社会人と花火 第二話
ある日の金曜の夜、スタジオに行くとフロントで花木さんが待っていた。
今日は練習はやめてライブを見に行こうと彼は言った。
まぁ、そう言うならと俺は渋々ではあるが、花木さんの提案を受け入れ、二人で外に出た。
ライブハウスまでの途中、コンビニで缶ビールを買って飲みながら繁華街を歩く。
「花木さん、今日はなんのライブ見に行くんですか?」
俺は缶ビールをグビグビ飲みながら彼に問いかける。
「カバチタレって言うバンドだよ。若いけど、すごくいいんだ」
そう言うと、花木さんはニンマリと笑った。その目が細くなり、まるで孫を愛でる爺さんの様な優しい顔になる。
「なんでそんな無名バンド知ってるんですか?」
「僕はバンド馬鹿だからね」
そう言うと花木さんはふふんと笑った。
雑居ビルの5階にあるそのライブハウスは地元では有名な箱で、若手の登竜門的な存在である。
俺も昔数度出たことがあるが、結果は散々であった。目と耳が肥えた客に俺たちの音は受けなかったのである。
エレベーターを降りると、狭い通路で金髪に黒いTシャツを着た若者がタバコを吸いながら、片手にはビールの入ったプラスチックコップを持っている。
その奥には受付があって、緑色の髪をした髭面のにいちゃんがチケットを売っていた。
まさに、これぞライブハウスに来た!と実感する光景である。
俺たちは入場料千五百円、ドリンク代五百円、合計二千円を払うと、分厚い防音扉を開き、ライブハウスへと足を踏み入れた。
薄暗い空間の中、ステージだけが煌々と光っている。入ると同時に爆音が身体を襲う。客は結構入っていた。ざっと見て三十人くらいだろうか、一部の客はステージの柵に詰めかけて暴れたり、叫んだりしている。
我々はフロアの奥の方に陣取り、壁に背をつけて若者のライブに聞き入った。
今ライブをしているのは恐らく大学生くらいだろう年頃の青年達である。
電子音と激しい重いサウンドをバックにボーカルががなり上げる。
全体的にいいが、勢い任せな感じがする。
一言で言えば若い演奏だ。
「ドリンク持ってきましょうか?」
花木さんの耳元まで口を近づけて声をかけるが、花木さんは片手を上げて『俺はいい』とジェスチャーした。
俺は一人、フロアの角にあるバーカウンターに行き、ビールを注文した。
ビールを飲みながらステージを見つめる。
驚くほどに冷め切った自分がいた。
あーあー、またミスしてる。そんなに客を煽っても逆に引くっての。
彼らの必死さや、情熱が今の俺にはウザったる過ぎる。マジになっちゃってどうするの?バンドで飯食う気か?そんなこと不可能だぞ、夢ばっかり見てんじゃねえよ。
無性にイライラしてきたので、一気にビールを飲み干した。
そのバンドが終わるたタイミングで花木さんの元に帰る。
「どうだった?」
花木さんがそう言う。
「微妙ですね、なんか、若いだけって感じ」
花木さんはふふふと笑うと、そうかそうかと頷いた。
「確かに今のバンドは勢いはあったけど、粗かったね。次がカバチタレだから、楽しみにしててよ」
そう言うと、ふふふと笑いながらまた花木さんは正面を見据えた。
なんだって言うんだよ。
俺は感情が逆立っていくのを感じた。
ステージには冴えない四人組が現れた。四人とも着の身着のままのラフな格好だった。ボーカルに至っては灰色のスウェットの上下を着ている。なんだこいつら、パジャマじゃねえか。
四人は簡単な音合わせをする。
これもさして上手さや光るセンスは感じない凡庸な演奏だ。
正直、拍子抜けもいいところである。花木さんは一体俺に何を見せようと言うのだろうか。
音合わせが終わり、四人は舞台袖にはけて行く。
「これのどこがいいんですか?」
俺はたまらなくなって隣の花木さんに聴くが、花木さんは答えず、ただ黙っていた。
会場が真っ暗闇になる。
ライブが始まるのだ。
暗闇を割く、おどろおどろしいギターリフがスピーカーから流れてくる。
レッドツェッペリンのイミグラントソングだ。SE(登場曲)としてイヤでもテンションが上がる名曲である。
