第3話
三
眩いフラッシュが真っ黒に焼け焦げた倉庫を射す。濃紺の作業着を着た鑑識課の警官が、燃焼痕にカメラのレンズを向けていた。彼が撮影を終えると、背広姿の中年男がその鑑識官を横に退かし、倉庫の中を覗き込んだ。中に頭を入れて内側から隅々を見回す。頭を出したそのチョビ髭の中年男は、白いズボンを泡だらけにして濡らしたまま立っている陽子さんに尋ねた。
「中に入っていたのは、プラスチック製の容器だけなのですね」
陽子さんは静かに答える。
「はい。他には何も……」
男は厳しい視線を陽子さんに向けたまま言った。
「発火するようなものを仕舞った覚えはないですか」
「いいえ。そんな物は。ここに入れていたのは、使用前の容器だけですから」
「そうですか。妙ですねえ……」
男は顎を触りながら、倉庫の中の熔けたプラスチック容器の塊を眺めて、眉をひそめていた。陽子さんが不安そうな顔をしている。俺は、そのチョビ髭の男に言ってやった。
「あのな、陽子さんは人一倍に几帳面で、そういった事にも殊更に気を使う人だ。失火のはずがないだろうが!」
チョビ髭の男は俺を強くにらみ付けた。陽子さんが俺に言う。
「桃太郎さん、私が話すから。あなたは美歩を迎えに行ってちょうだい。もうすぐ帰って来るでしょ」
ちょび髭の男が透かさず言いやがった。
「娘さんですか。お幾つです?」
「七つになります」
「そうですか。やんちゃな盛りですなあ。お宅では、ライターなんかの管理は、ちゃんとされてますかな」
俺はカチンときた。このチョビ髭男は美歩ちゃんを疑っていやがる。とんでもない奴だ。
「やい、美歩ちゃんは、ものすごく行儀がいい子だぞ。それに頭もいいんだ。火遊びなんて馬鹿なことをするか!」
「桃太郎さん! ――すみません。少し興奮しているみたいで……」
「いや、構いませんよ。こういう状況ですからな。もし、これが放火なら大事件だ。現住建造物放火未遂ですからな。凶悪犯です。プロである我々も、いつもよりも緊張していますよ」
チョビ髭の男は鋭い視線を陽子さんに向けたまま、わざとらしく髭を傾けてみせた。三つ揃えのスーツに派手なネクタイをしやがって、気に食わねえ野郎だ。
すると、その男の後ろで屈んでいた鑑識官の若い男が口を挿んだ。
「警部、これを見てください。鍵が壊されています」
チョビ髭の男は振り返ると、腰を落として倉庫の扉の前に顔を近づけた。そのままの姿勢で彼は言う。
「奥さん。この倉庫には、普段、鍵をされていましたかな」
「はい。だから変だと思って、通報したんです。風で開いたり、近所の野良猫が空けたりして、中の物が汚れるといけませんから、いつも鍵は掛けています。他人様の口の中に入る物を入れる器ですので、管理は厳重にしています」
チョビ髭の男は真っ直ぐに立ち上がると、陽子さんの方に向きなおして片笑んだ。
「いやあ、これは放火ですな。間違いない。しかも、犯人は大人です。工具か何かを使って、力ずくで開けている。いずれ鑑識が詳しい結果を出すでしょうが、使用された道具は、おそらく、バールかペンチ、あるいはドライバーでしょう」
ほらな、言ったとおりだろうが。失火じゃないって言っただろう。親と探偵の言うことには耳を傾けろって、昔から言うじゃないか。それにな、鍵を壊して扉を無理矢理に開けるとしたら、バールかペンチかドライバーのどれかに決まっているだろう。もっともらしい顔して分かりきったことを言いやがって。
俺がにらみ付けていると、そのチョビ髭の男は名刺を差し出しながら言った。
「改めまして。県警本部捜査一課の
陽子さんは名刺を両手で受け取りながら、困惑した顔をしている。当たり前だ。鑑識さんの現場検証も済んでないのに、どうやって目星を立てたと言うんだ。
賀垂警部は横の小道の方にスタスタと歩いていった。彼は部下たちに指示を出す。
「おい、近隣住民の中から体格のいい、機械工関連の仕事をしている男をピックアップしろ。その中で、過去に放火でパクられた
俺は溜め息を吐いて、肩を落とした。このチョビ髭じゃあ、駄目だ。犯人を見つけられるはずがない。
俺は顔を上げ、前を向いた。やはり、ここは俺の出番だ。探偵として、俺が犯人を見つけ出すしかない。陽子さんも不安そうな顔をしている。事態を知ったら、美歩ちゃんだって恐がるだろう。早く犯人が捕まらないと、二人とも安心して眠れないはずだ。うーん、だんだん腹が立ってきた。体中の毛穴に力が入ってきたぜ。ウチに火を点けやがった卑劣な野郎は、どこのどいつだ。とっ捕まえて、警察に突き出してやる。
こうして、俺の捜査は始まった。
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