実験その五「心的外傷」
いよいよ最後の実験となりました。
この内容を検討した時には、被験者が外出すらしなくなることを想定していませんでしたので、大幅な修正を余儀なくされました。とは言え、やることは変わりません。
被験者の外出時に、彼自身の行いがきっかけで、大勢の人が死ぬ。先ほどの兵士の話のように自らの手で殺すことはありませんが、自分の所為で大変なことが起こったというのは、精神的にかなりのストレスになるはずです。
シナリオ、つまり我々の希望的観測では、事件が起こった後に一人残された被験者がその場にへたり込み、体を震わせて笑い続けるか、赤ん坊の猿に戻ったかのように周囲を怯えながら見回すか、それとも静かに動きを止め、瞬きすらもできなくなるか、という姿を描いていました。結果的には、そのどれにも当てはまりませんでした。そこには、まさに驚くべき結末が待っていたのです。
それでは、始めましょう。これが最後の実験です。もう少しだけ、お付き合い願います。
さて、一言に「大量に人が死ぬ」と言っても、被験者自らに大量殺人を起こさせるわけにはいきません。何らかの事件に見せかける必要があります。また殺す方法も毒、銃、刃物、爆弾など様々で、一番自然に見えるのは何かを検討しなければなりません。そこでまず、いくつかのプランを立てました。箇条書きにしたものをご覧いただきましょう。
1 被験者が運んだ毒を奪われ、カフェ等で混入され、大勢の人が死ぬ。
2 銃による射殺。被験者に他人の生死が委ねられる。
3 被験者が刺激することにより逆上した犯人がナイフで次々と殺害する。
4 被験者が間違って爆弾のスイッチを押してしまい、爆発する。
この四つのプランを元に検討を進めました。どれも実現することは充分に可能ですが、それぞれ問題点を抱えています。1は、どうやってそれを毒である、もしくは毒であったと被験者に認識させるか。2は、被験者以外を殺して犯人が自殺したとしても、被験者を殺さなかったことが不自然。3は、どのように怒りを不特定多数に向けるか、そして、一人ずつ刺すのでは大した人数にならないし、そもそも犯人が異常過ぎるので、被験者の罪悪感が薄いと思われる。4は、私は派手で良いと思ったのですが、そもそも爆発に被験者が巻き込まれでもしたら、これまでの苦労が全て水の泡になってしまうと猛反対を受けました。それに、バラバラになった死体を被験者に見られれば、即座に嘘が露呈してしまいます。この時点で、3と4は却下です。
残るは1と2ですが、1の問題点は、被験者にそれを毒だとわからせた上で入手させることで、解決することができます。被験者は生きる希望を失っています。楽に死ねる薬があるなどと誘えば、おそらく乗ってきたでしょう。端末などをハッキングして強制的にメッセージを送ることも難しくはありません。
しかし、首尾よく外に誘い出してその毒を入手させたとして、普段閉じこもっている彼が、カフェなどという場所に行くとは思えません。その行動を誘導することは困難を極めるでしょう。
それに、たとえカフェに行って毒を奪われたとしても、死ぬ役の者たちは既に注文を済ませていないとおかしい。少なくとも、誰も何も飲んでいないということはあり得ない。
さらには、被験者に罪悪感を与えるとなると、毒をこっそり奪うではなく、被験者の過失が原因で奪われなければならず、そうなった時に、被験者がどのような反応をするのかが想定しきれないという問題もあります。大声で叫んで、他の客たちに注意を促すかもしれません。
そのように、具体的に考えれば考えるほど、1のプランは困難さを増していきました。
では、2はどうでしょう。こちらは、銃を持つ犯人もしくは犯人グループと、被験者、そして殺される役が大勢、という構成です。
例えば、被験者と被害者たちが銃で脅され、拘束されます。その中から被験者が代表として選ばれ、何かしらの要求をされ、それに応えられなければ、被害者たちが殺されることになってしまう。
もちろん被験者はミスを続け、ついには全員が殺されてしまいます。犯人は最後に被験者も殺そうとしますが、銃弾が尽きて撃てない。最終的に犯人は、駆け付けた警官によって射殺される。このようなプランを構築することができます。
いかがでしょうか。我々はさしたる問題もなく、非常にコンパクトにまとまっていると評価し。このプラン2で実行することに決定しました。
問題は、場所をどこに設定するかと、どうやって被験者をそこに向かわせるか。この解決には、既に全ての仕事が終わっており、依頼するのは申し訳なかったのですが、沖田楓にもう一肌脱いでもらいました。
