81――部活紹介と突然の通告
ゆっくんと別れた後は、サクサクと撮影を済ませて寮に帰った。私と別行動をしていた間、洋子さんははるかを連れて挨拶回りをしていたらしい。
「せっかく付いてきたんだから、顔ぐらい売らないと損でしょう?」
「ええー、演技の勉強をするために来たのに」
洋子さんに腕を掴まれながら引っ張られたはるかは、適当な言い訳をしながらも抵抗したみたいだけれど、無駄に終わったみたい。そもそも演技の勉強じゃなくて、はるかの場合は実力テストの勉強をしたくなかっただけでしょうに。
話を聞いた私は呆れながらそう言うと、はるかはいたずらっぽく笑ってペロッと舌を出した。美少女はこういうコミカルな表情も似合うなぁなんて、なんだかしみじみ思ってしまった。
ドラマの撮影については、今回の私の役どころは本当に数シーンしか出番がない端役なので、NGさえ出さなければテストやリハを含めてあっという間に終わった。三姉妹探偵の中で一番演技が上手だったのは、次女役の子だったかな。フィルムの確認時間とかちょっとしたスキマ時間に少しお話したけれど、小学校を卒業するまでは児童劇団に所属していたらしい。その頃から子役としてコツコツ実績を積み重ねて、今回はじめてメインどころの役をもらったのだとか。ちなみに私よりひとつ歳上なんだって。
またどこかの現場で共演したりしそうだなーという予感と、次々と実力のある役者さんが出てくることへの危機感をひしひしと肌で感じる。私も受験もあったからか少し足踏み状態のままでいたけれど、しっかりと演技の勉強や関係者への顔つなぎをして、いいお仕事をして地盤を築かないと。
新しい出会いに刺激をもらってやる気をみなぎらせた次の日、今日はオリエンテーションと実力テストの後半戦だ。学校についての説明は昨日のうちに終わっているから、今日は部活紹介に丸ごと時間が割り当てられている。私のように学外活動で部活参加を最初から諦めている人間はともかくとして、基本的には部活は強制参加という校則があるので同級生達はどことなくワクワクとした表情で、これから体育館の舞台の上で行われる部活紹介が始まるのを今か今かと待っていた。
「……松田さんは何か部活に入る、の?」
身長順に二列に並んで椅子に座っているので、隣の席は昨日少し話した美宇ちゃんだった。多分最後の方に不自然に言葉が切れたのは、『ですか?』とですます口調が出そうになったんじゃないかな。それでも律儀に昨日私が言った『敬語じゃなくていいよ』という言葉を尊重して、普通に話そうとしてくれているのがなんだか嬉しい。
「ううん、わたしは仕事の方を優先するから、部活はしないことになっているの。学校側にも入学前から相談して、ちゃんと許可ももらっているし」
「そうだよね、松田さんは部活なんてやってる暇ないよね。うーん、私は何の部活に入ればいいんだろう」
考え込む美宇ちゃんに何かアドバイスしてあげたいけれど、『やりたいことをやればいい』なんて定型文はおそらく求めてないだろう。わたしは前世の中学入学時は吹奏楽やりたいなって漠然と思ってたから、その気持ちに従って吹奏楽部に入った。まぁそれが個人的には失敗だったなと、後に後悔することになるんだけどね。
「美宇ちゃんは、何か趣味とかないの? それと運動部と文化部だったら、どっちが好き?」
とりあえず自分に馴染みのあるものに関わる部活に入るか、それともカテゴリ別に考えてどちらかというと苦手じゃない方を選ぶか。オーソドックスな選択肢を出してみた私に、ちょっと照れたような表情を浮かべた。
「ヘタなんだけど、本当にヘタなんだけど……実は、お話を書くのが好きだったりします」
そこまでヘタなことを前置きしなくてもと思いつつ、顔を赤くしながらそう打ち明けた美宇ちゃんに、わたしは『そうなんだね』と相づちを打ちながら頷いた。そのお話が小説なのか、それとも絵本なのかはわからないけれど、その趣味だと文芸部が一番近いよね。
体育館の入り口でもらった部活紹介が書かれたわら半紙製のしおりをめくって、文芸部を探す。あ、あった! 私はそのページを開いて、美宇ちゃんに見せた。
「お話を書く部活なら、こういう文芸部とかがいいんじゃないかな?」
「わぁ、字がきれい」
ペン習字のお手本みたいなきれいな文字が並んでいるそのページを見て、美宇ちゃんは声をあげた。でも部長さんがこだわりのある人なのか、イラストもなく文章だけが書き連ねられていて、ちょっと圧のようなものを感じてしまう。新入生、これを見て文芸部に入ろうとするだろうか。それともミーハーな部員はいらない、みたいな硬派な意思表示なのかもしれない。
