最終章 14. 大切な人を想って
「クアァァァァア!」
クリスタルに体を包み込まれた灯や、モンスターボックスから溢れでてきた魔獣達と共に、クウはワープで竜の島へと一瞬で移動した。
これは灯を失ったことによるショックで暴走して発動してしまった空間魔法である。
だが灯との冒険の日々がクウの力を成長させていたため、無意識下でも目的の場所へ移動出来たのだ。
「とにかく俺達でクウの後を追うぞ!」
「カイジン、あなたはもしもの時のために残ってて!」
「承知し――、ま、待て!クウが帰って来たぜよ!」
ガンマとシンリーが率先して、突然飛び出して行ったクウの後を追いかけようとしたが、その直前でカイジンが空にワープホールが出現したのを確認した。
「もう帰ってきたの!?」
「ご主人様も一緒?」
「まだ分からないですわ」
「クウ、大丈夫でしょうか……」
カイジンの言葉に海へ向かおうとしていた魔人達は集合するが、出現したのはワープホールのみでまだクウの姿は見えない。
魔人全員とリツ、それに数人の獣人族が黒く巨大な穴を不安げに見つめる中、遂にワープホールからクウが姿を現してきた。
「クウゥアアアァァ……!」
ワープホールから出てきたクウは、大量の涙を流し悲痛な叫び声を上げていた。
灯の無事な姿を信じていた一同は、そのあまりの絶叫に言葉を失う。
表情は凍りつき、嫌な予感が脳裏を過ぎっていく。
漆黒の穴から降りてくるクウがしがみついている虹色のクリスタルに、一同の目は釘付けとなっていた。
そしてやがてその全貌が見え始めた時、周囲から小さな言葉が漏れだす。
「う、嘘、でしょ、ダーリンなの……?」
「あん中にいるの、大将なのか?」
「ご主人様……」
「あれは何なのですか……!?」
「と、殿ぉー!」
全長3m程はある巨大なクリスタルの内部に封じ込められた、灯のあまりに無残な姿を目にした瞬間、魔人達は恐怖し、初めて背筋に悪寒が走った。
「灯、ま、まさか、死んでしまわれたのですか……?」
やがてワープホールから落下し、重厚感を覚えさせながら地面に着地する巨大クリスタルを包まれた灯の姿を見て、リツは死んでしまったのかと疑う。
だが、その目はすぐに別のある場所へと向けられた。
それは、灯の腹部に明らかに不自然に刺さったままの剣だ。
「あの剣、もしかして騎士団の奴らが使ってる奴じゃない!?」
「クリスタルはあの剣から生えてるみたいぜよ」
「なら、あれを抜けば灯は助かるということですか!?」
シンリーが剣の正体を見抜き、カイジンもそれをクリスタルの発生源だと断定する。
そんな2人の説明を聞いたリツは、元凶である件の剣を抜けば灯を助けることが出来るのではと提案した。
その言葉を皮切りに、魔人達やその場で立ち竦んでいた獣人族達も引き抜こうと同時に動きだす。
「おいお前ら!息を合わせて一気に引き抜くぞ!」
「シンリー、剣が抜けたら灯の治療は任せましたわよ!」
「えぇ!もちろよ!」
回復役のシンリーは皆から少し離れて、即座に治療に入れるよう準備をする。
そしてそれ以外の全員が剣の柄やそれぞれの胴にしがみつき、ガンマの合図で一斉に引き抜く。
「うぉらあぁぁぁぁあ!」
「ぬ、抜けてぇぇー!」
「うおぉぉぉぉぉぉー!」
力自慢のガンマ、ドロシー、カイジンが魔力を惜しみなく吐き出し全力で引っ張る。
「ま、まだまだ……!」
リツは鋭い口で最後尾を後押しする。
「「「引けえぇぇぇぇえ!」」」
獣人族達は息を合わせて力を結集して引く。
この場にいる全ての者が、灯を助けるというただ1つの目的の為に全力を注いだ。
「……」
しかし、どれだけ強力な力を持つ者がいようと、多くの者が力を合わせようと、灯を包み込むクリスタルは微動だにしなかった。
その表面には、小さな傷1つでさえ付かなかったのだ。
「クアアァァァァア!」
全身の力を全て使い果たし、立ってることさえ困難になりバタバタと皆が倒れていく中、クウの泣き叫ぶ悲痛な声だけが響き渡っていた。
この場でクウだけが直感で理解していたのだ。
こうなった灯を救う術など、何1つとして無いということを。
「ダーリン……、そんな、これでお別れなんて、やだよぉ……」
もう灯と話すことも触れ合うことも出来ないという現実を徐々に実感しだし、シンリーは目から涙を零しだす。
その量はしだいに多くなり、気づけばクウと同じように泣き叫んでいた。
「……くそっ!」
「殿ぉ、まだ話したいことがいっぱいあるんぜよ……!」
ガンマは悔しさから地面に八つ当たりをし、その結果竜の島に巨大な亀裂が走る。
カイジンは魔人の仲では1番付き合いが短かったせいか、まだまだ話せてないことが沢山あったのだ。
「もうご主人様と一緒にご飯食べれないの……?」
「貴方様、こんなに可愛い子達を悲しませるなんて、最低ですわよ……」