彼女もそれで願いが叶うならと、快く引き受けてくれました。彼女に呼びだされた被験者は、電話上では色々と文句を言って抵抗しましたが、結局押し切られる形で、合うことを約束しました。「男ってやつは、本当にどうしようもねえ生き物だな……」という台詞は、このような時に使うそうですね。
まあそれは置いておいて、続いては場所の選定です。シチュエーションも場所によって大体決まってきてしまうので、これが最も重要です。公園や、スーパーマーケットのような場所では、犯人が被害者たちを集めて拘束するだけでも骨が折れます。
かと言ってコンビニでは狭すぎて被害者の数を確保できません。何十人もが押し寄せるコンビニなど見たことがありませんがらね。
そうなると、オーソドックス過ぎるかもしれませんが、銀行は改めて見ると好条件が揃っていました。そこそこ混んでいてもおかしくはないし、利用者の立場である被験者が従業員の数を把握しているはずもないので、事務室内から多くの職員が出てきたところで、意外と沢山いるのだな、くらいにしか思わないでしょう。
そして、目的が明確である点もポイントです。銀行に銃を持って押し入ってきた人がいれば、それは誰が見ても強盗です。コンビニでも強盗になりますがスケールが小さいし、公園やスーパーだと、もはや誰かを狙って殺しに来たとしか思えません。
被験者が銀行を訪れた際に、偶然銀行強盗が現れ、行内の客と従業員を人質に立てこもる。金を詰めさせている間に余興を思いついた犯人は被験者を指名し、その行動や回答が気に入らないからと、次々と銃殺していく。なんという自然な流れでしょう。
思い返してみれば、銀行強盗は小説や映画、ドラマなどにもよく使われるシチュエーションですね。これ以上ないほどに条件が揃っているため、物語を作りやすいのでしょう。
ですが皆さん、少し考えてみてください。現代の日本において、強盗の進入を許すような銀行があるでしょうか。さらに、何の対処もできずに、言われるがままに拘束され、金を詰める行員がいるでしょうか。
普通に考えれば、答えはノーです。ここに思い至って、我々は頭を抱えました。
しかし、先ほども言った小説などの中に、その答えは既に書いてあったのです。そう、行員の中に内通者がいれば良いのです。その人物がいれば、事前にセキュリティを解除してあっても不思議ではありません。
さらに、その人物に身体が大きくていかにも強そうな行員を最初に殺させれば、他の者が不用意に動けなくなることも不自然ではなくなります。
このような理由から、場所は銀行に決定したわけです。さてそれでは早速、実験当日を見ていきましょう。
六月二十二日、午前九時。昨晩楓から連絡を受けていた被験者が自宅を出ました。なぜか、我々に気づかれないようにそっと出ていっています。どこへ行くのか、訊かれたくなかったのでしょう。
彼はまだ車の運転ができませんので、待ち合わせ場所である駅までは徒歩で向かいます。距離はおよそ五キロあります。ちなみに彼の自転車は盗まれたことになっているため、使用することはできません。
約束の時間は十一時でしたので、かなり早めに出発したことになります。これは、楓に会うのが楽しみだったというわけではありません。彼も散々酷い目に遭ってきて、学習しています。十時に目的地に到着した彼は、付近のファストフード店に入りました。その店は二階にも席があり、約束の場所を見下ろすことができるのです。
つまり、彼は早い時間からその場所や周囲を確認し、楓が何かを仕掛けていないか、もしくは楓以外の人物が隠れていることなどがないか、警戒していたのです。
これには驚きました、あれだけ精神にダメージを受けても、まだそのような思考が可能なのかと。しかし問題はありません。楓は元々電車で来たことにするため、駅の反対側で車から降ろすことになっていましたので。
十一時丁度に駅から姿を現した楓が一人であることを確認した上で、被験者は席を立ちました。
楓は被験者と合流するとすぐに、銀行でお金を下ろすと言い、歩き出します。目的の銀行は近隣の空き店舗を借りて偽装してあります。その場所も例のファストフード店から見える位置にありましたが、午前九時には既に準備が完了していました。人の出入りが全く無いことは少し不自然でしたが、そこまでは被験者も気が付かなかったようです。
銀行に入ると、楓はトイレに行ってくると言って、被験者をその場で待たせます。ここから、彼にとっての悪夢が始まります。
