最終章 エピローグ:王国のその後
勇者マリスと魔王灯の戦いから20年後、世界の情勢は大きく変わっていた。
「マリス様どうですか、鎧の調整具合は?」
「うん、悪くないよ。この前よりも移動距離は伸びてたし、魔力の消費も抑えられてる」
「そうでしたか!それは良かった」
マリスは現在、勇者の鎧のワープ能力を強化する実験に着手している。
「時空を移動するのはまだ難しいかな」
「何度も説明しているように我々人間の使える空間魔法は単なる移動手段であり、それ以上の力を求めるなら伝説の竜にでも頼まない限りは無理ですよ」
30年の間、ワープ能力の向上だけに尽力してきたマリスだが、結果は思うようにいってはいない。
「そうか……、でも封印されている魔王は異世界に逃げ込んでいる可能性もあるんだ。どうにか研究を続けてみてくれ」
「分かりました……。やれるだけのことはやりますが、あまり期待はしないで下さいよ」
「頼むよ」
研究員に今回の実験の報告を済ませたマリスは、今後の方針を伝えその場を後にする。
次に彼が向かった先は、訓練士が剣術の訓練に励む修練場だ。
「あっ、マリス様だー!」
「勇者様―!」
マリスが魔王を倒したという英雄譚は現在、子どもが読む童話では一番人気の物語となっている。
そのため子ども世代からマリスは、生ける伝説であり憧れのヒーローであった。
「皆上手くなってきてるね。偉い偉い」
「やったー!マリス様に褒められたー!」
「マリス様も一緒にやりましょうよー」
マリスが現れた途端訓練士達はマリスの周りを囲み、眩しいほどの笑顔を振り撒いていた。
「ははは、ごめんね今日は忙しいからまた今度しよう」
マリスは無邪気に誘ってくる訓練士達に、申し訳なさそうに謝罪する。
魔獣が消え、帝国とも前以上に強固な同盟条約を結んだ昨今、騎士や冒険者の需要は大きく減りつつある。
そのため昔は1000人規模だった訓練士も、今は50人程に減衰していた。
「ここに来るとは珍しいの。何かあったのか?」
「フレシアさん、いえただ研究が上手く進んでなくて、気分転換に寄ってみたんです……」
「ふむ、確かお前さんらは異世界へ向かう手段を探しておるんじゃったな」
「はい」
フレシアは現在、かつての隊を解散させて訓練士の教官を務めている。
騎士の需要が低くなった今では、彼女の様な実力者に鍛えてもらい少しでも騎士の質を上げようというのが国の狙いであった。
「なかなか無謀な話でもある。本当に魔王はそこに居ると思うのか?」
「そこ以外に可能性はありません」
「随分な自信じゃ。いや、ここは信頼と言うべきかの」
「……」
この長い年月の間でフレシアは何かに気づいたのか、時折全てを見透かしているような笑みを見せる。
彼女にはもう、マリスと灯の関係も見抜かれている可能性は高かった。
「すまんすまん、探るような真似をしてしまったな。確か今日はライノ達も帰ってくるのじゃろう?ならそっちの報告に期待じゃな」
ライノ隊は騎士が減った今、ライノ、アマネ、ロイネー、タックスの4名で動いており、世界各地の異世界に関する知識を収集する任務に就いている。
今回は2ヶ月ぶりに王都へ帰還するとあって、マリスも再会を楽しみにしていた。
「そうですね、では僕はもう行きます。訓練の邪魔をしてすみませんでした」
「いやいや、お主が来れば小童共のいい刺激になる。またいつでも顔を出しに来ておくれ」
フレシアと訓練士達に別れを告げたマリスは、ライノ達が戻るまでの時間をこれまでに集めた情報の整理に当てることにした。
そこで向かった先は、国の情報を管理している資料庫である。
「失礼します」
「おおマリスか、久しぶりだな」
「エリーも元気そうだね」
エルフルーラは10年ほど前にディークとくっついてから、商業都市リベンダを出てこの資料庫に務めている。
既に2児の母である彼女は騎士を引退して、今は裏方で頑張ってくれているのだ。
