朦朧なる現実
彼女の冗談に肝を冷やしていないと言えばきっと嘘になる。あの後誤魔化すように笑った彼女の顔は何となく幸せそうで、自分の顔が熱くなっているのに気づいてまだ私は彼を忘れられていないような気がする。
「じゃあ、遊んだところですし練習始めましょうか」
「おい、何勝手に仕切ってるんだよ」
翔真に肩を組んで言ってやった。多分私はこれくらいの距離感で友達でいた方がいいんだと思う。いつもと変わらず、元気で明るい私の方がきっと似合う。彼だってそんな所を褒めてくれたじゃないか。
失恋の味はいつだってしょっぱいって言うけど、私は違うと思う。それは甘い青春を夢見て敗れたに過ぎない。だから、焦がれるくらいの友情を望むのはきっといいに決まってる。
先輩の笑顔を見る度に、あの激動の2日間を思い出す。僕は、先輩と約束した通りに星奈に連絡をして日曜日に会った。
何故か緊張した面立ちで待つ彼女を不思議に思いながら、自分が今からすることを考えるとその緊張がさらに自分の心臓を縛り上げるようで、待ち合わせ場所にいる彼女へと向かう足取りが重くなるような気がした。でも先輩のことを思い出して、きっと同じくらい緊張していたんだと思うと自然と足取りはいつもと変わらなくなった。
「ごめん、待った?」
「待ってないよ。でも、こういうのって普通は逆だから変な感じ」
確かによくあるシチュエーションでいえば男の方が先に来て待っているというのが定石だ。
「その服、可愛いね。似合ってるよ」
「そ、そっか」
流石に常套句すぎたのか。ぎこちない返事に一瞬、沈黙が訪れた。彼女との間柄は人一倍長く多少会話の糸口がなくなって黙っていてもいつもならなんということも無い。だけど今日に限ってはそれがなんだかとても居心地が悪く、早く話題がないかと頭を巡らせいていた。僕は自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。
「じゃあ、行こっか」
「そうだね。でも今日はどこに行くの?」
「映画館だよ」
「え、それって。……もしかして私とデートしたいの?」
危うく何も無い道だと言うのに躓きそうになった。ふと彼女を見ると、久しぶりに彼女が僕をからかう顔をしている。まさかこんなところで言ってくるなんて。
「いや、ちょっと気になる映画あってさ」
「へー。ふーん」
怪しいなとでも言いたげな表情でこちらを伺う星奈。その表情があどけなくて可愛い、なんて今口に出たら多分僕は羞恥で死んでしまうので、目線を逸らした。
大きなビルに掲げられた掲示板にはちょうど見ようと思っていた映画の広告が流れている。
「あれだよ。僕が見たいのは」
そしたら意外なことに彼女はくらいついてきた。
「あれ、私も見たいと思ってたんだ。それなら早く行こう、いい席取らないと!」
彼女は僕の腕を引っ張って走っていく。そういうところが油断も隙もないな、と僕は彼女について走りだす。
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