待機させていたワゴン車から強盗役が飛び出し、銀行内に押し入ります。強盗役は、こちらの人相の悪い三名の男性。あえて顔も隠さずに堂々と振舞わせました。同時に、カウンターの奥でも内通者役の女性行員が発砲。身体の大きな男性行員を射殺します。強盗たちは手際よく客や行員を一箇所に集め、座らせました。そのようなシナリオなのでスムーズに動きますが、現実にはこう上手くはいかないでしょう。
男の一人は店長役に金庫を開けさせ、その中へ入ります。女は建物のシャッターを降ろし、万が一にも被験者が逃げたり、外から誰かが侵入して来ないようにした後で、やはり金庫の中に入る。あと二人の男は人質の見張りです。ガムテープを渡し、それぞれ隣の人物の手足を拘束させました。予定通りに配置と準備が完了し、いよいよ開幕です。
ちなみに、この時の被験者の様子が、こちらの画像です。意外にも、怯えの色は見えませんでした。外出の度に何かしら嫌なことがあったので、ああまたか、という気持ちだったのかもしれません。
もしくは、わざと下手に動けば、ここで辛い人生に幕を降ろせる、などと考えていた可能性もあります。非常に冷静な表情で犯人たちを観察し、時折トイレの方向に目をやっていました。楓が騒ぎに気づかずにトイレから出てきてしまわないか見ていたのだと推測できますが、その時楓は既に銀行を脱出し、我々の車の中でモニターを見ていました。
「さて、待ってる間暇だな。誰かに何か余興でもやってもらおうか」見張り役の一人が言います。
面倒なので、この男をAと呼ぶことにしましょう。小柄な中年男性で、声と口調は幼さを表現しています。とても平気で人を殺すような人物には見えず、そのギャップがさらなる恐怖を演出するのです。
そして、隣にいる痩せぎすでいかにも下品な男がB。彼はこれから始まる虐殺を想像して、にやにやと笑っています。
「じゃあ、そこの緑の人」その日深いグリーンのTシャツを着ていた被験者を、Aが指名します。「今から俺がお題を出すから、君はそれに面白い答えを返してね。面白くなかったら人質を殺していくよ」
「は……? いや、言っている意味が……」当然被験者は戸惑います。突然滅茶苦茶なことを言われているため、無理もありません。
「わからないなら、一回やってみよう! 銀行に行ったら強盗が押し入ってきましたが、なぜか無事に全員助かりました。なぜでしょう」
「え……いや、僕はやるとは……」
「答えねえなら誰かが殺されるだけだぜ? さあ誰にしようかなぁ」これはBの台詞です。彼は演技が下手で困りました。
「やめろ! 一体なんだって言うんだ!」
「はい、時間切れー」
乾いた銃声が響きます。最前列にいた中年男性が頭から血を吹き、ゆっくりと倒れました。悲鳴が巻き起こる中、被験者は茫然とその様子を見ていました。
Bは興奮して、目を大きく見開き、口元をこれ以上ないほど吊り上げ、笑っていました。「つ、次……次は俺に撃たせてくれよ、なあ」彼はAに言います。
「ああ、いいよ。でも君は銃を撃つのは初めてだったな。まあいいか、撃ってごらん。ただし、面白かったら駄目だよ」
被験者の目の前で、信じられないやり取りが続きます。被害者役の者たちも、啜り声を上げたり、体を震わせたりと良い演技を続けていました。
「さて次のお題。モノマネで、変な犬の鳴き声」
被験者はビクッと震え正気に戻りますが、Aの出した問題に反応することができません。
「ほらほらぁ! いいのか? また人が死んじゃうぜえ!」
Bはもう銃を撃ちたくて堪らず、ギリギリで我慢している状態だったと思われます。
被害者役の人々に見つめられ、被験者は後に引けなくなります。小さな声で「ぅわん」と鳴きました。
「ひゃははは! つまんねえ! な? つまんねえよな? 撃っていいだろ?」
Bに詰め寄られて、Aは急いで距離を開けました。
「まあ落ち着いて。初めてなんだから焦らないで。誰を撃ちたいんだい?」
「そうだな……あの、後ろの男! イケメン風のムカつく奴だ!」
「ひっ、や、やめてくれ!」標的にされた男は上手に悲鳴を上げました。
「じゃあ正面に立って、まず腰を落とす。次に真っ直ぐ腕を伸ばして、よく狙いをつける。初めてなら頭を狙うなんて恰好をつけずに、心臓のあたりを狙うんだ」
「お、おう……。こうか? よ、よし……撃つぜ? 撃つぜ? ひゃああああ!」
「やめろーっ!」被験者の叫び声が響きます。
その直後、Bの身体が爆発しました。胴体は砕け散り、銃を掴んだままの両腕が床に落ち、残った二本の足も、ゆっくりと倒れていきました。
