神経衰弱

じゃんけんに負けた僕は、何故か後攻になった。先輩曰く、ハンデをあげるとのことだ。

勝って後悔させてやりたい。

「じゃあ僕からいきますね」

2枚をめくるが、強運でもない限りこんなのは当たらない。伏せて先輩のターン。

「はい、はい。あー残念。じゃあ次どうぞ」

そこからは意外と接戦。残り枚数は半分まで一進一退くらいのペースでカートが減っていく。で、その後どうなったかと言えば。

「はい、うちの勝ちだね」

「………参りました」

何故かそこから連続で全てを掻っ攫ってしまい、結果として完敗した。

「先輩、何したんですか?」

「いいや何も?」

絶対なにかしただろ。と思ったが、イカサマはバレなきゃイカサマじゃないとかいう言葉通り、終わったゲームにイカサマの痕跡があるはずもなく結果として敗北に喫した。

そして終わったあとに襲ってくる罰ゲームの恐怖を思い出した。実質的に彼女の隷徒になったような気持ちになる。

「っ!わかりましたよ。それで、罰ゲームはなんですか?」

「ああそれね」

その後に続いた言葉は、聞いたことがあり、理解もできたが、脳はそれを処理することが出来なかった。

「私と付き合ってよ」

ただ呆然とその光景を眺めることしか出来ず、徐々に彼女の頬が朱に染まっていくのを眺めていた。

「ちょ、ちょっと!何か返事してよ!めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたやんか!」

「え、だって先輩。そのセリフっていうのは」

「分かっとるよ。うちはあんたが気になってる。これは紛れもないことや。だから、この気持ちを確かめようかと思ってな」

こんな簡単なノリで言ってもいい言葉だったのだろうか。というより、早く返事をしないと。

「でも、僕にはその、気になってる人がいるというか、なんというか、えっと。つまりですね!」

だがその言葉が返ってくるのは分かりきったというように、僕の言葉を遮る。

「分かっとる。うちがやってはいけないことをしとるというのは」

少しだけ罪悪感を含んだその言葉は、何かを後悔しているかのようで。

「だけどな、世の中早い者勝ちっていう言葉があるやろ。つまり、踏み出せない者に叱責する価値無しっていうこと。その点でいえば、私が一枚上手だったっていうことだよ」

彼女のアイデンティティであるような口調はいつの間にか失われていて、これこそが本当の彼女自身なのだと強く感じる。

「だからさ。私と付き合ってくれるよね?」

段々と近づいてくる彼女の華奢な手のひら。前のめりになって僕の頬へと迫り、今にも触れ合ってしまいそうで。

ガタン!

スっと智音は伸ばした手を引っ込めて、まるでさっきまでトランプをしていたかのような素振りを見せる。部室に入ってきたのは星奈。心做しか怒っているように見えなくもない。

「おはようございます先輩。今日は何をしていたんですか?」

「あっ、もう補習終わったんやね。お疲れさまー。うちらは暇で暇で仕方ないからトランプしてたんや、な?」

切り替えか早いというか、彼女の口調はすっかりいつもの通りになっていて僕と肩を組んで仲良く遊んでいましたよと星奈にアピールする。なんだか怒っている星奈の顔が上手く見れないのでとりあえずは先輩に合わせる。

「そ、そうだよ。神経衰弱してたんだけど、先輩すごく強くて。全然勝てなかったんだ。星奈もやってみたらどう?」

「いい!」

ふいっとそっぽを向いてしまった。

「じゃ、さっきの返事待ってるから」

とだけ耳元で囁いた先輩は、早々にこの重苦しい部室からエスケープする。

すっかりいつも通りの先輩に振り回されて、僕は彼女の機嫌とりを頑張って、なんとか今日の部活はすることができた。

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