すると、パッとステージに灯りがともり、先程の四人が舞台に上がってくる。
しかし、四人の目は程と全く違う。
先程までのんべんだらりとした腐れ大学生風の目をしていたのに、ライブとなると目は吊り上がり、鋭く光るその眼光は獲物を狩るハンターの様である。
四人はダラリと身体を気だるそうに揺らしながら、それぞれの楽器を担ぎ、準備をする。
「俺たちがカバチタレだ!!!馬鹿タレども!!!」
ボーカルが叫ぶと同時に演奏が始まった。
それは演奏と言っていいのか分からなかった。
ギターは顔を歪めて涙を目にためて、口から唾を吐き出してギターを弾き倒し、ドラムは手榴弾が連続で何百個も爆発した様な地獄の様なドラミングを見せ、ベースは地獄の底で鬼が叩く太鼓よりも怨念が詰まった低音のベースを鳴り散らかす。そして、ボーカルはピョンピョン飛び跳ねながら熱光線の様な殺人的声量で歌い上げていた。
パンク?ハードコア?どれも少し違う。これはカバチタレの絶対的なオリジナリティの本確立している音楽だ。
演奏は正直言ってそこまで上手くない。しかし、勢いとか、若さでは片付けられない凄みで見る人の心の奥まで押し通ろうと言う確固たる決意が感じられた。
もはや、観客は騒ぐ余裕も喚く余裕もなく、誰もが棒立ちでその音を全身に受けていた。
「どうもありがとう」
ボーカルのその一言で演奏は終わった。
と同時に、正気に戻った観客がわーきゃー騒ぎだす。
「どうだった?」
花木さんの一言に我に帰る。俺は殆ど失神していたのであった。
「よかったです」
「彼らは正直だからね、正直に自分の心を聞く人にぶつける」
圧倒された。と同時にふつふつと湧き上がってくる感情があった。それは腹の奥でぐるぐると周り、喉元で引っかかって、また奥に引っ込んでいく。身体がモゾモゾして、とにかく早くこの場を去りたい。
「先生」
若い水々しい声が響く。声の方を見ると、先程までステージで歌っていたカバチタレのボーカルがこちらに手を振り歩いてくるではないか。上半身は裸で首からタオルを下げている。顔を見ればまだ幼さが残っている。10代後半と言うところだろうか、花木さんは手をあげてボーカルに応える。
「良いライブだったね」
花木さんがそう言うと、少年は照れてにへへと笑った。
「来るなら来るって言ってよ。」
「驚かせたくてね」
花木さんはそう言うと微笑んだ。
「こちら、加藤くん。今彼と一緒にバンドしてるんだ」
少年は俺を覗き込み、ペコリと頭を下げる。俺も釣られて頭を下げた。
「へー、先生のバンドっすか、ライブするんですか?」
「僕らも花火大会のライブ出るんだ」
僕らも?
「あ、そうなんですか、いやー、楽しみだなあ」
「そうだ、せっかくだし、ちょっとした遊びをしようよ」
「なんですか?」
「カバチタレと僕らのバンドのどっちがよかったか、観客投票してもらうってのはどうかな?」
「えー、なんですか、それ!?てか、そんなこと出来ます?」
なんだ、それ、全然聞いてないぞ。
「できるできる。主催者と僕は友達だしね。それで僕らが負けたら二度とライブしない」
その一言に俺と少年は絶句した。なんだその条件は。
「それ、重すぎませんか。で、僕らが負けたらどうしたらいいですか?」
「そうだな、楽器全部ちょうだいよ」
「うへー!!!ヤバいっすね、それ、でも面白そう。お互いガチっすね。いいですよ。負けませんから」
「いいよ。俺たちも負けないから」
かくして、我々はカバチタレと対決することになったのであった。
「勝手にあんなこと決めちゃって、なんなんですか!?というか、先生ってなんです?」
翌月曜日に俺は仕事の昼休憩に花木さんを連れ出して近くの蕎麦屋で二人そばを啜った。
「僕、昔、近所の子供らに楽器を教えてたことあってね、カバチタレはみんな僕の元教え子なのさ」
花木さんは自慢気にそう言ってそばをズルズルと啜り上げる。
「勝手すぎます。二度とライブ出来ないなんて」
「別にいいじゃないか。ずっとライブどころかギターにも触っていなかったんでしよ?」
その一言に何も言えなくなる。
「一度捨てたモノがそう簡単に手に入ると思っていたかい。いいかい、取り戻すためには血と肉を削って戦わなきゃならないんだよ」
「そんなの非効率的だ。俺は、もっとゆるく楽しみたい」
「そんな決意じゃ、僕らが失ったモノは戻って気やしないよ」
「花木さんは何を失ったんですか?」
「人生だよ」
そう言って、花木さんは窓の外を見つめた。
窓の外では雨が降りしきり、アスファルトを濡らしていた。
「これからは月、水曜も練習しよう。仕事は僕も手伝うよ。と言うか、僕にもパソコンの使い方を教えて欲しい」
俺はそれに応えることなく、そばを啜り上げて、汁も一息に飲み干した。
それから、花木さんと俺の特訓の日々が始まった。
職場で皆が帰った後に、花木さんにPCを教えながら仕事を割り振る。花木さんのPC音痴は目を瞑りたくなる程のものだったが、なんとか食らいついて覚えていってくれた。
そのおかげで作業効率は上がり、なんとか夜にはスタジオに入れた。
スタジオに入ると我々は曲作りに没頭した。
花火大会での持ち時間は15分と短い。楽器の準備も考えると出来る曲は一曲くらいだろう。
一曲はオリジナルでやり通す。でないと、カバチタレの力量には勝てないだろう。
俺が曲の叩き台を持っていく、しばらく演奏する。しかし、どんな曲もしっくり来ない。
自分でもいい曲だと思う。構成もしっかりしているし、テクニカルだが、決して独りよがりにもなっていないし、それでいて歌詞も万人受けするいい歌詞だと思う。
でも、違うのだ。どんな曲を作ってもあの日見たカバチタレのライブに勝てるとは到底思えない。イライラが募る。どうして?俺よりもずっと年下で下手くそな奴らに、俺はどうして勝てない。
演奏中に花木さんが曲を止める。これじゃダメだ、やり直そう。
そんなやり取りがずっと続いた。
「加藤くんは嘘ばかりだ」
大会の二週間前、花木さんは練習中にそう呟いた。
煮詰まっていた矢先、俺はその一言にムカっ腹が立ち、我慢できず、ぶちりと堪忍袋の尾が切れた。
「なにが嘘つきだよ。あんたに俺の何がわかるって言うんだよ。あんたなんてドラム取ったらただの冴えないおっさんだろ。偉そうにすんなよ」
一息にそう叫んだ後、すぐに後悔の念が胸を突いた。二人とも汗だくのまま見つめ合う。
花木さんはふっと息を吐いた。
「分かるよ。なぜならば、僕も嘘つきだからね」
休憩しよう、花木さんはそう言うと立ち上がり、外に出ようと言った。
スタジオのフロントにある机を俺たち二人は囲んだ。
「昔ね、あるバンドがいた。そのバンドはアマチュアにしては大人気でね。最高だった。完璧と言っていい。ある日、そのバンドの元に音楽プロデューサーが声をかけてきた。『プロにならないか?』ってね、どうなったと思う」
「どうなったんですか?」
「ドラムが抜けた。彼は怖気付いたんだよ。音楽に人生を賭けることに。それから彼はね、普通に就職して普通に働き出した。彼は自分に言い聞かせたよ、『これが正しかったんだ。これが普通の人の人生なんだ』ってね。それで、毎日電車に揺られて会社に行き、嫌なヤツに頭を下げて、嫌々仕事をしたよ。でも、仕事も嫌々で続けられるほど甘くはない。すぐにやる気のある後輩達に追い抜かれていった。その男は五十になった今も朝起きる度に後悔している。あの日、自分の大好きに正直でいられたならばとね。それが私だ」
俺は何も言えなかった。花木さんの内にそんな葛藤があるなんて知る由もなかったからだ。
「でも、この話には続きがある。彼は職場で見つけたんだ。自分と似た男をね。その男は本当はバンドが大好きで、ギターが大好きで、燃えたぎる思いを爆発させたいのに、情熱を心の奥にしまいこんで燻らせている。彼はその男に自分のようになって欲しくないと思ったんだ。誰かの為じゃなくて、自分の為に曲を作れ、爆発させろ。それで取り戻すんだ」
そう言うと花木さんは俺の胸をドンと拳で軽く突いた。