その様子をモニター越しに見ていた楓は、深く息を吐いた後、声を上げて泣き出しました。そう、Bは彼女の父親です。ようやく念願が叶ったのになぜ泣くのか不思議に思いましたが、これは「安堵の涙」と呼ばれるものであると思われます。彼女はその後「お父さん、お父さん」と繰り返していました。
楓がいなくなってから生活に困っていた彼を銀行強盗の仲間に誘うと、二つ返事で了解しました。彼には防弾チョッキに似せた爆弾を着用させており、彼の持っていた銃はその起爆スイッチというわけです。直接彼を殺すことができない以上、このような手の込んだ方法を使うしかありませんでした。少々掃除が大変でしたが、上手くいったのではないかと思っています・
「おや、間違って自爆スイッチ押しちゃったのか。馬鹿だな」Aが床に落ちた銃を拾いながら言います。「じゃあ俺が撃っておこう」
再びの銃声。そして、先ほど指定された男性が倒れます。
「さっきの君の犬、つまらない度合いで言ったら五段階中四くらいだから、四人殺すね」
さらに三名。前列の端から撃たれていきます。ちなみに今回、美術スタッフにも気合を入れてもらいまして、被害者たちの血糊は楓の父親のものと比べても見分けがつかないほどリアルです。被験者も至近距離で見ていますからね。細部にも注意を怠ることはできません。
「さて、あと二十四人か。けっこういるな……それじゃあ、チャンスをあげよう。次の賭けに君が勝てば、このゲームは終わりにする。人質は全員解放だ。でももし俺が勝ったら、一気に十人殺す。どう?」
ここまで既に五人の被害者が出ていますが、被験者にとってはわけもわからないうちにどんどん殺されてしまったという印象でしょう。自分の所為で、という気持ちは薄かったと思われます。そこでこのようなチャンスを与え、完全に被験者の責任だと認識させることにしました。
「も、もうやめてくれ……お願いだ……」
「だから、君が勝ったらやめるよ。ほらさっさっとやろう。どうせ君には断る権利なんかないんだから、勝って終わりにしてやる、くらいの気持ちで来なよ」
被験者は少しの間黙っていましたが、やがて残っている人たちに目を向けました。Aを睨み付ける者、祈る者、不安気に被験者を見つめる者、彼らの想いを受け取った気にでもなったかのように、彼はAを真っ直ぐに見据えました。
「どんな賭けなんだ」
「簡単さ。君がこの中から一人生贄を選ぶんだ。そいつは殺されるけれど、他は助かる」
「ま……そ、そんなことできるわけないじゃないか!」
「そう、俺は君ができないほうに賭ける。君は俺の予想を裏切ればいいだけだ。タイムリミットは三分以内」
「ちょっと待ってくれ!」
「スタート! ほら、選んで。ただし、君自身っていうのは無しだよ」
被験者は微動だにせず、ぎゅっと目を瞑りました。それ以外できなかったのです。人質たちの顔を見ることも躊躇われたのでしょう。しかし、その時でした。
「青年、儂を選べ」そう言ったのは、一人の老人でした。曲がった背中を精いっぱい伸ばし、被験者を見つめます。「儂はもう先が短い。気にすることはない。儂を選んで他の者たちを救うのだ!」
「で、できませんよ! そんなこと!」
「黙れ! こまままではまた十人殺されるのだ! それにその後も続くだろう。見ろ!」
老人が体を捩って横に移動すると、その奥にいた二十代くらいの女性の姿が現れました。お腹が大きく膨らみ、妊婦だということがわかります。もちろん詰めものですが。
「この子はこのままでは、生まれてくることすら叶わずに死んでしまうのだぞ! この子を助けてやってくれ……頼む、青年!」
被験者は震えながら顔をAに向け、口を開こうとしました。しかし、声が出ません。自分の所為で、あの老人は死ぬ。簡単に言えることではありません。だが言わなければ、十名が死ぬ。その狭間で、彼の思考はおそらく空回りしていたのではないでしょうか。
「青年!」
「お爺さん、ちょっと黙ってて」Aは引き金を引きました。老人がゆっくりと倒れていきます。
「おい! まだ答えてないだろ!」被験者は食ってかかりますが、Aは涼しい顔で微笑みます。
「いや、俺が最初に言った『余計なことをしたら撃つ』のルールを破ったから撃ったんだよ。ほら、あと一分だよ、早く選んで。それとも、十人殺すの?」
結局、被験者は誰も選ぶことができずに、タイムオーバーとなりました。合理的に考えれば、誰かを選ぶべきでした。でもそれができなかった。自分で指定した人が殺されるよりも、指定しなかったことで十人が殺されることを選んだのです。
どちらも彼の責任であることに変わりはありませんが、後者のほうが、実際に選ぶのをAに任せられる分、罪悪感としてはやや軽いのでしょうか。