「今日はどうしたんだ?」
「ライノ隊長が帰ってくるからそれまでに資料を整理しておこうと思って」
「魔王の所在か、なかなか見つからないものだな」
「はは、場所の宛はあるんだけど行く手段が厳しくてね」
この両者は、未だに互いが灯を知り合いであることを知らない。
だから2人とも灯を見つけたら、命を奪うつもりなんじゃないかと思い込んでいてうわべだけの会話が続いているのだ。
「マリスか、ここに居るのは珍しいな」
「久しぶりだねディーク。任務帰り?」
「ああ」
ディークは現在も騎士を続けており、今では引退したクリスの代わりに3騎士の1人として君臨している。
しかし現在の騎士団の任務は、ほとんどが騎士や冒険者崩れの犯罪者を相手にしているので、元同業者を取り締まる心労は重くなっていた。
「こんな世界になったのは全て魔王が元凶だ。見つけたらこの俺が必ず斬る」
「相変わらずだね。でも残念ながらまだ手掛かりは掴めないままだよ」
「お前達調査班の苦労も分かっているつもりだ。今のは俺のわがままだから気にするな」
ディークは何年経とうが灯を憎み嫌っている。そしてそれはこの世界に住む人間ほぼ全ての、共通意識でもあった。
まさに灯の狙い通りの結果であったが、その悲しい現実にマリスはいつも心を痛めている。
「ほら、これがこれまでの魔王に関する資料だ」
「ありがとうエリー。それじゃディークもまた」
「ああ」
エルフルーラから資料を受け取ったマリスは、2人に別れを告げるとその場をあとにする。
その後はライノ達が帰還するまでの間、過去の資料を整理して時間を潰していた。
――
夕暮れ時、調査に出ていたライノ隊が王都へ帰還した。
マリスは早速彼らと合流すると、今回の調査の報告を受けることとなる。
「お疲れ様です。今回はどうでしたか?」
「ダメだ、これといった手掛かりは今回も無し!」
「そうでしたか……」
20年間、世界各地を調査し異世界への行き方を探っていたが、手掛かりは何も見つかっていない。
「人間の力じゃ行けない場所なんだろうな」
「それでも、僕達は灯の所へ辿り着かなければいけないんです」
「それは分かってる。でもな、世界へ回る度に言われるんだ、「魔王から守ってくれてありがとう」、「魔王を倒してくれてありがとう」ってな。俺達のやってることは、この世界にゃ求められてない。今やってることは、俺達のわがまま何じゃないか?」
「……」
そう語るライノの言葉に、マリスは何も言い返せなかった。
言い返そうにも、頭の片隅で彼と同じことを考えてる自分が居たからだ。
そのことが悔しいのか、マリスは唇を強く噛み締める。
「まぁまぁ、そういうことを考えるのはやめとこうよ。それよりさ、今回はいい報告もあるんだ!」
「どんなですか?」
「なんと!世界各国の技術者達が結集して、王国での魔道具開発に協力してくれることになったんだ!これで勇者装備も更にパワーアップだね」
アマネは重苦しい空気を吹き飛ばすように、明るい笑顔と声音で今回の成果を語る。
彼女のおかげで、暗い顔になっていたライノやマリスにも元気が戻ってきた。
「へっ、うじうじ余計なことを考えるのは俺らしくねぇか……。よっしゃ!魔道具ばかりに頼ってねぇで俺達もどこかに抜け道がないか、世界中をくまなく探し回るぞ!」
「おー!」
「相変わらず調子のいいリーダーですね」
ライノは大声で隊員や自身を鼓舞し、それにアマネも同調した。
そんな暑苦しい2人を、ロイネーが1歩引いてやれやれといった様子で眺めている。
「僕も、勇者装備の能力をもっと引き出せるように頑張ります!」
そんなライノ隊の雰囲気にあてられたマリスも拳を強く握り締め、そう決意を新たにする。
こうして彼らは今日も、灯を見つけ出すべく努力し続けるのであった。
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