第9話
九
水溜りを朝陽が照らす。手倉整形外科病院の駐車場に、黒い高級車が止まった。中から妙蓮寺大助が降りてくる。彼はスマートフォンを耳に当てて話していた。
「とにかく、そういう訳だから、暫らく観光旅行にでも行きなさい。君も疲れただろう。リフレッシュも必要だ。ああ、お金の事は心配しなくていいから。切符の手配は、僕の方で済ませてあるんだ。こちらの仕事が終わったら、追いかけるよ。それじゃあ……」
スマートフォンをポケットに仕舞った妙蓮寺は、悠然として病棟へと歩いて行った。
二階の詰め所には、白衣姿の看護師たちが立ち並んでいた。妙蓮寺大助が白衣に袖を通しながら入ってくる。看護師たちは一斉に頭を下げた。白衣の釦を留めながら、妙蓮寺大助は言う。
「おはよう。みんな、揃ってる?」
年配の婦長が不機嫌そうに答えた。
「おはようございます、手倉先生。貝原さんがお休みです。有給休暇だそうで」
「あ、そう。それなら、仕方ないね。後は、いつもの診療だけだね。じゃあ、いつもどおりに……」
そこへ、若い事務員の女が駆け込んできた。
「手倉先生、手倉先生」
妙蓮寺大助は振り返る。
「ん、なんだい?」
「大先生と奥様がお呼びです。すぐに副院長室に戻るようにと」
「院長と智子が? なんだろう……」
妙蓮寺大助は怪訝な顔をして、詰め所から出ていった。
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