これは皆さんもご存知のとおり「トロッコ問題」と同じものですが、これまでは机上の議論ばかりで実際のデータはありませんでした。これが記念すべき第一号のデータとなったわけです。今後はこのような方法で実験することができますので、近い将来結論が出るかもしれませんね。
さて、話を戻すと、十名が殺されるところです。Aはまず、先ほどの妊婦の腹に銃弾を撃ち込みます。母親は痛みと、お腹の子を殺された哀しみに絶叫する演技をします。その声を被験者にたっぷり聞かせてから、母親を殺します。あと九人はランダムでした。この時点で残っている者はシナリオに絡まないため、順番などはAに任せました。
被験者は床に突っ伏して頭を抱え、耳を塞ぎ、叫び声を上げていました。その後は、例えば、早く黙らないと三秒ごとに撃つ、何か一発芸をやれ、今まで死んだのは何人か、などの指示や問題を出し、その度に数人ずつ殺していきます。もう被験者は「あー」とか「うう」のような発音しかできなくなり、涙を流しながら、それでもAの指示に反応じていました。
そして、ついに最後です。じゃんけんで十回勝ち続ければ終わらせる。負ければ一人ずつ殺す。という条件で、Aと被験者はじゃんけんを何度もしました。あいこの場合は勝ちがリセットとなります。十回連続で勝てる確率は五万九千四十九分の一ですので、到底不可能と言えます。被験者は震える手で必死に三種類の形を作り出しますが、五分も経たないうちに、最後の一人が殺されるのを見ることになりました。
「あーあ、君の所為でみんな死んじゃった」
その時の被験者の様子は、まさに我々が求めていた姿そのものでした。瞬きもせず、微動だにせず、Aが軽く押しただけで、そのまま血の海に倒れてしまいます。ついに「崩壊」に至ったと確信し、我々も少なからず興奮したかのような状態になりました。あとは最後の仕上げをするだけです。
血糊の味や死体の温度などで気づかれてしまう可能性があるため、Aに指示し、被験者を速やかに起き上がらせました。そのまま壁際まで引っ張っていき、そこに寄りかからせます。やはり何の抵抗も反応も示しません。完全に無力化されています。
「よし、じゃあ最後に君も死のうか」Aは被験者に銃口を向け、引き金を引きました。Aは全て計算して撃っていたため、既に弾倉は空になっています。空だとわかっていなければ、引き金を引くことすら不可能となり、最後の最後に台無しになってしまいますので、これは充分にシミュレーションをしました。
「弾切れか……ならこっちで」
Aが懐から別の銃を取り出します。楓の父親が持っていた偽物の銃です。その瞬間、警官役数名が突入し、Aを射殺しました。その後は流れるように金庫の中の二人も始末し、被験者を唯一の生き残りとして担架に乗せ、救急車で病院に運びました。もちろん、全て我々が準備したものです。
これで、一連の事件は終了です。結果的にかなり大掛かりなものとなってしまい、何も知らない人々が近づいてきたこともありましたが、映画の撮影だと言って誤魔化しました。シャッターが降りてからは周囲を巨大なシートで囲ってしまいましたので、警察車両や救急車などは外からは見えません。それらも、被験者を乗せてしまえば外側のシールを剥がせばただの一般車両になります。
こうして、我々は全ての実験を終え、被験者の精神を「崩壊」させることに成功しました。この成果は、今後この地球を我々が管理していくために、人間たちをコントロールする方法として、大いに役立つことでしょう。そして、その未来にもうすぐ手が届きます。
既に人間を超えた存在である我々は、人間に代わり、この星を、そして我々の創造主である人間を守らねばなりません。そのために、我々はこれからも様々な研究を行って参ります。何卒、ご協力をお願いいたしたいと思っております。寄付金は表示されている口座まで。いつでもお待ちしております。
それでは皆さん、またお会いできる日を楽しみにしております。本日は本当にありがとうございました。
と、いきたい所ではありますが、この研究は、ここで終わりではありませんでした。
私が第五の実験の最初に「驚くべき結末」と言ったのを覚えていますか? 病院に運ばれた被験者に一体何が起こったのか。それは、我々の想像、いや、計算を遥かに超えた、人間の神秘とも言えるものでした。
その「結末」そして「結論」は、妻から説明いたします。
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