いつもは感情に乏しいドロシーも、今回ばかりは灯との別れを直感したのか、悲しみが溢れてくる。
そんなドロシーやシンリーの背中を擦りながら、お姉さんであるシーラは深い眠りにつく灯に嫌味の籠った言葉をぶつけた。
そこには彼女自身の気持ちも込められている。
「灯、私はままだ、貴方に受けた恩を返せていないのですよ?何を勝手に、そんな所に閉じ篭っているのですか……」
世界の創造という竜王の、自身の望みを叶えてくれた灯にリツは多大な恩を感じていた。
だからこそ突然こんな別れを突きつけてくる灯に憤りと悲しさが押し寄せてきたのだ。
ふと気がつけば、クリスタルの周辺には灯を囲む様に仲間にしていた魔獣が並んでいた。
そうしてこの場にいる全員が灯との別れを悟り、惜しみ、力の限り悲しんで涙を流す。
そしてそれ以上に、感謝の念を込めて。
――
どれくらいの時が経っただろうか。
十分に灯との別れを惜しんだ魔人達は全員、何やら覚悟を決めたような表情で立ち上がっていた。
悲しみを超えた彼らが次にすべきことはただ1つ。
復讐だ。
「行くぞお前ら、大将の弔い合戦だ」
「えぇ、こんなことをした奴、絶対に許さないわ……。地獄の底まで追いかけて臓物を全て引き釣り出してやる……」
「シンリー発言が物騒ですわよ。まぁわたくしも気持ちは一緒ですけれど」
「うん、骨も残らず平らげる」
「食べるのはごめんだが、それ以外は皆の意見に同意するぜよ」
魔人達はそれぞれ憎しみと怒りを全身から吹き出させ、空気を唸らせながら歩み出す。
向かう先は帝国近海に集まっている騎士団だ。
が、しかしそんな彼らを前にして、立ち塞がる者達がいた。
「……おいお前ら、何のつもりだ?」
「ガウガウ!」
ガンマ達魔人の行く手を阻んだのは、灯と最後まで共に戦っていた世界全ての魔獣達であった。
おびただしい数の魔獣達はガンマらの道を塞ぐように横いっぱいに広がり、その先頭に立つマイラは抗議するように鳴き声を上げる。
「どいてよあんた達、いくら魔獣達だからって邪魔するなら容赦しないわよ!」
「ガルウゥ!」
道を開けさせるためシンリーが脅しじみた言葉を吐くが、そんなものは意に返さないとばかりにマイラが吠え返してくる。
他の魔獣達もその表情は真剣そのものであり、退く気は微塵も無い様子である。
「お前ら、大将があんな目に合わされて悔しくねぇのかよ!」
「私達は仇をうつ。だから邪魔しないで」
道を少しも譲る気のない魔獣達に魔人側も苛立ちが募りだし、脅しではなく本気で道をこじ開けようと前に歩み出る。
しかし、そんな一触即発という緊張感が場を支配する中、光よりも速くリツがその身を間に滑り込ませ両者を止めた。
「リツ!お前まで邪魔をするつもり――」
「あなた達少し落ち着きなさい。彼らは灯の気持ちを代弁しようとしてるのよ」
「ダーリンの気持ち?」
灯が居なくなった今、この場で魔獣と人間の両方とコミュニケーションの取れる数少ない存在であるリツは、復讐に向かおうとする魔人わなぜ止めるのかその理由をすでに理解していた。
だからこそ彼女は、伝えられない彼らに変わって代弁したのだ。
最後まで灯と共に戦い感じていた、灯自身の本心を。
「灯は、あなた達も魔獣達も、獣人族達も、帝国の方々も、そして戦っていたはずの騎士団達も全ての幸せを願いながら戦っていた。だからそんな優しい灯の想いは僕達が引き継ぐんだ。って、皆様仰ってますよ?」
「……はぁ?」
リツ放ったその言葉に、さっきまで怒りと憎しみに頭を支配されていたガンマは素っ頓狂な声を上げる。
まさか灯が味方だけでなく、敵の幸せまでをも願っていたなどと想像もしていなかったからだろう。
「ダーリン、相手のことまで思ってたなんて、ほんと馬鹿だなぁ」
シンリーは灯のその想いに、つい笑みが溢れてしまう。
リツの言葉から、灯と出会った時のことを思い出してしまったのだ。
「私も、ご主人様に助けられた」
かつて奴隷であったドロシーは、自分を解放し、そして名前まで与えてくれた灯のことを想い胸の前で両手を握りしめる。
他の魔人達もそれぞれ灯のことを想い浮かべ、気づけばふの感情は抜け落ちてしまっていた。
「皆様、これでもまだ復讐したいですか?」
「……はっ、やめだやめ。んなことしても意味ねーや」
「えぇ、ダーリンの守りたかったものを壊すわけには、いかないもんね」
「うん」
「そうですわね」
「全くぜよ」
気づけば魔人達の表情には、満面の笑みが浮かんでいた。
灯は封印されてもなお、仲間達の心を揺れ動かしたのだ。
そんな大切な人を想って笑い合い、皆もう復讐心などすっかり忘れてしまっていた。
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