「自分の真っ正直な気持ちを曲にぶつけろ。それが出来るまで練習はなしだ。出来なければライブにも出ない。出し切れ。全てを」
そう言うと花木さんは席を立ち、スタジオの外に消えていった。
その日から花木さんと話すことはなかった。職場では花木さんのPCスキルが異様に上がったことが話題になり、彼もまた人並みに仕事を任され、職場での信頼を再度勝ち取ったのであった。
俺は仕事を終えて部屋に帰るとすぐさまノートの前に座る。
いい曲を作る。自分の思いをぶつける。
俺は大人である。そんな風に感情を爆発させるなんて恥ずかしくて出来ないぞ・・・そんな思いが頭を駆け巡り、ノートはいつまで経っても白紙のままだった。
しばらくすると諦めてベッドに飛び込む。
曲をそれでも捻り出そうとすると浮かんでくるのはいつもある事だった。
遂に、ライブ前日を迎えてしまった。
あの日から一切練習はしていない。ほとんど絶望的だ。
俺は一人、部屋でビールを飲みながらテレビを見ていた。
このままではライブに出ても恥をかくだけだ。すっぽかしちまおう。花木さんとの関係もこれで切れてしまうだろうが、何、少し前に戻るだけだ。
これでよかったのだ。俺は大人なんだから、そもそもバンドをやるなんてガキくさい。
そう胸の中で呟き、ビールを飲み干した。今日はもう一本欲しいな。
立ち上がり、冷蔵庫を探る。
冷蔵庫の中は雑然としている。
香りと一緒に住んでいた頃はもっと綺麗に片付いていたのだが、一人暮らしになってから、冷蔵庫は魔境となり、賞味期限が切れたハムやドロドロになった野菜で溢れかえっている。
俺はその廃棄物をガサガサと掻き回し、ビールを探すがビールはない。
くそ、なんだよ。ついてない。買いに行くか。
俺が舌打ちした時、ヒラヒラと紙が落ちてきた。
冷蔵庫の棚の隙間に挟まっていたのだろう。緑色の小さなポストイットだった。
それを持ち上げて見る。そこには小さな文字で『牛乳、卵、忘れないこと』と書かれていた。
香織の文字だった。
きっと、何年も前に彼女が書いた紙が冷蔵庫の中に入り込んでいたのだろう。
何故だか笑えた。ふふと控えめに一人、部屋の中で笑う。
なんだ、こんなところに、乱雑の極みと化した冷蔵庫の中に香織はずっといたのだ。
はははと声を出して笑う。
続け様にわはははと大声が出る。
あー!!!!と気がついた時には叫びながら泣いていた。
今まで堰き止めていた思いが決壊して、心になだれ込んできた。
駅で待ち合わせた時、俺を見つけて嬉しそうに笑う香織。
料理が上手く作れなくて泣きそうになっていた香織。
二人でつまらない映画を見に行って上映中に寝てしまった香織。
カラオケで踊りながら歌を歌う香織。
この部屋に引っ越してきた時、『狭い部屋だね、もっと二人の給料が上がれば新しいところに引っ越そう』そう言った俺に『私、狭くてもあなたがいてくれれば十分』と言った香織。
そして、高校三年生の頃、俺の部屋にいる香織。
映画館で映画を見た後に、俺の狭い部屋に無理やり連れてきたのだ。
「香織、ブルーハーツ好きなんだろ」
「好きだけど」
香織は少し笑いながら、ベッドに腰掛けてそう言う。
「今から、俺、歌うから、聴いて欲しい」
「ブルーハーツを歌うの?」
「違う、ブルーハーツみたいに、正直に自分の気持ちを歌に乗せて歌う。だから、笑わずに聴いて欲しい」
「いいよ」
そうして、俺はラブソングを歌ったのだ。
彼女の為に作ったラブソングをだ。
笑っちゃう様な曲だったが、彼女は少しも笑わずに聴いてくれた。
「これが俺の気持ちだ」
歌い終わった後、俺は香織にそう言った。
香織は泣いていた。
「え、すまん!そんなに酷かった?」
「違う、凄く嬉しかったの。ホント、嬉しい」
「俺と付き合ってくれんか」
「うん」
彼女がそう言った時、俺はおずおずと彼女を抱きしめたのだった。
彼女は二度と戻ってこないのか。戻ってこないとしても、それで俺は満足なのか?後悔しないのか。
会いたい。嫌がられてもいい。迷惑でもいい。ただ会いたい。会って話がしたい。
もう一度下手くそなラブソングが歌いたい。
