最終章 9.お前も同罪

 遥か上空に舞い上がった俺は、下から呆然と眺めてくるマリスを見下ろす。


 ここからの一方的な攻撃なら、奴は手も足も出ないだろう。




「空からその船ぶっ壊してやるぜ」




「太刀起動『轟雷烈龍牙』」




「なっ……!」




 だが、俺が下へ向けて攻撃をするよりも速く、背後から現れた赤い竜によって俺は叩き落とされてしまった。


 落下する直前竜の来た方向に目を向けてみると、そこにはマリスが乗っていた船がいつの間にか接近きてきていたのだ。




「マリス、油断するなよ」




「クリス隊長!助かりました!」




 俺に竜を放ったクリスと呼ばれる隊長は、船に墜落して横たわる俺を睨みつけながらマリスの横に並んだ。


 そういやまだこいつが残ってたな。面倒な奴を残しちまったもんだ。




「こりゃ、倒す順番間違えたかな」




「ほざけ、これ以上被害は出させん」




「もう終わりだ灯!」




 文句を言いながら立ち上がる俺に対し、クリスとマリスは剣先を突きつけてくる。


 マリスだけでも厄介なのに、あの隊長まで加わるのはさすがに面倒臭そうだ。




「ここが正念場だな。皆、気合い入れていくぞ」




 俺はモンスターボックス内の魔獣達にそう呼び掛けると、両腕を鎌に変化させて構える。




 その瞬間、最初にクリスが動き出した。


 クリスは刀を上段に構え一足飛びに突撃してくる。




「っと、速い!」




「……いい反応だ、敵にしておくには惜しいな」




「へっ、そりゃどうも!」




 クリスの鋭い斬り込みを俺は片腕で辛うじて受け止め、そのまま空いた手で反撃を仕掛ける。


 だがそれはクリスの剣捌きによって、易々と受け流されてしまった。




 マリスと比べたらパワーは足りないが、それを補って余りあるほどにこいつは剣術が極まっている。


 今まで戦ってきた相手の中で、1番の剣の達人だ。




「俺の攻撃は全部いなされちまうな。なら、電気を纏って受け流せなくしてやる!」




 鎌は流せても体を伝う痺れまでは流せないだろうと判断し、俺は全身から雷を迸らせた。




「むっ、雷か……」




 すると俺の予想通り、クリスはすぐに数歩退いて俺から距離を取り出した。


 やはり雷までは防げないらしい。




「隊長、ここは僕がいきます!」




「お前の対策も考えてある、覚悟しろよマリス!」




 クリスと交代するように距離を詰めてくるマリスを前に、俺は薄い笑みを浮かべる。


 上空から攻撃する作戦は失敗したが、それでもマリスに対抗する策なら他にも用意しているのだ。




「はあぁっ!」




「毎度毎度正面から突っ込んできて、単純なんだよ……、捕縛!」




 俺は真正面から剣を振り上げて駆けてくるマリスに対し、両腕からクモの糸を噴射させて動きを鈍らせる。




「くそっ、こんなもの!」




 だが勇者の剣は相当斬れ味が良いらしく、俺の糸では数秒足止めするのが限界であった。




「まぁ、数秒止めれれば十分だがな……、剛腕!」




「っ!しま――がはっ」




 マリスは糸に意識を向け過ぎたせいか俺の剛腕への対処が遅れ、その結果直撃を受ける。




「おらよ!」




 強烈な一撃を受けて地に伏せるマリスを、俺はもう一方の剛腕で軽々と持ち上げた。


 そして、空いた右手のひらを奴の顔に向ける。




「ぐっ、ぐぞ……」




「さらにもう1発……、竜砲!」




「シ、シールド……!」




 俺はマリスに向けた手のひらを竜の口に変化させ、そこから強烈なブレスをお見舞する。


 ゼロ距離からの竜のブレスをまともに受けたマリスは、その勢いのまま後方へ大きく吹き飛んだ。


 吹き飛ばされた先では、埃がもくもくと舞っている。




「無事かマリス!」




「は、はい……、なんとか……」




 だが埃が消え去った時、苦悶の表情を浮かべながらもマリスを辛うじて耐えている姿が見えた。


 ブレスを受ける直前に盾を起動したおかげで、致命傷にはならずに済んだ様だ。




 至近距離から高威力のブレスを受けたというのに耐えるとは、勇者装備は随分と頑丈に造られているらしい。




「よし、私が龍で牽制する。お前はその後に続け!太刀起動『轟雷烈龍牙』」




「はい!」




 クリスはマリスの無事を確認すると、再びあの龍の太刀を振るってきた。




