24――教育ドラマのオーディション
あちらこちらから聞こえるクラスメイト達の帰りの挨拶をBGMにしながら、私も学校指定のカバンをよいしょと背負う。
「まぁ、無理せず頑張ってきなさいよ」
後ろの席からちょっぴり上から目線な言葉をくれたのは、東京での一番の友達である透歌だ。彼女には今日これからオーディションを受ける事を伝えているので、素直じゃない彼女なりの応援だと思う。
「うん、ありがとうね透歌」
言い方はともかく、その気持ちが純粋に嬉しくて笑顔でそう返事をすると、透歌はちょっとだけ照れたように頬を染めて視線を逸した。照れ屋なツンデレって創作物の中にしかいないのかと思ってたけど、実際にこうして目の当たりにするとすごい破壊力だよね。彼女がクラスメイトに人気があるのは、こういうところが愛されているからなのだろう。
そんな透歌に手をひらひらと振って別れると、早歩きで昇降口へと移動して安藤さんとの待ち合わせ場所である学校の駐車場へと向かう。本来なら教職員や業者等の公的な訪問者しか駐車は許されていないのだけど、今日は時間的な制約もあって事務所側から申請して特別に許可をもらっているらしい。
止められていたセダンの前に安藤さんが立っていたので、挨拶をしてそのまま後部座席に乗り込む。同時に運転席に乗り込んだ安藤さんが、助手席のカバンからファイルに入った用紙を2枚ほどこちらに手渡してきた。
「これがあちらに提出してるすみれのプロフィール表ね、多分グループ面接だろうからそんなに踏み込んだ事は聞かれないとは思うけれど、一応目を通しておいて」
安藤さんの言葉に頷くと、受け取った用紙に視線を落とす。生年月日とか身長・体重といった基本的な情報から、腕の長さや股下比率なんていう普段は目にしないものも記載されている。後はこれまでどんなお仕事をしてきたのかという、履歴書でいう職歴にあたる項目もあった。
私がしたお仕事はCMとモデルの2件のみ、役者としての経験がまだないという事をどんな風に受け取られるのかが不安だけど、今更ジタバタしても仕方がない。大島さんからオーディションの参加を告げられてから1週間と少し、一生懸命にレッスンを受けてやるだけの事はやってきた。あとは野となれ山となれ、本番にぶつかっていくしかない。
「ここの空欄には写真が貼られてるんですか?」
「そうよ、宣材写真。こっちに来たばかりに撮ったでしょ」
2枚めの下半分が何の記載もなくぽっかりと空いていたので尋ねると、安藤さんはそう返事をしてくれた。ああ、あの宣材写真ね。フリルがたくさんついたドレスみたいな服を着て、顔が引きつりそうになるくらいの笑顔を要求された事は一生封印したい記憶である。色んなポーズもさせられたし、なおやふみかが見たら笑い転げるかな。それとも可愛い服に憧れて瞳をキラキラとさせるだろうか。まーくんは優しいから内心で爆笑してても、顔に出すのは苦笑ぐらいで抑えてくれそう。
私も可愛い服は好きなのだけど、人前でぶりっ子みたいなポーズを取るのは遠慮したい。そんな事を考えていると、いつの間にか車は今日の面接会場である公共放送局の近くまで来ていたようで、地下駐車場の入り口に吸い込まれる様に入っていった。
地下入り口に居た警備員さんにオーディションに来た旨を伝えると、トランシーバーを使ってどこかに連絡を取った後で通してくれた。一応安藤さんが何やら身元を証明するカードの様な物を見せていたけれど、平成末期に比べるとセキュリティが結構ザルな印象を受ける。
7階まで上がってエレベーターを降りると、正面に『あしたにはばたけオーディション会場はこちら』という紙が壁に貼られていた。案内に従って進んでいくと、同じ文言が書かれた立看板がドアの傍らに立っている。ドアをくぐって中に入ると会議室の様な部屋に、長机と椅子がいくつも並んでいた。既に半分以上子役と付添人で席は埋まっていて、オーディションの開始を今か今かと待っている。
「ここは待合室ですか?」
「そうね、面接会場はあのドアの向こう。ここよりも少し狭いけど、続き部屋になっているの」
「安藤さんは前にも来た事があるんですか?」
「ええ、何度も来てるわよ。こちらのテレビ局にはお世話になっていますからね」
そんな話をしながら私達も席について、居住まいを正す。しばらくすると時間になったのか、スーツを着た男性が部屋に入ってきた。
「えー、ご足労頂きありがとうございます。これより弊社の教育番組『あしたにはばたけ』の新シーズンに向けてのオーディションを開催します」
前で男性が話している間に、他の人達が手分けして資料の様なものを配布している。私にも渡されたので内容を見ると、どうやら配役表と今回のオーディションで使う演技の台詞と設定が書かれている様だ。
