イルカショー

昼前になるとイルカショーのために列ができ始め、その中に2人も入る。子供たちがはしゃいで楽しそうにしているのを眺めていたら、唐突に星奈が呟いた。

「私も小さな頃はあんなふうにキャッキャっしてたなぁ。翔真君はイルカショーって行ったことある?」

「いや、ないよ。幼稚園の頃、水族館には来たことあるんだけどイルカショーは怖くて行けなかった気がするな」

それを聞くと彼女はふふっと笑みを零した。

「翔真君って意外と怖がりなんだね」

「そりゃあ、僕は仏頂面なだけでちゃんと感情は持ってるんだからな」

「いや、そういう事じゃなくて。可愛いなぁって思っただけだよ」

「、、そっか。あっ、列が進み始めた。カッパの準備でもしようか」

彼はこちらを振り向かずに前のいる人の後ろを歩いて着いていく。かすかに髪のかかった耳は赤く染まっていて、傍から見ても照れているのが丸わかりだった。

だけど、そこで追求しちゃうのが私の悪い癖で。

星奈はバッと彼の腕をしっかりと両腕で掴む。それに翔真は振り向いて驚くが、そんなことは気にしない。

だって、これはデートなんだから。

「入口でカッパは渡してあげる。だけど腕を離したら貸してあげないからね」

魅惑の笑顔はちょっとだけ小悪魔的で、だけど僕は顔が赤くなるのを抑えられずに見惚れてしまった。

「あ、う、そうだね」

さっきから言葉がたじたじで恥ずかしい。

その後のイルカショーといえば、星奈に無理矢理引きずられて最前列に座らさせられたが、それがけっこう楽しかった。

「ね、楽しかったでしょ?」

「うん。楽しかった。あのイルカのジャンプが凄くて、なんであの子達があんなに楽しそうにしてたのか分かったよ」


「ということがありまして」

後日、部室にいるのは私と智音だけ。水族館で何があったのか話せということで呼び出されてしまった。

で、肝心の智音ちゃんはといえば何故か落胆していた。

「えっ、それだけ?」

「はい」

「水族館を2人で楽しく過ごしました。おしまい?」

「はい」

はぁーーー。深いため息が出てきた。

「キミ、翔真のことが好きなんじゃないの?」

「ちょっと声が大きいですよ!」

急いで彼女の口を塞ぐ。ゆっくりと部室のドアを開けるが、廊下には誰もいない。

「あのですね、私は翔真君のことがその、まぁえっと、そんな感じですけど。彼がどうかなんてのはわからないじゃないですか」

「じゃああのデートだ。みたいな心意気はなんなのさ」

「私の心を勝手に読まないでくださいよ。気持ちだけです気持ちだけ。付き合えないかもしれないなら、2人で過ごせる時くらいそう思ったほうが楽しくなると思いませんか?」

「そんなことないけどな」

「え、なにか言いましたか」

「いいや。なんでもない。まぁキミがそういうなら仕方ない。こつこつ彼にアプローチしていくんだな」

「ぜ、善処します」

ここまで堂々と告白しますと意気込んでいると思うととてつもない羞恥心が湧く気がするけど、智音ちゃんはきっと気にしてない。たぶん。

「そうだな。うちができることなら手伝ってやるから、なんでも相談しろよ」

「…………」

「しろよ」

「……はい」

根負けした。

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