第6話

             六

 本堂の中は少しひんやりしている。鍵は掛かっていなかった。このオープンな感じが、お寺って所か。お、大内住職が前で何か話しているぞ。若いお坊さんたちが並んで正座している。法話かな。ま、俺も隅の方に座って、ありがたいお話を聞いてみるか。ここは、ちゃんと端座しないと駄目だよな。ふむふむ、なになに。

「――ということじゃから、皆さんも御仏の御言葉を信じ、修行と自身の研鑽に務めるように」

 ん、なんだ。大事な所は、もう終わっちゃったのか。どういうことだからなのか、そこが聞きたかったんだが……。ああ、よかった。まだ、お話は続くんだ。

「ええ、ところで。皆さんもご存知のとおり、先ほど、隣家でボヤ騒ぎがありました。私は事務室で執務中でありましたが、事態を知るや否や、真っ先に駆けつけましたぞ。日々の訓練どおり、スムーズに消火器を手に取り、縁の下に準備していた下駄を履いて、すぐに駆け付けることができました。幸いにして鎮火した後でしたが、皆さんの中の誰一人として、あの場に出てきた者はおりませんな。消火器を探したり、履物を探したりしておられた。ここは山の中の寺ではないのですぞ。周囲には人家やビルが建ち並んでおる。我々は仏の道に生きる者です。周りの人たちの不幸や危険は、なるべく取り除いてあげるべく、行動せねばなりません。せめて、敷地の周囲のお宅に何かあった時には、いち早く駆けつけるようでなければ。そのために、毎朝訓練しているのですよ。これも修行の一つです。今日のあの場に駆けつけられなかった皆さんは、己の未熟を恥じ、一向専修、雑念を払って周囲で起きた禍事に冷静に対処できるよう、精進しなさい。今後は私よりも早く現場に赴くことができるように。よろしいですね」

 若いお坊さんたちは、声を揃えて返事をした。

 大内住職さん、疑ってすみませんでした。はあぁ、俺はなんて曲がった奴なんだ。まだまだ、薄っぺらいなあ……。

 俺は少し肩を落として、こっそりと本堂を後にした。

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