「ちょ、ちょっと怖そうですね。ヘタな私が入部したら、叩き出されそう」
「新入部員を募集してるのに、その入部希望の1年生を叩き出すような部活だったら、多分先生達からものすごく叱られてると思うよ」
だって理不尽すぎるでしょ、それ。この学校の部活のシステムはまだよくわかってないけれど、部員の数が減って部から愛好会に格下げされたら、部費だって入ってこなくなるだろうし。
ここでああだこうだと話しているよりも、実際に部活紹介を見てから考えるのがいいと思う。それを美宇ちゃんに伝えると彼女もそれはもっともだと思ったのか、文芸部のページの右上を小さく折り曲げて他の部活紹介に目を通し始めた。見学もできるだろうし、それから決めても遅くないと思うんだよね。
壇上に照明が点いて、先生達が舞台袖から姿を現す。周りのみんなもおしゃべりを止めて前を向くのに倣って、私もまた居住まいを正して舞台上に視線を向けたのだった。
午後の学力テストも順調に終わって、今日は予定がないのではるかと一緒に洋子さんの車で寮に戻る。その道すがら、はるかがカバンから部活紹介のしおりを取り出した。
「うちの学校、いろんな種類の部活があるんだね。すみれは面白そうだなって思った部活はあった?」
「うーん、銭湯同好会かな。都内の銭湯を順番に入りに行って、まとめたものを記録として文化祭で発表するっていうのは、なんだか楽しそうだと思ったよ」
「へ、変な部活に興味を持ったんだね。というか、そこって部じゃないし」
ちょっとだけ引いたように言うはるかに、『失礼な』と少しだけ頬を膨らませて抗議する。部はやっぱり他の学校にもあるようなオーソドックスな部活が多かったからね、サッカー部とかソフトボール部とか。文化部だと吹奏楽部はもちろん英会話部とかもあったし、第3希望ぐらいまで挙げれば生徒全員のやりたいことをカバーできてるんじゃないかな?
私もキャシー先生に出会って英会話を習っていなければ、英会話部にはちょっと気持ちが惹かれたと思う。けれども先生のおかげで、会話するだけな普通に日本語で喋るのと同じぐらいのスピードで自然に会話できるようになったし、もし部活をできるなら違う部を選ぶかなぁ。
はるかはバスケ部に興味を持ったんだって、確かに軽く試合形式で動きを披露していた彼女達はカッコよかったもんね。特にスリーポイントシュートを見事にゴールに入れていた先輩の姿には、私もすごいなぁと思ったもの。
活発なはるかは運動部に体験入部しようかなと言っていて、私も本気ではなく冗談で言っているのだろうと思っていたので何も言わずに話を合わせて笑っていたのだけれど、この車内にはそんなはるかの言葉に引っかかりを覚えた人間がいた。そう、洋子さんだ。
洋子さんは車を安全なところに停めてくるりと後部座席の方を向いて、真剣な表情ではるかを見た。その視線の強さに、ちょっとだけはるかが怯んだ。
「はるか、あなたが今一番打ち込みたいものは部活動なの? それならわざわざ東京に出てこなくても、地元の中学校でも打ち込めたでしょう。もっと言うなら融通の利く私立の学校に通わなくても、公立の中学でもよかったはずだわ。正直なところ、仕事についてはどう思っているの? あなたが『まだ自信がない』とか『もう少し時間が欲しい』とか言うから小学校の間はこちらも急かさなかったけれど、そろそろ本当の気持ちを聞かせて欲しいわ」
口調は決してキツくはなかったけれどその分凄みがあって、話を隣で聞いているだけの私もなんだか緊張してしまう。というか、はるか本人が仕事にストップを掛けていたなんて思ってもみなかった。あずささんのレッスンや稽古場での自主練は熱心にしていたから、余計にびっくりする。
私の場合はたまたま代役の仕事が立て続けに舞い込んでしまっただけで、一般的なデビューしたばかりの子役の仕事量ってこれくらいなのかなと考えていたからね。
「事務所も単発の仕事を少量こなす子よりも、すみれみたいに大型案件もしっかりこなせて仕事に真摯に向き合っている子に全力を注ぎたいの。だってそちらの方が事務所へのリターンも大きいし、すみれも知名度が上がってより仕事が舞い込むからね。どちらかだけではなく両方に良いことがあるというのが、事務所と役者との理想の関係だと思うわ」
「……それはそうかもしれないけど」
