最終章 13.封印
気が遠くなりそうなほどの痛みが全身を駆け巡る。
肩口の傷はアドレナリンでどうにか乗り切ったと思っていたが、それも今受けた腹の傷の影響で切れてしまったようだ。
「ごふっ……!」
「灯……」
マリスの肩越しにどす黒い血の塊を吐き出す。
その反応にさすがのマリスも心配になったのか、小さく俺の名前を口にする。
先程まで敵対していた相手だというのに、勇者の名に相応しい優しさだった。
「マリ、ス……。へへっ、お前の、勝ちだ、な……」
「灯……、君最後僕が剣を刺す時、手を抜いただろ」
「はっ、何のこと、だか分かん、ねーな……」
どうやらマリスは見抜いていたらしい。最後の攻防で俺が一瞬手を抜いてしまったことを。
俺は勇者の剣が腹に刺さるのとほぼ同時に、防御は不可能と判断し相打ち覚悟で、マイラの尻尾による反撃を用意していたのだ。
だが俺はその尻尾で攻撃することは出来なかった。
マイラの毒蛇は強力な酸性であるため、マリスに食らいついたら一瞬でドロドロに溶かし死に至らせてしまう。
俺はあの一瞬、自分の手で友の命を奪うという事実に直面し、恐怖から躊躇ってしまったのだ。
(俺は、完全に魔王にはなりきれなかったってことか)
獣人族やゼクシリア達を救う為に俺は魔王という役柄に徹しなければならない。
しかし最後の最後、あの瞬間だけは自分の本心が現れてしまったのだ。
俺はそのことが少しだけ嬉しかった。
そしてそれ以上に、マリスが死なないでくれたことが堪らなく嬉しかった。
「灯にも灯なりの正義があったんだろうけど、それでも僕は君が許せない。だから僕は勇者の剣の能力で君を封印する」
「封印、か……。魔王の最後にゃ、相応しいのかもしれないな」
最後まで勇者の剣の能力は不明なままだったが、それがまさか「封印」だったとは。
この戦いの幕引きにはちょうどいい能力だな。
息の根を止めない辺りは、マリスの最後の優しさだろうか。
「何か言い残すことはあるか?」
「クウ達に会うことがあったら、謝っておいてくれ……。それと、ありがとうって……」
心残りなんて数え切れないほどある。
新たな世界で皆が幸せに暮らす姿が見たかった。
1度でいいから魔法を使ってみたかった。
クウ達魔獣ともっと遊びたかった。
マリス達騎士団の皆とも仲良くしたかった。戦ってる最中も面白そうな奴が何人もいたしな。
心置き無くこの異世界を冒険してみたかった。
そして、元の世界へ帰りたかった。
だがマリスに負けた今、それら全ては叶わぬ夢と消え果てたのだ。
ならばせめて、去りゆく仲間達に謝罪と感謝の言葉を残して去ろう。
マリスは気づいていないようだが、「達」には彼ら世話になった騎士団の面々も含まれている。
不運にもかつて共に旅をしてきた仲間達と戦う羽目になってしまったが、俺は今でも彼らのことを大切な友達だと思っているからな。
「分かった、灯の言葉絶対に伝えるよ。それじゃあね、僕の大切な親友灯……、封印!」
「ふぐっ!」
マリスが声高らかに封印と叫び剣の柄を90度回転瞬間、腹に刺さっている刀身を中心に虹色のクリスタルが出現しだした。
クリスタルは徐々に膨れ上がると、俺の体を覆い被さっていく。
このまま俺は、このクリスタルの中に封印され一生を終えるのだろう。
「クウウゥゥゥゥゥウウ!」
だが、その時どこからか懐かしい鳴き声が聞こえてきた。
俺にとって全ての始まりであり、最愛の存在であるクウの声だ。
「ク、ウ……」
消えゆく意識の中で俺は小さくそう呟く。
その瞬間、目の前にあの見慣れたワープホールが姿を現し、その中からクウが姿を現してきた。
「クアァー!(灯―!)」
クウは目から大粒の涙を零し、その声からは悲痛な心の叫びが伝わってくる。
そんなクウの感情にあてられたのか、俺の目からも自然と涙が零れていた。
「クウ、ごめんな、あと、今まで、ありがとう……。これで、お別れだ……」
「クウアァー!(嫌だよ!灯行かないで!)」
「へへっ、幸せに、なるんだ、ぞ……」
俺の下半身はすでに封印のクリスタルに包まれ、足の感覚は一切無くなっていた。
意識を失うのも時間の問題だろう。
だから最後にクウの顔を見ることが出来て良かった。
言い残せたことも伝えられたのだから。
「クウゥ……!(この変なの何なんだよ!?全然消せない!)」
「無駄だよクウ、伝説の竜でもこの封印晶は消せない……」
クウは空間魔法を駆使して必死にクリスタルを消そうともがくが、そんなことは無駄だとマリスは力無く答える。
だがクウはそんな言葉に聞く耳など持たず、ひたすらに抵抗し続けた。
「クウ、心配すんな。俺は、このクリスタの中から、お前をいつまでも見守ってるからさ……」
「クウ……(そんなの嫌だよ……)」
本当にずっと見守っていられる保証など無いが、俺はクウを安心させる為にそう答える。
結局俺は、単身で騎士団に立ち向かった時同様、クウ相手に最後まで嘘をついてしまった。
「泣く、なよクウ、お前は俺にとって、最高のパートナーだろうが……。最後に相棒に、頼みがある。モンスターボックスにいる魔獣達を、連れて行って、くれないか……」
俺は薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り首にかけていたモンスターボックスに手を伸ばし、全ての魔獣達を解放する。
「しまっ!」
勇者の剣を握っていたマリスの手は、溢れ出る魔獣達の勢いに押されて離れてしまった。
そのまま抵抗することも無く、その姿は見えなくなる。
マリスともこれでお別れだ。
「クウー!」
「ガウゥー!」
「!」
「「「ブオオォー!」」」
「ギギィッ!」
「シャー!」
「ピイィー!」
「ボアァァア!」
クウ、マイラ、プルム、グラス、ホーン、ミルク、イビル、アオガネ、ライチ、イナリ。
もう俺の意識は針の先程しか残っていない中で、最後に旅をしてきた魔獣達の声が聞こえてきた気がした。
「いせ、かいの、ぼうけん、も、けっこうたのし、かったな……」
最後にそう言葉を残すと、俺の意識は遠のいていく。
ゆっくりと深い海の底に沈んでいくように、深い眠りに落ちていった。
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