私が受けるのはお金持ちのお嬢様と、引っ込み思案な女の子の二役。お嬢様は親の権力を笠に着る問題児で、クラスに色々と問題を引き起こす役柄。引っ込み思案な女の子はクラスになかなか馴染めずに、親友の女の子に励まされるけれども気持ちがすれ違って喧嘩をしてしまうという、どちらも演じたら面白そうな役だ。でも自分に近いという意味では、引っ込み思案な子の方が演じやすいのかもしれない。
台詞を読み込んでいると、番号が書かれた少し大きめのバッジが手渡されたので、とりあえず学校の名札を外してそこに付けておく。名札もバッジも安全ピンで付けるタイプなんだけど、できればあっちこっちに穴は空けたくないんだよね。紺だから目立たないけど、近くで見るとなんだかみすぼらしい感じになっちゃうし。
3人ずつ面接されるシステムの様で私の番号は21番、7組目の3番手で呼ばれるはずだ。あちらの部屋には付添人は入れないみたいなので、今のうちに安藤さんにアドバイスをもらおうと尋ねてみたら、好きな様にやっていいよという軽い返事が返ってきた。
「もちろん受かるのが一番いいけど、落ちたとしてもすみれにとっては色々と経験が積めるでしょう? 大丈夫よ、演技の仕事はこれでおしまいじゃないわ。それ以外の仕事もやってもらうだろうけど、ちゃんとあなたの希望通りの仕事も確保してあげるから」
だから気楽にやってきなさい、と安藤さんに言われてふと体が軽くなった様な気がした。もしかしたら自分自身が思っている以上に緊張していたのかも、安藤さんの言葉通りに気負わずに自分の力が出せる様に頑張ろう。
そんな風に決意を新たにしていると、19番から21番までが中に入る様にとアナウンスが入った。配られた資料とボールペンを持って席を立ち、スタッフさんが開けてくれているドアをくぐる。一番最後に入室した私が『失礼します』と一礼と共に言うと、前にいるふたりが慌てた様に後に続いた。私は前世での就職活動を通じてもはや癖みたいになっちゃってるけど、普通に生活している子供には『おはようございます』と『さようなら』以外の挨拶の習慣はないもんね。仕方がないと思う。
「どうぞお掛けください」
対面に長机があり、そこに3人の男女が座っていた。その内の向かって右側に座っている女性の指示に従って、私達は用意されている椅子に座る。
「本日はオーディションに参加してくれて、どうもありがとう。ボクはこの番組のプロデューサーをしています、北沢です」
「ディレクターの福井です」
「広報の石田です、よろしくお願いします」
向かって左側の男性から自己紹介が始まり、真ん中の男性、右側の女性と続く。プロデューサーとかディレクターとかよく聞く役職だけど、多分番組制作班の中では偉い人なんだろうな。
「細かい話は後にして、早速皆さんの演技を見せてもらいたいので……19番のキミからお願いしようかな。最初に希望の役を言ってもらって、自分のタイミングでいいから演技を始めてください。2役希望してる人は、1回演じた後に今の段取りを繰り返す感じでやってください」
北沢さんがそう言った瞬間、部屋の中の空気がピリッと引き締まった気がした。19番の子はやんちゃな男の子の幼なじみ役志望らしい、ヒロインポジションの役だ。他人の演技をどうこう言える程のキャリアがある訳でもないので偉そうな事は言えないが、台詞を読むのに一生懸命になっていて演技が疎かになっている感じがした。
続いて20番の子も同じくヒロイン志望、こちらの子は大げさな演技が印象的だった。そして続いて私の番、まずはお嬢様の演技からだ。
大島さんに言われた通り、最近は色々な人を観察する事を日課にしている。今回のお嬢様はなんとなく似てるかな、という理由で透歌をイメージした。同じ理由で引っ込み思案な子はふみかをモデルに演技をしてみた。ただの真似にならない様に自分なりの色を出せるようにもしてみたけど、うまくできているのかはあんまり自信がない。
3人の演技が終わって、北沢さんは組んでいた腕を解いた後、静かに頷いた。
「ありがとう、それぞれ個性が出ててよかったと思う。後は簡単な質問に答えてもらいたいんだけど」
そう言うと、北沢さんはまた番号順に質問を始めた。ただ『学校は楽しい?』とか『兄弟はいるの?』とか、明らかにオーディションとは関係のない話ばかりだったが。
ふたりへの質問を終えた北沢さんは、続いて私の方に視線を向けた。
「今日は学校からそのまま来たの?」
