第134話 セシルへの手紙

 翌日、家族団らんの朝食後のお茶の席で私は父に昨夜セシル宛に書いた手紙を差し出した。


「お父様、この手紙をお願い出来ますか?」


「手紙?」


新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた父が顔を上げて私を見た。


「エルザ、誰に手紙を書いたの?」


「ええ。セシル宛に」


母の問いかけに頷くと、父の眉が少しだけ上がった。


「何と書いたのだ?差支え無ければ教えてくれ」


新聞を畳みながら父が尋ねて来た。


「……もうアンバー家には戻らないので、私の私物の荷造りを離れの使用人の人達にまとめて送って貰いたいと書いたわ」


「そうか……分かった。丁度本日組合の集まりがあって、アンバー家でも出席するのだ。誰が出て来るかは分からないが……恐らくセシルが出てくるだろうな。随分とお前のことを気にかけているようだから」


「セシルが出てくるなら都合が良いわね。彼だってエルザからの手紙を読めば納得いくでしょうから」



「ええ……そうね」


父と母の話す姿を見つめながら、返事をした。


「それでは宜しくお願いします」


椅子から立ち上がると、傍らのベビーベッドに寝かせていたルークを胸に抱き上げた。


「あら?もう行くの?」

「部屋に戻るのか?」


私が立ち上がる様子に父と母が声を掛けてきた。


「ええ、ルークの沐浴をさせようかと思って」


私が抱き上げたことでルークは目を覚まし、つぶらな瞳でじっと私を見つめてくる。

その姿がとても愛おしい。


「それじゃ、ルーク。又ね」


母が笑みを浮かべながらルークに手を振ったところで、両親に頭をさげて私はダイニングルームを後にした。




「セシル……」


廊下を歩きながら、セシルのことを考えていた。


セシルは私の手紙を目にした時、どんな反応をするのだろうか?

あれほどアンバー家に残りたいとセシルに訴え、その話を嬉しそうに聞いていたセシル。

それなのに、急に手の平を返したかのようにアンバー家には戻らないと言い出した私のことを、怒ったりはしないだろうか?


セシルの反応が怖かったけれども…彼にお見合いの話が出ているなら、私はもうあの屋敷には残らないほうがいいだろう。


「ごめんなさい、セシル…。私は貴方に幸せになって貰いたいのよ…」


貴方は大切な家族だから――。




****



 この日の夕食の席に、父の姿は無かった。


母と2人でダイニングルームで食事をとった後、部屋に戻ってルークのオムツを取り換えた頃、部屋の扉がノックされた。



コンコン


『エルザ、私だ。入っても良いか?」


それは父の声だった。

夜に父が部屋を訪れることは滅多に無い。私に急用でもあるのだろう。


「お父様、どうぞ」


返事をすると、すぐに扉が開かれて父が部屋の中に入って来た。


「お帰りなさい。お父様」


「ああ、ただいまエルザ。やはり組合の会合に現れたのはセシルだったよ」


「そうだったの?それでは手紙は渡してくれた?」


「ああ、渡した。すぐにその場で読んでいたよ」


「え?その場で…?」


その言葉に少しだけ驚いた。


「ああ、今ここで読んでもいいですかと尋ねて来たので…まさか駄目だとも言えないし」


「確かに…そうね」


父の言葉は尤もだ。

セシル宛の手紙なのだから、いつどこで読もうがそれはセシルの自由かもしれない。


「それで、読み終えた後のセシルは何か言っていた?」


「ああ。分かりましたと言ったよ。言われた通り荷造りをさせるとも言っていた」


「そうですか、ありがとうございます」


父に頭を下げた。


「うん、それではな」


父はそれだけ告げると、部屋を去って行った。


そして、セシルに手紙を渡してからほどなく、セシルが見合いをしたという話を私は聞かされることになる――。



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