第130話 傷付いた様子のセシル

「どういうことも何も…私は本当に何も知らないのよ。突然両親があの控室に現れて、私はそのまま車椅子ごと馬車に運ばれてそのまま帰宅したの。ルークと一緒に」


「ご両親は何と言ってエルザを連れ出したんだ?」


「そんな身体ではまともにルークの世話だって出来ないから皆で一緒に帰ろうって言われて…。家に帰れば、私の面倒もルークの世話も母が手伝ってくれると申し出てくれたのよ。アンバー家では肩身が狭いから色々頼めないだろうって。でも、それでも本当はもっと早く戻ろうと思っていたのよ?だけど…」


ここまで言って言葉を切った。

何故なら、全てがセシルに言い訳をしているように感じてしまったからだ。


「どうしたんだ?エルザ。続きを聞かせてくれよ」


「だけど…話せば話すほど、言い訳をしているように感じられるんじゃないかと思って…」


「エルザはそんな言い訳する様な性格じゃないだろう?」


「そう?なら言うけど、母に産後1カ月はむやみに動いてはいけないと言われて引き留められていたのよ」


「確かにそう言われている話はよく耳にするけどな」


「そこで母に言われた通り1カ月実家に滞在した後はアンバー家に戻ろうと思っていたのよ?けど…何だかんだと引き留めらて…今に至るの」


「そうか…そういう訳だったのか。それじゃ、エルザはアンバー家に戻るつもりだったんだな?」


セシルはどこか嬉しそうだった。


「ええ、いずれ戻るつもりだったわ。だってあの『ラベンダー』の部屋はフィリップが用意してくれたものだから。少なくともセシル、貴方が結婚するまではアンバー家で暮らせればと思っているの」


それは私なりのけじめだった。


もし、セシルが結婚をすれば跡継ぎがきっと生まれるに違いない。

そうなれば私はブライトンの姓に戻った方がいいだろう。

セシルの妻になる女性にしたって、子連れの小姑がいるような屋敷では暮らしにくいだろうし、私も今以上に肩身がせまくなるだろうから。


この2カ月…ルークを育てながら考えて出した私の決断だった。

それなのに、何故セシルは青くなっているのだろう?


「え…?俺が結婚するまではって…。何を言ってるんだ?エルザ。ずっとアンバー家で暮らしていくんじゃなかったのか?」


「最初はそう考えていたけど…ほら、セシルだってもう21歳。いずれは良い家柄のご令嬢と結婚するでしょう?私みたいな平民の娘ではなく、きちんとした貴族のご令嬢と。そうなると当然、結婚すればアンバー家で暮らしていくわけなのだから…妻になる女性だって私みたいなのがいると、あまりいい気分はしないでしょう?未亡人の小姑がいるなんて」


少しぐずり始めたルークをあやしながらセシルに説明した。


「そ、そんなこと言って…それじゃ、エルザはどうするんだ?」


「え?」


「実家に戻って…両親とルークと暮らしてくのか?」


「え、ええ…。いずれルークには家業を継いで貰うわ。そしていつか可愛らしい奥さんを…」


そこまで話したところで私は言葉を切った。

何故ならセシルがすごく悲し気な顔で私を見つめているからだ。


「ど、どうしたの?セシル」


「いや…何でもない」


セシルは顔を背け、立ち上がった。


「そんな、何でもないって顔していないわ。一体何があったの?」


「…急用を思い出したんだ」


「急用って…。そ、それならせめてエントランスまで見送りを…」


「いや、ルークもいるんだから…ここでいい。じゃあな」


セシルはそれだけ言うと、私が引き留めるのも聞かずに足早に帰ってしまった。


「セシル…」


私はそんなセシルの後姿をただ見届けるしか出来なかった―。










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