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「ん?」
「先輩は猫っすよ。こう自由でマイペースで周りを気にしない」
「それって褒めてんの?」
「事実を言ってます」
「まぁいいけど」
「ほら! そういうとこ」
別に気にしない。そう言うように先輩はまた一つ缶を空けた。そして煙草を一本取り出した。
「いい?」
「別にいいっすよ」
携帯灰皿を出し煙草に火をつけ、煙を吐き出す。それは居酒屋でも何度も見た姿だったが、何度見てもカッコ良かった。
「じゃあそう言うあんたは……犬」
「犬? どこがっすか?」
「学校でアタシ見かけたら毎回声かけて来て」
「それは後輩として当然の事ですよ」
「放課後待ち伏せして」
「いや、あれは待ち伏せって言うか……そうっすけど、先輩が部活来ないから……」
「アタシの真似もよくしてたっけ」
「そりゃあ先輩に憧れて入ったんっすから同じギターやりますよ。それにやっぱ俺もカッコよく見られたいんで参考には……」
「しょっちゅう後ろついて来てたし」
どんどん追いつめられていくような感覚だ。それにどれも否定できない。確かに俺は少しでも先輩に近づこうと、一緒に居ようとしてたから。
だって俺はずっと……。
「なんか、弟分の忠犬って感じ」
そう言うと煙草の火を消し、俺の呑みかけのビールを手に取って残りを飲み干してしまった。
「今日泊まるけどいい?」
すると突然、先輩はそんな事を口にした。
「泊まるってうちにっすか?」
「それ以外なら許可いらないでしょ」
「そうっすけど。――まぁいいっすよ」
俺は自動的に自分は今日、床で寝るのかなんて考えていた。
「じゃあフロ貸して。あと、服も」
「え? 服? まぁ、はい」
言われるがまま服を貸すと先輩は風呂へと向かった。さっそく猫だと思いながら簡単に片付けをし俺は自分の枕代わりになるクッションを用意。
それが終わると新しいお酒を開けてベッドに座り、スマホのアルバムを開いた。高校時代のほとんどが先輩と撮った写真。というより先輩を撮った写真だ(顔の向きはほとんどこっちを向いてないが別に盗撮ではない。撮るって言っても向いてくれないだけだ)。制服姿のがほとんどだが中には私服姿のもある。それにしてもどの先輩もほとんど同じ表情をしてる。何かを考えているのか、何も考えてないのか分からない無表情(素敵な事に変わりないが)。先輩はあまり表情が変わらなかったな。そんな想い出も蘇ってきた。
やっぱり写真というのは不思議なものでさっきまで記憶に掠りもしなった事がその写真を見るだけで一気に引き出してくれる。俺でさえどこに仕舞ったか分からなかったのにいとも簡単に思い出を取り出してくれるのだから。
どんどんスライドしては懐古の笑みを浮かべる俺だったが、ある一枚の写真で手が止まった。それは初めて先輩と会って話をした時に撮った写真。汗だくでギターを提げた先輩が水を飲もうとしている瞬間(一応横目でこっちを見ている)。何気ない写真だけど、俺にとっては舞台上の憧れの先輩と初めて言葉を交わし撮らせてもらった言わば出会いの一枚だ。
「いつの写真?」
その声に顔を上げると、先輩が髪を拭きながらスマホの写真を見下ろしていた。
「初めて会った時に撮らせて貰ったやつです」
先輩は返事を聞きながらテーブルにあったお酒を開け大きく一口飲むと、テーブルに戻し右隣に座った。
「へー。よく覚えてんね」
「忘れないっすよ。舞台上にいた先輩がすぐ目の前にいたんすから。相変わらずかっこよくて、ちょっと雑だけど優しくて……」
俺は自分でも分かる程に目を輝かせていた。煌々とする双眸で見ていたのは、あの日の――あの日々の先輩。
「あんたってヘタレだよね」
すると煌めかしい過去を見ていた俺へ先輩は斬り捨てるような事を言い放った。
「なんすか! 急に?」
「高校の時、あんなについて来てたのに一回も告らなかったじゃん」
俺は思っても見ない言葉に驚きを隠せなかった。一瞬、唖然としてしまったがすぐにそんな自分を追いやり体勢を立て直す。
「いやいや。もうなんすか? 確かに先輩の事はかっこいいと思ってましたけど、そう言う意味じゃ……」
「ふーん。別にそれでもいいけど」
言い訳すればするほど、さっきの言葉はより奥へと突き刺さっていくのを感じた。
でもひとつだけある。これ以上奥へ動かさずに言える言葉が。
「だって先輩。どうせ、そんなの興味ないとか言って断るじゃないですか」
「まぁ、そうかも」
「確かに俺は先輩の事が好きでした。でもどうせ言っても無理だってこどぐらい一緒に居れば分かります。先輩を見てれば分かります。だから気持ちを抑えて少しでも一緒にいようとしたんですよ。少しでも多く一緒に居て、少しでも多く話をしようって。それが出来ればいいやって……」
言葉にしていくうちに段々とあの頃の気持ちが鮮明に呼び起こされていった。無理だと分かってる分の苦しさがこの瞬間の感情のように。でも同時にその苦しさの中には、そんな先輩を言い訳に何も言わない自分に対しての怒りのような失望感のようなものも混じっている事を今の俺はちゃんと知ってる。
だけどそれから目を背けるように俺は先輩へその気持ちをぶつけ、気が付いたら押し倒していた。
「なのに……。なのにそんな事言うなんてあんまりっすよ」
それは一体どっちに対しての感情だったんだろう。事実交じりの事を突き付けた先輩の言葉に対してか、それとも目を逸らした自分に対してか。
俺の双眸は視界がぼやけるぐらいには涙ぐんでいた。
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