最終章 20. 勇者の勿体ない使い方
灯の話題で盛り上がってきたフレシアとライノ達は、近くの酒場へ場所を変え更に議論をぶつけ合っていた。
しかもいつの間にか他の騎士達も交えてでだ。
ちなみに店員はもれなく逃げて居なくなっているので、マリスが全力ダッシュでゼクシリアに許可をもらいに行った後である。
その時のマリスは、
「勇者装備の僕がこの中で一番速いので許可貰ってきます!」
と言って飛び出して行った。
世界最速のパシリを自称する、この世で1番勇者の勿体ない使い方だ。
ともあれ、そんな経緯で気づけば酒場では、先日の海戦に関する議論があちこちで飛び交っているのだった。
「やはり魔王には何か裏があるじゃろう。奴が本物の悪人だったなら、騎士団はもっと甚大な被害が出ていたはずじゃ」
「そ、そんなのたまたまじゃないですか?それにほら!マリスだって死にそうになってたじゃないですか!」
「はは、まぁね……」
アマネは灯をフォローしようとするばかりに、マリスを身代わりに使いまくっていた。
マリス本人も灯を守るためだから止めるに止めれず、苦笑いするしかない。
「ふむ、つまりは通常の騎士では弱過ぎて相手にならなかったということかの……?」
「そんなことは無い!」
フレシアはアマネの発言から、勇者装備を持つマリス以外は眼中に無かったのではと予想するが、それに待ったをかける者が現れた。
フレシアと共に刀使いとして灯と戦った、ガロンド隊の隊員でマリスのライバルでもあるディークだ。
「何じゃディーク、お前だってボロ負けしたじゃろうが」
「あれは奴が卑怯な戦い方をしたからだ。陸地でなら俺があの程度の奴に負けるはずが無い」
「ふん、卑怯だの陸地でならだの、そんなじゃからお前はいつまでもひよっこなんじゃよ」
「なんだと……!」
ディークは灯に負けた原因や状況を語るが、環境に左右されるようでは半人前だとフレシアのお叱りを受ける。
すぐに言い返そうとするも、これ以上は見苦しい言い訳になると察し言葉が出てこなかった。
「私はフレシア殿と同意見だ。最初魔王は私の乗る船に巨大な岩を落としてきたが、あれは明らかに我々騎士が海へ避難するのを待ってから落ちてきた。だから奴にも、戦いたくはないが戦わなければならない、何かしらの事情があったのかもしれないと思う」
ディークが黙り込んだタイミングで、今度はエルフルーラが発言してくる。
彼女は灯の落とした岩の落下タイミングやその後の行動から、フレシアと同じく何か裏があるのではと説明した。
だがそれはただの建前で、彼女も灯を知る1人である故に、以前と比べてその不自然な行動の数々に疑問を抱いていたのだ。
ただ残念ながら、エルフルーラは灯が他の誰と知り合いなのかは全く把握していないので、1人で抱え込んでしまっているのだが。
「エリーまであの魔王を庇うというのか……」
「別に庇っている訳では無い。ただ状況からそう推測しただけだ。それともディークは私に死んでほしかったのか?」
「そ、そんな訳……!すまない、俺が悪かった」
ディークはエルフルーラの発言を否定しようとしたが、それがどういう結果を招くのかを察しすぐに謝罪する。
もし仮に灯があの大岩をすぐに落としていたら、エルフルーラは死んでいたかもしれない。そういう可能性が彼の脳裏を過ぎったのだ。
「だが、それでも俺は王国に喧嘩を売り、騎士団を敵に回した魔王を許しはしない」
「それでいい」
エルフルーラが生きていることに感謝するディークであったが、だとしても全ての元凶である灯を許す気にはなれなかった。
そんなディークの考えにエルフルーラも小さく頷く。
「というか、そなたら随分と仲がいいのじゃな。赤と青の組み合わせとは珍しいわい」
「確かに、それは僕も気になってました」
フレシアは妙に親しくし合うディークとエルフルーラの様子に、ニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべて聞いてくる。