『グオオオォォォ!』




「ちっやっぱあのクリスって野郎邪魔だな。先にあいつから倒すか……、竜爪!」




 俺は襲い掛かってくる龍に対し、両手を竜の腕に変化させて迎え撃つ。


 赤き雷の龍と俺の竜爪は、衝突した瞬間目を瞑りたくなるほど激しい火花を散らせた。




『グオォォ……!』




「うおおぉぉぉ……、らあぁ!」




 クリスの龍としばしの間競り合っていたが、やがて思い切り竜爪を振り抜いて掻き消す。




「もらったぁ!」




 だが消え去った龍の後ろから、控えていたマリスが一気に斬りこんで来る。


 龍を倒した直後で隙を晒している俺を狙ったのだろう。




「いいタイミングだ。だが、俺を普通の人間だと思うなよ!突風!」




「何っ!?」




 俺は振り抜いた姿勢の腕は無視して、肩甲骨から巨大な翼を生やしマリスに強烈な風を浴びせる。


 まさかこんな反撃が来るとは思っていなかったらしい奴は、まんまと俺の作り出した竜巻の牢獄に閉じ込められたのだ。




「お前はそこで大人しくしてな」




「まだ、こんな技を隠し持っていたのか……!」




 俺は竜巻の中で苦しむマリスを背に、先程龍を放ってきたクリスへ目を向ける。




「来るか……!」




「お前もいい加減鬱陶しくなってきたからな。これで終わりにしてやる……、雷閃!」




 雷閃はライチの雷を全身に纏っての突撃を参考にした技で、複数の高速飛行能力を持つ魔獣とライチの雷を合わせた最速の突進だ。


 まさに雷を体現したこの技を前にしては、さすがに隊長クリスといえども止めることは出来ない。




「ぐぅ、は、速すぎる……!」




「大人しく眠ってろ」




 クリスが気づいた時には俺は奴を通り越して背後に回っていた。


 そしてその直後、激しい電撃がクリスの全身を駆け巡り、奴は口から黒い煙を吐きながら前のめりに倒れる。




「せやあっ!」




 クリスが地面に倒れるのとほぼ同時に、マリスは竜巻を剣で斬り裂いて抜け出してきた。




「マリス、1歩遅かったな。これでお前はまた独りぼっちだ」




「クリス隊長!」




 マリスは所々体を焦げさせて倒れるクリスを見て、その表情を驚愕の色に染める。


 そしてその顔は次第に怒りを帯び始めた。




「灯……、僕は君を許さないぞ……!」




「ようやく本気になりやがったか。馬鹿だなマリス、お前が最初から俺を敵として全力で攻めてきてりゃあ、そいつや他の騎士達は無事だったかもしれねぇんだぞ?だからこうなったのはお前のせいでもある」




 ようやく俺に対し本気の殺意を向けてくるマリスに、俺は更に煽り文句をぶつける。


 そうだ、怒れマリス。お前が俺を敵として見てくれなきゃ、俺の作戦は完遂しないんだ。




「ふざけるな!これは全て君の行いだろうが!」




「ああそうさ、この惨状は俺が引き起こしたものだ。だがな、止められる力があったにも関わらず止めなかったお前も同罪なんだよ!」




「灯―!」




 マリスはこれまで見たことがないほどの怒りを露わにして、俺へ向けて走りだす。


 その速さはこれまでの戦いとは比べ物にならないほどの速さであり、俺は堪らず開いていた翼で上空へと避難してしまった。




「くそっ!逃げるな!」




「へっ、悪いなマリス。戦争は遊びじゃないんだ、どんな戦い方でも勝てばいいのさ」




 結果としてマリスの届かない空へ移動したのは正解だろう。


 ここからなら心置き無く船を破壊できるのだから。




「いつまでも君の好きに出来ると思うなよ……!アーマー起動!フライングマント!」




 が、そんな俺の甘い考えは、マリスの勇者装備の能力によって簡単に打ち砕かれてしまった。


 なんとマリスは鎧から7色に輝く魔力で構成されたマントを形成し、俺と同じ高さまで上昇してきたのだ。




「お前、空飛べんのかよ……」




「やっと移動に使った魔力が回復しきったからな。灯、もう友達だからって手加減はしないぞ。僕はこの勇者の剣で君を斬る!」




「へっ、そう簡単にはいかねぇか……」




 俺は空を飛んできたマリスと対峙する。


 こうして、空中で再び魔王と勇者の一騎打ちが幕を開けた。


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