最終章 15. 自分の信じた道を進む

 灯の想いを汲み取り騎士団への復讐をやめたガンマらは、クウとリツにゲートを開けてもらいジェンシャン魔獣人国へと移動を開始した。


 もうほとんどの者が泣き止んでいる中、クウだけは未だにずっと灯のクリスタルを抱いて泣き続けている。


 しかしそれでもクウは灯のためにと空間を開いてくれたのだ。




「ここが、私達の新しい世界なんですか……」




「魔王様方が創ったなんて信じられないです……」




「わぁー!凄い広―い!」




 初めて魔獣人国に足を踏み入れたラビアとネイアは、その立派な世界に感動で口をあんぐりと開けていた。


 対してまだ幼いアイラは、その無邪気な感性で触れるがままにはしゃぎ転げ回る。




「ア、アイラちゃん、そんなに設楽怒られるよ……」




「まったく心配症ね、魔人様は子どもが騒いだくらいで怒るほど小さくないから大丈夫よ」




 アイラの無邪気な行動にあわあわするセーナを、ラビア達の姉であるレイアが窘める。


 彼女は最年長なだけはあり、魔人達の性格をよく理解していた。




「もう人間に捕まることに怯えず、家族皆で幸せに暮らすことが出来るんだ……」




「灯様の、魔王様のおかげね、ほんとに感謝してもし足りないわ……」




 はしゃぐアイラの姿を眺めながら、そう呟くラビアの横にそっと並んだレイアはマリスに心の底から感謝の念を贈る。


 騎士団にとっては悪魔のような存在であった灯も、彼女達にとっては幸せを運び込んでくれた救世主であったのだ。






「さて、これから忙しくなるな!」




「うん、ダーリンの分まで私達が頑張らないとね……!」




 獣人族達に遅れて最後に世界を渡ってきたガンマとシンリーは、これから始まる新生活を前に意気込んでいた。


 それもそのはず、この世界はまだ陸と草木、それに水や大気など環境面が整っているだけで、家や食べ物など生活必需品は何1つ揃っていないのだから。


 それらは全て、これからこの世界で暮らす住民達が造り上げる必要があるのだ。


 だからやることは山積みである。




「よーし、これから頑張るぜよ!」




「えぇ、皆様で力を合わせますわ」




 魔人達はジェンシャン魔獣人国での新生活を前に、新たに気合いを入れ直して挑む。


 これから獣人族と魔獣、そして魔人だけの暮らしが始まるのだ。




























 ――


























 魔人、魔獣、獣人族がジェンシャン魔獣人国へ向かった頃、灯を倒したマリスは残った2隻の船のうち片方に着地した。




「痛っ、さすがに、もう限界か……」




 マリスは腹部に受けたダメージの大きさから、船に降りるや否やそのまま崩れるように膝を着く。


 そんな勇者の元へ無事だった騎士達が慌てて駆け寄ると、すぐさま応急処置を施し始める。




 そしてそんなマリスの傍へ、この艦隊の総指揮官であるクリスがゆっくりと歩み寄ってきた。




「容態はどうだ」




「はい、かなりの重症ではありますが、命に別状はありません。ひと月ほど安静にしていれば良くなると思われます」




「そうか……」




 クリスは治療を施している騎士の1人にそう尋ね、無事だということに安堵の息を漏らす。


 ただその小さな息遣いに気づくものは誰もいなかった。




「マリス、お前なぜ最後のあの時、奴にトドメを刺さなかった?勇者の剣なら、簡単に息の根を止められたはずだ」




「それは……」




 灯は勇者の剣に付与された能力は「封印」だと思い込んでいたが、実はそうでは無い。


 勇者の剣に秘められた本当の恐ろしさは、封印によって対象をクリスタルに封じ込め、そこから無抵抗なままクリスタルごと胴体を粉々に粉砕させることにあるのだ。


「封印」そして「解放」、この2つの力こそが、勇者の剣に秘められた真の能力なのである。




「やれなかった、か……」




「はい……。剣まで失ってしまうなんて、僕は勇者失格ですね」




 勇者の剣で貫く直前までは、マリスは本気で灯を殺す覚悟でいた。


