第131話 私がそこにいる限り

 結局セシルが何に対して傷付いているのか理解できないまま、ルークを抱いて母の待つリビングへ向かった。


「お待たせ…お母様」


「あら、早かったのね?もう話は済んだのかしら?」


「え?そうなのよ。何故か分からないのだけど…セシルが途中から凄く悲し気な顔になって…帰ってしまったの。何か私気に障ることを言ってしまったのかしら…?」


首を傾げる私に母が声を掛けてきた。


「とりあえずソファに座りなさいな。ルークも抱いていることなのだし」


「ええ、そうね」


母に促され、部屋に入るとソファに腰かけた。


「ルークはどう?」


「ええ、最近ミルクを飲む量が増えて来たから、少しずつ寝る時間が長くなってきたの。お利口で助かるわ」


そして愛し気に腕の中のルークを見つめた。


ルーク…。


私とフィリップの愛の結晶。彼の忘れ形見…。

すやすやと眠るフィリップの額にそっとキスすると母を見た。


「それでは次にお母様のお話を聞かせてくれる?まずはどうして私に嘘をついたのか。セシルに聞いたのだけど、フィリップの葬儀の日…私を連れ帰るとき、アンバー家の人達には伝えてあると言ったけど、セシルの家では誰もそのことを知らなかったそうよ?どうしてそんな嘘をついたの?」


「…確かに報告はしなかったけれども…あの時説明したでしょう?貴女の為だって。セシルと噂を立てられているから連れ帰ったのよ?」


「だからと言って、どうしてアンバー家に内緒にしていたの?あんまりだと思うけど」


「そんなことを言えばセシルが反対するからに決まってるでしょう?セシルは貴女にこの家に帰って貰いたくなかったのだから」


母がピシャリと言った。

その言い方は…随分冷たい口調だった。


「セシルは…私の為を思って言ってくれてるのよ。フィリップが用意してくれた部屋を気に入っていたから。それにルークのことも可愛がってくれているし」


「エルザ…貴女は本当に何も分かっていないのね…」


ため息をつきながら母は私を見つめる。


「え…?何もって…」


「ところでエルザ。貴女はセシルのことをどう思っているの?」


「セシルのこと?私の幼馴染よ」


「本当に?それだけ?」


「え、ええ…。それだけよ…」


「エルザ、セシルが帰る直前…どんな話をしたの?」


不意に母が話題を変えて来た。


「え?何故突然話を変えるの?」


「この話も大事な事だからよ。教えて頂戴」


「そうね…。セシルが結婚するまではアンバー家にいたいと答えたわ」


「え?何ですって…?」


母が眉間にしわを寄せた。

やっぱり…許しては貰えないのだろうか?


「それではセシルが結婚すれば、この屋敷に戻ろうと思っていたの?」


「そうよ」


「何だ…そうだったのね…。私はてっきり…」


母が口の中で何やら小声でブツブツ呟いている。


「どうしたの?お母様」


「いえ、何でも無いわ。続けて」


「それでセシルに理由を聞かれたわ。だから言ったの。セシルだってもう21歳なのだから、いずれは良い家柄のご令嬢と結婚するでしょうと。そうなると当然、結婚後はアンバー家で暮らしていくわけだし、その際に未亡人で小姑の私がいては気分が悪いでしょうと伝えたわ。そうしたら…随分傷付いたみたいで…」


けれど、母はその話に納得した。


「ああ、なるほど。それでね…。でもその話を聞いて安心したわ」


「安心…?」


「ええ。貴女の気持ちが良く分かったから。でも、だったら尚更アンバー家に戻っては駄目よ。エルザがあの屋敷にいる限り…セシルは恐らく誰とも結婚しないわ」


母は真剣な顔で私を見つめた――。


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