挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

第133話 父からの提案

「お母様。セシルのお見合いの話って、誰から聞かされたの？」

「アンバー家の伯爵からよ？どうしてもセシルがお見合いを拒んでいると言って悩まれていて、相談を受けたことがあるらいわ」

「そんな……セシルは一言だって自分にお見合いの話が来ているなんて言ったことが無かったわ…」

けれど、セシルが私に何も言わなかったのは当然かもしれない。

3カ月前と言えば、まだフィリップは亡くなっていなかった。そして…私にとって最も過酷な1カ月間と言えた。

「エルザ…」

「そうよね？フィリップが大変な時に、自分のお見合いの話なんかセシルが出来るはずないわよね？だとしたら…何故私と話している時にお見合いの話を教えてくれなかったのかしら…？」

私にはどうしてもそれが分からなかった。

「きっと言いにくかったのではないの？まだフィリップが亡くなって2カ月しか経過していない貴女に自分のお見合いの話をするなんて」

「ええ…お母様の言う通りかもしれないわ…」

でもセシルにお見合いの話が出ているのなら、やはり私がアンバー家に戻ることは…もう不可能なのかもしれない。

「お母様…」

「何？エルザ」

「分かったわ…私、もうアンバー家に戻るのは諦めるわ」

「エルザ…」

「あの部屋はもう私、諦めるわ。それよりも今後はルークの為のお部屋作りを考えることにするわ」

「そうね。それが一番いいかもね」

母は頷き、テーブルに置かれた紅茶を口にした。

＊＊＊＊

　その日の夜—。

「本当か？エルザ。もうアンバー家に戻りたいとは思わないのだな？」

仕事から帰宅した父を交えた家族団らんのディナーの席で私は自分の気持ちを伝えた。

「ええ、セシルにお見合いの話が来ているのでしょう？元々セシルが結婚するときにはアンバー家を出ようと考えていたから…お見合いの話が出ているなら尚更戻るわけにはいかないもの」

「そうか…それを聞いて安心したよ。うん、好きなだけここにいるといい。お前にならこの家の事業を任せても良いと考えていたからな」

父は上機嫌でワインを飲んでいる。

「あなたったら…だけど、私としてはいつかはエルザには…」

「やめなさい、エルザはまだ夫を亡くして2カ月しか経っていないのだから」

「そうね…分かったわ」

母はため息をつくと、魚料理を口にした。

「そうか…だが、そうなると役所にエルザの書類を届け出た方が良いだろうな」

「届け…?」

一体何の届のことだろう。

「決まってるだろう？アンバー家から籍を抜くんだよ。いわゆる死後離婚というものだ」

「死後離婚…」

父の言葉が、結婚した当日にフィリップから手渡された離婚届の記憶と重なる。

「このままではいつまでたってもお前はアンバー家の嫁のままだ。もうあの屋敷には戻らないのなら、籍を抜いてけじめをつけたほうがいいだろう？」

父の言う事は尤もだとは分かっている。けれど、私は女々しいと思われるかもしれないけれども、まだそんなことはしたくは無かった。

籍を抜いてしまえば…私とフィリップが夫婦だった日々が全て消えてしまうような気がしてならなかった。

「今はまだ…籍を抜くなんて…もう少しだけ、考えさせて…」

俯きながら答えるか無かった。

「そうだな…籍は別に今すぐ抜くことは無いかもしれないな」

「そうね。時間はあるのだから」

父と母は頷きあい…その後はルークの話に切り替わり、家族水入らずの夕食は終了した。

　そしてこの夜、私はセシルに手紙をしたためた―。