 だがマリスは気づいてしまったのだ。灯が剣を貫かれる直前、わざと反撃をしてこなかったことを。


 それを知ってしまったマリスは彼への情が芽生えてしまい、結果灯を逃す隙を与えてしまったのだ。




 弱い精神に悔しさが込み上げてき、自分を卑下することでどうにか平静を保とうとする。


 しかしそんなマリスの心情など、歴戦の猛者であるクリスには全てお見通しであった。




「悔しかったら強くなれ。お前にはまだ成長の余地がある」




「……はい」




 クリスのその言葉に、マリスは溢れだそうもしてくる涙を必死に堪え、震える声で返事をする。


 そう言葉を言い残すと、クリスはマリスの元から去っていった。




「灯、僕はやるよ。僕は自分の信じた道を進む。そして君が望んだ世界平和を実現してみせる!」




 マリスは去り行くクリスの背中を見送りながら、灯へそう誓った。






「よぉマリス、ご苦労さん」




「ライノ隊長、ご無事だったんですね」




「まぁな、灯の野郎に思いっきり殴られたがそれでも手加減されてたみたいでよ……」




 治療を終え安静にしているマリスの元へやって来たライノは、悔しそうに腕を組んで唸っていた。




 彼の顔には大きな青アザが目立っているが、それ以外に外傷は見受けられない。


 結局のところ、灯は騎士団を誰1人として殺すことはなく、まともに怪我を負わさたのもマリスだけだったということだ。




「灯君、何でこんなことしたのかな」




「分かりません。でも、灯も本心でこんなことをしてたわけでは無いようでしたよ」




「何だよ、なんか話したのか?」




「いえ、ただ戦っていてそう感じたんです」




 最終的になぜ灯が魔王を名乗り騎士団に敵対したかは不明である。


 だがそれでもマリスは灯と拳を交え、言葉を交わしたことで少なからず悪意があってのことでは無いと直感していた。




 今となっては、この世界で灯がとった行動の真実を知っているのはゼクシリアただ1人だけとなってしまったが、それでもマリスは灯の行動から何かしらの想いを感じ取っていたのだ。




「しかし、これから王国はどうするんですかね」




「さぁ、でも王国への宣戦布告も帝国を支配したのも灯君がやったのだとしたら、彼を指名手配して戦争は一旦中断になるんでしょうか……」




「指名手配までするんですか?」




「そしゃそうだろ。いくらお前が封印したからって、世界に喧嘩売っといてその所在を見失っちまったんだからよ。当然追いかけるに決まってるさ」




 マリス達はこれからの王国の対応を想像すると、重いため息を吐かずにはいられなかった。


 今となっては敵になってしまった灯も、かつては共に旅をした仲間であり、彼らにとってはかけがえのない友人なのだから。




「おいお前ら、これから船を帝国の港ヘ着けることになったから手伝え」




 灯のことを考えていたせいか重い雰囲気となっていたマリス達の空気を割くように、突然クリスがその場へ入って来た。




「クリスさん、それはどういう……」




「今王子と話していて、改めて彼らにこちらと敵対する意思は無いらしいことが分かったからな。被害も甚大だからしばらく帝国の世話になることになったんだ。分かったらお前らも手伝え」




「は、はい!おい行くぞ!」




 クリスに今後の方針を簡潔に伝えられたライノは、アマネにそう呼び掛けると慌てて動き出す。




「じゃあ私達は行くからマリス君は安静にしててね」




「了解です、よろしくお願いします……」




 アマネもマリスにじっとしているよう言い残すと、急いでライノの後を追って駆け出した。




 こうしてゼシリアの判断で騎士団は帝国の世話になることが決まり、船は港へ向かっていく。


 最初は6隻だった船も、今はたったの2隻となってしまいぎゅうぎゅうのすし詰め状態となりながらも、彼らの戦いはひとまず勝利という形で幕を閉じたのだ。


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