俺は携帯を手に取り、彼女にメッセージを打った。
花火大会、当日。
駅には夕方の六時に着いた。まだ日が明るい。駅から人はごった返していた。
人の波をかき分けて俺はライブ会場に急ぐ。
我が町の花火大会は大きな河川上で行われ、堤防には屋台が立ち並び、河川敷にはブルーシートが敷かれ、その上で人々は花火を見上げる。
ライブ会場は河川敷の奥にある。大きなステージがあり、既にそこでは出番の早いバンドが演奏していて、周りには観客が詰め寄り盛り上がっていた。
ステージ横は大きなテントが三つ並んでいて、そこがバンドの控え室になっていた。テントに足を運ぶとテントの中は準備をするバンドマン達でごった返していた。
花木さんはテントの隅で椅子に座り、目を瞑っていた。
「花木さん」
俺が声をかかると、彼はゆっくりと目を開けた。
「もう、来ないのかと思っていたよ」
「曲が出来ました。聴いてください」
そう言って、彼にウォークマンを渡す。中には昨日の夜、家で録音した弾き語りが入っている。再生ボタンを押して、花木さんは無言で聞き入った。
「いい曲だ」
花木さんは全て聴き終わった後にそう言って、ドラムスティックで机を叩き始めた。
「大丈夫ですか?」
「言っただろ?どんな曲でも合わせるよ」
「そう言えば、バンド名まだ考えてなかったですね」
「俺に案がある」
「なんですか?」
「ロックンロールワンスモアだ」
「特別企画、地元で人気の若手バンド『カバチタレ』とおじさんバンド『ロックンロールワンスモア』の全面対決です。これから二つのバンドの演奏が始まります。演奏が終わった時、観客の皆さんにどちらが良かったか聞きますので、良かったと思う方に拍手を送ってください。どうやら、この二バンド、因縁がある様で、果たして対決の行方はどうなるのか!?お楽しみに!!!」
司会者の声がスピーカーから聞こえてくる。
「まったく、勝手言ってますね」
俺がそう言うと、花木さんはふふと笑った。
その時、テント内がざわつき出す。見ると、カーフェイスの高木がテント内を歩いているではないか。
「うわ、すげー、サインもらおうかな」
俺がそうこぼしたら、高木はなんと俺の方に歩いてきた。
嘘だろ、俺の願い通じた?とアワアワしていると高木は俺の目の前で立ち止まった。
「久しぶりだな、花木」
高木は花木さんにそう言う。
花木さんは椅子に座ったまま、不敵に高木を見上げた。
「元気そうだな。高木」
「まだ、バンドやってたんだな」
「お前に見せたくてな。俺の魂もまだ燃えているぞ」
「楽しみにしてるよ」
それだけ言い残し、高木は去っていった。
「もしかして、花木さんのバンドって」
「加藤くんもファンならカーフェイスの元メンバーくらいチェックしないと」
そう言って花木さんは恥ずかしそうに笑った。
俺と花木さんはテントから出て、観客に混ざり、ステージを見つめていた。
カバチタレが出てくる。前と同じような鋭い目つきだ。
演奏が始まる。全てをここに置いていこうとしている彼らの迫力満点のライブが始まる。
観客も大盛り上がりだ。ステージの前では叫んだり、飛んだり、押し合ったりしている。
それを見ても、前の様に心はたじろがない。もう、決意しちゃってたから。
「怖いかい?」
隣の花木さんがそう聞く。
「楽しみです」
「いい」
花木さんが言う、その後、独り言の様に凄くいい、と付け加えた。
周りを見回す、香織は来ていない。返信はなかった。きっと彼女は来ないだろう。それでいい、それでもいい。この世界できっと君は生きているのだろう。その何処かにいる君に向けて、君のいないここから俺は歌うよ。
その時、花火が打ち上がった。
夜空に輝く悲しいくらい美しい花。
爆音の音楽が花火の音を掻き消す。
花火をバックに演奏する彼らは美しかった。
まるで、彼らも花火の一部の様だった。
俺も咲けるだろうか。
ステージに上がる。その時、カバチタレのメンバーとすれ違う。
ボーカルは笑って、『ステージ温めておきました』そう言った。