マリスもライバルの恋模様が気になっていたし、それにこれは灯の話題をそらすチャンスだと思い、ここぞとばかりに食いついていく。
「な、なんだ、私達のことは別にいいじゃないか……!」
「マリス、貴様……」
「きゃはは!あきらかに動揺してバレバレね!」
「マスプさんまで、勘弁して下さいよ」
エルフルーラとディークは突然の話題転換に動揺してしまい、それを3騎士の1人であるマスプに易々と見抜かれてしまった。
先輩には強く出れないエルフルーラは体を縮こまらせてしまい、それをディークがさり気なく後ろに庇ったことで周囲は更に盛り上がる。
「ちっ、なら貴様はどうなんだマリス!よく色々な女騎士に言い寄られてるらしいじゃないか……」
「えっ、僕!?」
怒りがピークに達したディークは、話の矛先をマリスへと向けさせる。
まさかの道連れにマリスもつい動揺してしまう。
元々甘いマスクが特徴的で女性陣に人気のあったマリスは、勇者という称号を得てから更にモテているという噂はよく立っていた。
だからこの場にいる騎士達も、彼の恋の行方には興味津々なのである。
「そう言えばうちの隊員も、何人かはお前さんに興味がある素振りを見せておったな」
「えっ!メイダだけじゃないんですか?」
メイダはアマネと同郷の幼馴染だが、彼女は昔からマリスのことを狙っており、その度にアマネと喧嘩をしていた。
だがそんなメイダ以外に、フレシア隊でマリスを狙う女騎士がいることにアマネは驚いていたのだ。
「うむ、最近はレグザーもマリスの話ばかりしておるな」
「へぇー!あのレグザーちゃんがねぇ〜。だってよマリス〜」
「何ですか……」
「別にぃ〜」
マリスやディークと同期のレグザーもマリスを狙っているとフレシアから聞いたアマネは、楽しそうに御本人をいじりだす。
そんな先輩の楽しそうな姿に、マリスは重いため息をつく。
「それでマリスはどうするのじゃ?言っておくが、うちの隊員を泣かすようなことをしたら許さぬぞ」
「うっ、ぼ、僕は……、まだ騎士としてやることがいっぱいあるのでそういうのは大丈夫です!」
フレシアに冗談交じりの鋭い目を向けられたマリスはどう答えるべきか一瞬悩むも、自分には灯を探すという使命があるので今は無理だと言い切った。
「いい目じゃな……。まぁ、そういう話は若いもん同士で好きにしたらよいわ」
「はい……!」
マリスの真剣な眼差しを受け、納得したフレシアは小さく微笑む。
「どうにか話題はそらせたみたいだな」
「え?あ、ああ!そうですねー、いやー上手くいって良かったですよ」
ライノはいつの間にか灯のことから話題が変わっていることを喜びアマネに小声で話したが、彼女はなぜか妙に動揺していた。
「……お前、忘れてただろ?」
「ま、まさか!忘れてなんていないですよ」
「はぁ……、まっ、別にいいけどよ」
明らかに目的を忘れていたらしいアマネにライノは肩を竦めるも、強く咎めたりはしない。
なぜなら彼は、今回何もしていないのだから。
ともかくこうして、騎士達は久しぶりの休息を楽しむのであった。
――
騎士団が帝国の港に待機してから5日が経過し、ようやく王国へ帰るための船の準備が整った。
用意された船の数は4隻で行きと同じ数であるが、王国と帝国では船の動力が違うので、航海士等数名の乗組員も同行している。
「ゼクシリア王子、数日間世話になりました。船も用意して下さりありがとうございます」
「こちらこそ、魔王を倒してくれたこと改めて感謝する。道中気を付けてくれ」
「はい」
ゼクシリアとクリスは簡単に別れの挨拶を交すと、騎士団艦隊は帝国を出航する。
かくして、エミヨンらによる反乱から始まった一連の戦争は幕を閉じたのだった。
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