「言っておくけれど私達も受験が終わるまでは待ったのよ、あなたから今後の展望を聞かせてもらえるんじゃないかって。でもそんな動きもまったく無いとなれば、こちらも考えざるを得ないでしょ?」
ため息をつきながら言う洋子さんの言葉は、わざと主語を曖昧にしているように聞こえて、ただ隣で聞いているだけの私でも漠然とした不安を感じた。実際にその言葉を向けられたはるかはどう答えればいいのかわからない様子で、表情をどんよりと曇らせていた。
さらに洋子さんは追い打ちを掛けるように、『あずささんからも話が出ている』ことをはるかに告げた。でもこの間まで小学生だった女の子に、そんな風に理詰めでコーナーに追い込むような話し方をしたら、ただでさえ朧げな自分の将来のイメージすらかき消えてしまうような気がする。
もちろん前世で大人側だったことがある私としては、洋子さんが言っていることも正論だなと思うし、あずささんの懸念もわかる。人を育てようと思ったらお金が掛かるし、私が知らないだけで事務所側は仕事のオファーがあったらはるかに打診していたけれど、その度に断られてたのかもしれない。そういうすれ違いを何度か繰り返して、事務所側のはるかに対しての信頼が著しく低下してしまったのかもしれない。推測でしかないけれど、洋子さんがここまで言うのは多分もう残されたチャンスは少ないことを教えてくれているんだと思う。
でもハッパを掛けるつもりで厳しく詰めている洋子さんのやり方では、はるかは萎縮してしまって前向きな気持ちはなれないんじゃないかな。よし頑張ろう、と思うよりも諦めようと萎んでしまうような気がしてならない。だってハッパを掛けている部分が、全然はるかに伝わっていないもの。
「洋子さん、今日はこのくらいで」
私は部外者だし、口を挟む立場でもないのはわかっている。でも言い方は悪いけれど2年間答えを出せなかったはるかを、今洋子さんが追い込んだところで周囲の圧に負けて何もかもを投げ出してしまう未来しか見えない。洋子さんは普段は私と一緒にいるから、普通の中学生になりたての少女がどんな風なのかわからなくなっているんじゃないかと思う。
自分で言うのもなんだけど、生まれ変わって人生をやり直している時点で普通の子とは逸脱してるもんね、私。でもだからこそ私とはるかは違う人間なんだから、ちゃんと彼女を見て真摯に向き合ってほしい。
「ねぇ、はるか。はるかの状況をまったく知らなかったわたしが言うのも何だけど、まずははるかの中の気持ちをしっかり固めるのが大事だと思う。わたしでよければ話を聞くから、帰ったら色々と話をしよ? 少しでも話を前に進めないと、今度はご両親を呼び出して契約解除手続きをするとか、そういう段階に進んで行っちゃうよ」
実際にこうして洋子さんが言葉にしてしまった以上、もうのんびりと過ごしていられる状況ではないのだ。自分の未来の設計図を作り上げるなら今のタイミングしかない、という思いを言葉に乗せる。そして洋子さんにも視線を向けて、こう言った。
「洋子さん達も、ここではるかとの契約を終了して新しい子を連れてきてイチから育て直すよりも、はるかが本腰を入れて頑張るならそっちの方がいいでしょ?」
「それはそうだけど、本人のやる気もないのに無理に残らせてもどちらも不幸になるだけよ」
「やる気がないなら熱心にレッスンはしないんじゃないかな……とにかく、はるかと話をしてみるから少しだけ時間をもらえると嬉しいです」
強引に話をまとめて洋子さんに頭を下げると、洋子さんは渋い顔だったけれど頷いて了承してくれた。多分話の流れからいいタイミングだと思って話を切り出したのだろうけど、今日はそんな重たい話をする予定ではなかったはずだ。もしそんな予定を事前に聞いていたら、もっとはるかの表情も暗かっただろうし。
これも推測だけど、入試を受けるまで事務所側が強硬手段に出なかったということは、あずささんや洋子さん達も今すぐはるかと契約解除するつもりはないんじゃないかな。だって強引にすぐにでもはるかを追い出すつもりなら、元々入試なんて受けさせないだろうし。
私も寮から同い年の友達がいなくなるのは寂しいし、大人達からの圧で自分の気持ちすら把握できずに、流されるまま夢を諦めるところなんて見たくない。まずはしっかりとはるかと話してみよう、私との会話がほんの少しでもはるかが自分を見つめ直すきっかけになれればいいな。
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