もはや、彼らにとっても俺にとっても勝負などどうでも良かったのだ。勝っただの負けただの下らない。花木さんが俺にハッパをかける為に作った口実だ。
本当に大事なのは、本当に大事なのは。
ステージのマイクの前に立つ。振り向くと、花木さんは優しく笑っていた。
俺も笑い返す。
正面を向く、観客は先程のカバチタレのライブの余韻をそのままに熱気のこもった瞳で俺たち二人をしっかりと見据えている。
俺もしっかりと観客一人一人を見据える。
でも、彼女はいない。いなくていい。
そう簡単には取り戻せない。でも、俺は君ともう一度花火を見たいのだ。
ドラムスティックを叩き、カウントが四つ入る。
俺は優しくピックでギターの弦を撫でて歌いだした。
『あー、ダメな僕の全ては君のため
あー、ダメな僕の歌を送るよ
みんなに殆どのことで負けちゃうけど
君のこと好きなことじゃ負けなし
君の為ならスーパーマンにだってなるよ
つまり、偉大な恋をした。
好きさBABY
二度とは出来ないはじめての恋をした』
静かに、優しく、でも確実に、歌う。
観客は波を打った様に静まり返っている。
単純なコード進行と、最低限のリフだけで構成された曲だったが、たしかに、届いているそう確信する。
あの日、歌い上げたラブソングそのままの内容だ。でも、二番は違う。
彼女はここにはいない、でも瞼を閉じると、いつでも目の前にいるのだ。もう、その事から逃げない。その時、後ろで花火が炸裂する音が聞こえる。花火すらも曲の一部の様に思える。
花木さんのドラムと花火の音が重なり、一つになる。
『あー、ダメな僕は君の全て失った
あー、ダメな僕の歌を送るよ
カッコ悪いけど、君に聴いて欲しいのだ
君のことじゃ嘘なんてつけないよ
もう一度君に会えるなら
僕の全て捧げるよ
二度とは出来ない恋の続きを見たいだけ』
目を見開く、サビが始まる。そしてこの曲は終わる。
花火が俺の後ろで咲き乱れているのを感じる。俺もその一つなろう。それで今日、聴きにきてくれた人たち、そして、俺の為、彼女の為に咲き誇るのだ。
『ラブソングさBABY
嘘をつくのが大人じゃないさ
君を抱きしめるのがそれだったのさ
ラブソングをBABY
永遠なんてないけれど
愛を抱きしめていたいのBABY』
観客を見回す、すると、後ろの方に香織がいた。
目が合う。
不思議なほど動揺しない。
彼女は俺の方にサムズアップして笑う。
俺も笑う。
あー、曲が終わる。ギターでメロディを奏でる。
ドラムが優しく打ち鳴らされる。
白い線が空に上っていき、そして止まった時、花火は咲き、曲が終わった。
終わると同時に観客の方を見る。
観客は皆沈黙していた。
「ありがとう」
俺がマイクでそう言ったのが合図だった。
人々の歓声が轟音になって俺にぶつかってくる。
後ろを向いて花木さんを見つめる。
花木さんは笑っている。
俺も笑う。
「行ってこい、行って取り戻してこい」
その言葉に俺は静かに頷き、ギターをそのままステージに置いて、観客席に飛び降りた。
わーっと観客が俺に押し寄せる。
良かったよ。感動した。
そんな言葉を投げかけてくれるが、俺には香織しかいないのだ。
観客を押し分けて走る。
香織、香織、香織。声が出ていた。
叫ぶ。走る。
辺りはすっかり暗くなっていて、花火の光と、ステージの光だけが頼りだった。
人混みをすり抜け、走る。
いない。香織はどこだ。
絶対にもう見失いたくない。
走る。走りながら叫ぶ。
香織、香織、香織。
河川敷の人混みの中で俺は叫ぶ。
屋台の光、たこ焼きの甘い香り、浴衣を着た若い女の子、手を引かれて歩く子供。でも香織はいない。
あたりの人は怪訝そうな目で俺を見つめる。
それがどうしたと言うのだ。まったく気にならない。俺はお前に聞こえるまで叫ぶ。
「香織」
「聞こえてるよ」
後ろで声がした。
そこに香織は立っていた。
香織、俺は。
俺は高校三年生ぶりに彼女に想いを伝えた。
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