『どんな質問が来るのだろう』と身構えていた私は、その当たり障りのない質問に内心つんのめるぐらいに脱力してしまった。そう言えばさっきの待合室でも、この部屋の中でも制服のままここに来ているのは私だけだった様に思う。
「はい、授業が終わってから来たので着替える時間的な余裕が無かったんです」
私の答えに『ふーん』と言いながら、北沢さんは机の上にある資料をぺらりとめくった。
「初仕事はCMだったんだね、そして雑誌のモデル、と。松田さんは最終的にどこを目標にしてるの?」
これまでのふたりには当たり障りのない事ばかり聞いてたのに、突然踏み込んだ質問が飛んできた。でも私にとっての夢というか、目標はひとつしかない。
「役者になりたいと思っています」
「だとすれば、演じ分けを考えたほうがいいかもね。そうでしょ、福井ディレクター?」
北沢さんが福井さんに話を振ると、福井さんはうんざりした様な表情をしていた。よくわからないけど、いつも北沢さんに迷惑を掛けられているのかもしれないと直感的に思った。
「……そうですね、松田さんの演技は自然でよかったです。映画や一般的なドラマなら、キャスティングされるだけの十分な実力を持っていると思います」
ディレクターと言えば演出などを担う、役者にとっては指揮者の様な役割の人だ。そんな人に褒めてもらえたというのは、自分の中で確かな自信へと繋がる。
「ただ、今回のオーディションでの評価は物足りないという評価を付けざるを得ない。何故だかわかるかい?」
福井さんの言葉を引き取って、北沢さんが続ける。先程の福井さんの言葉を思い出すと、私の演技は映画や一般的なドラマなら良い演技だと評価してくれていた。という事は、今回の番組は一般的なドラマには含まれないという事なのだろう。
頭の中でぐるぐると考えを必死に巡らせて、私はひとつの答えを口にした。
「えっと……媒体が違うから、ですか?」
どうやら私の答えは正しかった様で、北沢さんは笑顔を浮かべて満足そうにこくりと頷いた。
「そう、今回のドラマは教育テレビで流れる子供向けのものだよね。視聴者は言い方は良くないけど、社会経験に乏しく先生によって強制的に番組を見せられている子供達だ。そんな彼らが見ても
『そんな演技が君にできるかい?』と挑戦的な言葉をぶつけられた私としては、受けて立たない訳にはいかない。だってここにいる私は、大島さんの弟子として来ているのだから。師匠のメンツをこんなところで潰すわけにはいかない。
「できます! だから、もう一度演じさせてください」
私がそう言って頭を下げると、北沢さんは右端に座る石田さんへと視線を向けた。石田さんは腕時計に視線を落とし、苦笑しながらこくりと頷く。
「じゃあ、見せてもらおうか。あんまり時間もないみたいだから、一役だけでいいよ」
一役だけ、と言われて私が迷わず選んだのはお嬢様役だ。先程の話から察するに、感情の込め方や演技の方向性はあのままでいいのだろう。ただ少しだけ大げさに、というか視聴者にわかりやすい演技が求められているのだと思う。だとすれば引っ込み思案な子は、初心者の私にとっては普通の演技と大げさな演技の差が出しにくいのではないかと考えたからだ。
自然な演技と大げさな演技、両立は難しいけれどぶっつけ本番でなんとか演じ切る。その後すぐに北沢さんの言葉でオーディションは終わりを迎えた。
あれでよかったのかな、どうだったのかなと不安に思いながら寮に帰り、我慢できなくなって大島さんに今日あった事を素直に話して相談する事にした。
すると大島さんは媒体による演じ分けが必要な事もあるが、今は演技力を伸ばすためにノビノビと思うまま演じて欲しかったので、まだ教えなかったのだという。
知らなかった事は恥ではない、こうして仕事をしていくうちに自然と身につくものだと言われてホッと一安心する事ができた。
「難しく考えないでいいの、自然にあるがままを見せてくれるすみれの演技が私は好きよ」
そんな大島さんの一言で、結果への不安も自身の力不足への憤りもどこかに吹っ飛んでしまう自分の単純さに呆れてしまう。確かに今更ジタバタしても結果は変わらないし、私は私らしく毎日を過ごしていればいいや。結果だってそのままを受け入れて、不合格なら次は合格できる様に頑張るしかない。
開き直って日常を送っていた私の元に結果が届いたのは、オーディションから1ヵ月後の年の瀬も迫った12月下旬。
見事合格を勝ち取った、のはよかったのだけど。私が与えられた役は引っ込み思案な子でもお嬢様でもなく、引っ込み思案な子の親友の元気娘だった……受けてもいない役をもらうなんて事があるのだろうか、解せぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます