むでない! パンツの替えなんて持ってきておらんのじゃぞ!?」

「この期に及んで――っ」


 こちらから表情は見えないが、声だけでお漏らししてしまいそうな圧を感じるなか、これでもかと挑発する命知らずな少女の態度を見て、二人のパワーバランスがおかしいことに疑問を抱く。


「それに、この少年は死んでおらぬ。よいか? 死なんかったのじゃ! ダーリンならこれが意味するところが何なのか分かっておろう……?」


 意味深なことを言ってみせる有栖。

 とりあえず今、俺が血反吐の出る思いをしているのは、コイツのせいってことが分かった。

 鼻血が止まったら、一発かまそう。

 こんな危なっかしい中二病患者を野放しにするわけにはいかないのだ。


「あ? ……いや、分かんねぇよ!?」

「バカたれ! 運命の赤い糸に決まって――いいぃだだだだッッ!?」


 男は最後まで聞くことなく、少女のこめかみを拳骨でこねくり回して悶絶させる。

 ……漫才?


「あのー……」

「悪い、連れが失礼した。とりあえず病院に――」

「いえっ、俺は行くとこあるんで大丈夫っす! あと、これ、ハンカチ洗って返したいんすけど……」

「いや、いい。それより、俺たちと会ったこと、視たことは誰にも口外するな。でないと――」

「バン!」

「――っ!?」


 いきなり人差し指を向けられて銃を撃つ素振りをされ、情けないことにビクリと肩が上がる。

 

「……もういっぺんシメとくか?」

「じょ、冗談じゃろうに……」

「とにかく、他言無用で頼む。代わりに――」


 手帳を取り出し、何かをスラスラと書いたあと千切って渡されたのは、


「なんすか、これ……一輝薫いちきかおる?」

「俺の電話番号だ。ヤバいって思ったら連絡してくれ」

「はぁ……?」


 ヤバいって言われても、それは今この瞬間なのでは……?


「遠慮はすんな……って言った傍からかけんなよ。」

「いや、まあ、天邪鬼なんでつい……」


 スマホ片手に言った俺の自嘲気味な言葉に対して、有栖と一輝が三者三様の反応を示し、


「ぷはっ――違いない!」

「……ちっ、死に急ぐなよ」


 自分で言っておいてなんだが、散々な言われようだな……泣くぞ?


「……よいか、少年――いや、織史透真。あの子をよろしく頼んだぞ」

「おい有栖! 一般人相手に何言ってんだ!」

「え、っと、いや……そもそも何を――」

「頼んだぞ」


 俺の顔を見上げ、目を逸らさずに一方的に告げてくる有栖に、


「まあ、乗りかかった船だしな……。それにせっかく朝香さんと友だちになれたんだ。頼まれるまでもない」

「昨日のあのやり取りでもう友達面できるお主だからこそ、全幅の信頼を持って頼めるものよの」

「そんな信頼いらないんだけど!? ってかなんで知ってんだよ!?」

「そうじゃ、疑問を抱き、考えよ。何もかも足らないものだらけのお主に、それでもできることが何かを常に模索せい。その時は刻一刻と迫っておるのじゃからな」

「なんか急に耳の痛い話始まったんだけど……」


「――とりあえず!」


 手を叩き、一輝が無理やり話を切る。

 

「こんな道のど真ん中に長居して話すようなもんじゃねえ。織史! 今聞いたことは全部有栖の戯言だ。真に受けんな。んでもって有栖! あとでシメる」

「……ここはダーリンの凶悪な目つきに免じてお開きとしようかの」


 有栖はかっこよくコートの裾を翻し――そこねて転びそうになったところを、一輝に支えられて引きずられながらその場を去っていったのだった。


「なんて勝手な奴らなんだ……。俺、トラウマ植え付けられて、挙げ句に鼻血出してしんどい思いしただけじゃん」

 

 変人との邂逅に腹を立て、独り愚痴を漏らす。

 しかし、それと同時に『視せられた』もののなかには見覚えのあるものがいくつもあった。

 あの不思議体験が、一輝の言うように戯言で済まされるのだろうか――。

 

「そういえば、朝香さん――っ!」


 本来の目的を思い出し、急いで有栖の言っていたアパートへと向かうのだった。

 

 ***


「――無理、無茶、無謀もいいところだ、有栖」


 地図にはない地下施設。

 いくつものセキュリティを通過して、見張りをしていた同僚に通行証を見せ、さらに奥へと進む。

 

「ダーリン、このままではあの『未来ビジョン』は変わらぬ。予定の日時も、指定のポイントすらあぶり出せずに、後手に回らざるをえない無能な妾たちの代わりに、あの少年を転換点として利用する他あるまい」

「そうは言ってもアイツは一般人だ。いいか? 関わるのはもちろん巻き込むなんてご法度もいいところなんだよ。上にバレたらクビじゃすまねぇ」

「はて、一般人は『ソウルイーター』を前にして、無事今日を迎えられることができたかの?」

「その、なんだ……ソウルイーター? ――の嬢ちゃんだって無用な殺しで騒ぎを起こしたくはないだろうよ。織史透真が標的になる可能性は限りなく低かった」

「じゃがこうして妾たちはあの少年の素性を調べ、尾行しておった。今更であろう?」

「お前はどうやら尾行って言葉の意味を知らんらしいな……」


 じつに恥ずかしいコードネームを付けられたものだと、ターゲットに同情しながらも理詰めで有栖の問いかけに応答する。


「なら賭けをしよう」


 反論を聞いてなお、ニヤリと口角を上げてそう呟いた有栖に一輝は嫌な予感を募らせた。


「お前……何をした?」

「妾はあやつにソウルイーターの住処を教えた」

「いつ!?」

「ダーリンが駆けつけるまえ――おっと、二度同じ攻めは通じぬ」


 有栖は一輝の鉄拳制裁を避けて、余裕の笑みを浮かべる。


「――さて、あれから三時間。『ソウルイーター』が死体を残すような詰めの甘いヤツでないなら、明日にでも少年の妹さんが捜索願を出すじゃろうよ」


 有栖は終始笑いながら、そんなことにはならないと確信しているかのように冗談めかしく言ってのける。


「冗談じゃねぇ――っ!」


 一輝は彼女ほど楽観も達観もするつもりなど毛頭なかった。

 来た道を全速力で引き返す。

 訓練校時代からのずば抜けた俊足をこれでもかと発揮して、一人の若者に降りかかる害意をさらいに向かう。

 

「――賭けは成立じゃな」


 有栖はそのまま奥へと進む。

 歩調に淀みはなく、迷いなく、ただ信じて、期待して。


「妾はあの子をなんとしても――」


 死を運命づけられた少女に幸あれと――願わずにはいられなかった。






 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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