第8話

                  八


 妙蓮寺は口述を続けている。


「――以上のとおりであり、貝原泉氏に不貞行為の疑いは無きものと推測される。改行。上記の通りご報告いたします。後は、日付と、君の名前と、押印だ」


 膝の上に載せたメモ帳に文面を書き終えた雀藤友紀は、疲れたように息を吐いた。


「はあ……すごい文章ですね。これなら、堂本さんも納得してくれると思います」


「依頼人が結果を念頭に置いている場合に、それとは違う結果を、怒らせないようにして知らせる。これも、探偵に求められる技量の一つだからね。経験の賜物だよ」


 少し考えていた雀藤は、意を決したように妙蓮寺に言った。


「あの……、いろいろとお世話になっておいて、こんな事を言うのもなんですが、よかったら、さっき先生が言っていた、紹介してくれる仕事先を……」


「ああ。分かった。当たってみるよ」


「よろしく、お願いします」


 雀藤は深々と御辞儀する。妙蓮寺は笑顔で頷いた。


「うん。ああ、そうだ。君、このボールペン、たくさん残ってるんでしょ。もう使わないなら、残りは全部、僕が買い取ってあげようか。元の値段で」


「本当ですか。いいんですか」


「うん。これも縁だからね。今度、事務所に遊びに行くよ。そんなにすぐは閉めないだろ?」


「はい。今月一杯は、借りておきます。荷物も持っていく所は無いですし」


「それより、仕事が先だな。僕も急いで取りかかる。ああ、住む所は、僕が探してあげるから。今の事務所、自宅と一緒になっているんだろ」


「はい。助かります」


「じゃあ、お疲れ」


 妙蓮寺はシートベルトを掛ける。雀藤はポシェットの中を漁りながら言った。


「あの、そのボールペン、インクが減っていますよね。こっちに新しいのがあるんです。それと交換しましょうか。あ、あった。こちらを……」


「いや、いいよ。せっかくだから、これを記念に使わせてもらう。大事にさせてもらうよ」


 雀藤は渡しかけたビニール袋入りの新品ボールペンをポシェットに戻すと、悲しげな笑みを浮かべて浅く会釈した。ドアを開け、車から降りる。外は小雨が降り始めていた。雀藤は車内に向かってもう一度だけ、今度は深く頭を下げた。


「本当に、いろいろと、ありがとうございました。また、相談に乗って下さい」


「うん。じゃあ、また。僕も大仕事があって暫らく忙しいけど、それが済んだら、なるべく早く連絡するよ」


「はい。お待ちしています。では、失礼します」


 小雨の中、雀藤友紀はポシェット揺らしながら、住宅街の奥へと走っていく。妙蓮寺大助は、そのミニスカートの若い女を微笑んで見送ると、ゆっくりと車を前に走らせた。



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