第7話
七
車の中は静かだった。二人の探偵は暗く沈んだ表情をしている。妙蓮寺大助は、同情を含んだ眼差しを雀藤に向けた。彼は静かに言う。
「どうするの、明日までに出せるのかい。調査報告書」
「ど、どうしましょう……」
雀藤は唇を震わせている。妙蓮寺は下を向いた。
「はあ……。やっぱり君、探偵には向いてないな。今回の件で最後にして、別の仕事に鞍替えした方がいい。その覚悟があるのなら、ここは、ダブル・クロスで何とかなるかもね」
「ダブル・クロス?」
「ポーカーとか、勝負事でよく使う言葉さ。相手に負けると約束しておいて、それを破って勝負に勝つ事。まあ、騙すとか裏切るっていうような意味だけど、ああ、ゴルフでも使うなあ。思った方向とは真逆の方にボールが飛んだ時とかに。ともかく、ここは兜を脱ぐふりをして、身の安全を優先するべきなんじゃないかな。上手く報告書をまとめて、明日、それを堂本さんに提出したら、報酬は結構ですって言うんだよ。そしたら、丸く収まるかもね。あとは、転職してしまえば、連中も諦めるさ」
「でも、それじゃあ、お金が……」
「お金と命、どちらが大事なんだい」
妙蓮寺の厳しく、答えが知れた質問に、雀藤は口を閉ざした。妙蓮寺は口調を和らげる。
「報告書の文面は、僕が教えてあげるから。こんな事だろうと思って、さっき管理人さんと話した時に、そっちの案件の話を詳しく聞いてみたんだ。あの管理人さんも、貝原泉の部屋に男が出入りしているのを見た事は無いそうだ。ほら、これがその証言調書」
妙蓮寺は背広の内ポケットから、折り畳まれた紙を取り出して雀藤に渡した。
「これを、貝原泉は浮気していないという内容の報告書に添付して渡せば、堂本さんも安心するんじゃないかな」
妙蓮寺が指差したその書面には、手書きでこう書いてあった。
――私は、一三〇二号室の貝原泉さん宅に見知らぬ男が出入りしているのは、見た事がありません。管理人、藤田明――
妙蓮寺大助は言う。
「じゃあ、いいかい。こう書くんだ。調査報告書。今般のご依頼案件である貝原泉氏の素行及び異性関係の調査につき、ご報告申し上げます。貝原泉氏は……」
雀藤友紀は、鼻をすすりながら涙目でメモをとった。素早く、細かく動くボールペンの上で、雀のマスコットがカタカタと揺れていた。
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