最終章 8. 魔王と呼ばれた俺と勇者装備を身に纏ったマリス
エルフルーラとマスプを倒し、5隻目の船も沈没させようとしたその時、空から煌びやかな鎧を纏った騎士が降ってきた。
彼は俺に敵意しか込められていない鋭い視線を送ると共に、腰から剣の柄を抜く。
「灯、これ以上君の好きにはさせない」
「なら全力で止めるんだな。でなけりゃ俺は、破壊しきるまで破壊し尽くす」
「もちろんそのつもりだ。言葉でダメなら力で君を説得してみせる」
俺の前に立ち塞がったマリスは、剣の柄に魔力を流し魔剣を形成させる。
鎧と同じく虹色に輝くその剣は、あまりの神々しさに俺の目を窄ませた。
だが、こんな状況なって尚甘いことを口にするマリスに、俺は呆れ返る。
まぁあいつらしいと言えばあいつらしいのだが。
「随分と派手な装備になったじゃねぇか」
「勇者装備、正義を執行するための最強の魔剣だ」
「へぇ、よりにもよって勇者とはな……」
この世界には、勇者や魔王が登場人物のおとぎ話や物語は存在しない。
だというのにこうして、魔王と呼ばれた俺と勇者装備を身に纏ったマリスが対立するとは、なんとも面白い組み合わせである。
神様のイタズラか単なる偶然か、真実は後者だろうがそれでも運命を感じずにはいられない。
「なら、勇者と魔王に相応しい最高の戦いを繰り広げようじゃねぇか」
「ふざけるな、戦いは遊びなんかじゃないぞ!」
「はははっ!だったら……、俺を本気にさせてみせろよ!」
何気なく口にした言葉に噛み付いてくるマリスを、俺は笑い飛ばしながら殴り掛かる。
こうして俺とマリス、魔王と勇者の戦いの火蓋は切って落とされた。
「シールド起動!」
「むっ、堅いな……!」
俺の拳はマリスに直撃する寸前で、奴の展開する盾によって防がれた。
にしても盾まで虹色に光とか、勇者装備防御力は凄いけどそのセンスは疑わざるを得んな。
「はあぁっ!」
「おっと」
なんて風にマリスの装備に呆れていると、反撃の剣が振られてきたので俺はそれを軽く飛んで避ける。
「どんな能力を秘めてるか分からないからな。まずは様子見だ……、イビル!」
『ギギッ!(任せるぜよ!)』
騎士団の装備の厄介な所は各武器に備えられている必殺技にある。
そしてこの勇者装備とやらにもそれは当然備わっているのだろうから、まずはじっくり観察する為に俺はイビルと単体融合した。
両腕を鋭い鎌に変化させ、背中からは斑点模様の目立つ羽を生やし突撃する。
「おらおらぁ!」
「ぐっ、速いな……!」
「どうした、勇者と言ってもこんなものか!?」
俺はイビルとの融合で得た機動性を活かし、上下左右に目まぐるしく動き回りマリスの意識を拡散させながら、強烈なラッシュを浴びせる。
これには堪らず、マリスもジリジリと後退させられていった。
「灯相手に素の状態じゃキツいか……。仕方ない、1段上げるぞ!」
俺の猛追に対抗するためか、マリスは鎧に魔力を注ぎ虹色のラインを走らせる。
その瞬間、さっきまで劣勢だったのが嘘のように、奴は俺の動きに追いついてきて攻撃を合わせてきたのだ。
「うおっ、急に加速しやがった……!」
「勇者装備を甘く見るなよ!」
「ぐっ……!」
俺の多角からの攻撃をマリスは完璧にいなして、更に反撃まで加えてくる。
先程までの優勢から一転してあっという間に劣勢に追い込まれ、今度は俺が防戦一方となった。
「イビルだけじゃしんどいか。なら更に速度をあげるだけだ……、加速!」
さすがにイビルだけの単体融合では勝ち目はないと悟り、俺は速さに自信のある複数の魔獣と融合する。
それによって同程度の速度となった俺とマリスは、互いに1歩も譲らぬ一進一退の攻防を繰り広げた。
俺達の動く軌道上には雷と虹の残像が残り、至る所で火花が散る。
「まさかこの速度に着いてくるなんて……!」
「そりゃ俺のセリフだ。王国の技術力も侮れねぇな」
俺とマリスはまだ余裕があるのか、互いに剣と鎌を交えながら会話を挟む。
それこそが、まだ互いに本気で戦っていない証拠なのだろう。
「王国はこれからもさらに進歩していく。その為に僕達は今帝国にやられる訳にはいかないんだ!」
「だからって、罪もない人達まで巻き込んでもいいってのかよ!」
俺達の剣戟が激しさを増すのに比例して会話もだんだんとヒートアップしていくのを感じた。
だが、それを分かっていても止めることは出来ない。
全てを吐き出しぶつけたいという気持ちの方が、勝っているのだから。
「犠牲を最小限に抑える為に、こうして海へ出てきてるんじゃないか!」
「そりゃ王国側の話だろうが!帝国にだって争いたくない人は沢山いるんだぞ!」
「じゃあ僕らは黙って攻められろってのかよ!」
俺とマリスの意見は互いに平行線で、決着の着く気配は無い。
2人とも守るべき国が違うのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、これが戦争なんだと実感し心のどこかで悲しくなった。
本来笑い合えた筈の人間と、こうして殺し合わなければならないのだから。
「なぜ灯は王国に宣戦布告なんかしたんだ?一体何が君をそこまで変えさせたんだよ……!?」
相変わらず怒りに任せての口論は続いているが、マリスのそのセリフには微かに悲しみが混じっていたのを感じ取る。
だからか俺も頭が多少冷え、気が緩んだのか本音を口にしてしまった。
「本当は俺が宣戦布告をした訳じゃないさ」
「え、それは、どういう……」
俺の漏らした本音を聞いたマリスは、驚きからかさっきまでの怒りを忘れ目は大きく見開かれた。
幸い鍔迫り合いをしていた為か、マリスの変化を他の騎士達は気づいていない。
「何でもねぇよ!」
「うぐっ!」
戦いは続行とばかりに、俺はマリスの腹目掛け思い切り蹴りを叩き込む。
勇者装備とはいえ複数の魔獣と融合している今の俺の蹴りはさすがに効いたようで、マリスは腹を抑えながら飛び下がった。
「灯……、今のはどういうことなんだ。ちゃんと説明てくれ!」
「嫌だね、聞きたかったら腕ずくで吐かせてみな!」
「ぬぅ、くそっ……!」
痛む腹を抑えながら尚も聞き出そうとしてくるマリスに、話は終わりだとばかりに俺は鎌で斬り掛かる。
そうして再び俺達は激しく火花を散らし、攻撃を重ね合った。
うっかり本音を零してしまい全てが台無しになるところだったが、どうにか立て直した様だ。
だが、少しでも誰かに本音を話せたおかげか、俺の心はだいぶ軽くなっていた。
これで俺はもう、心置き無く戦えそうである。
「お、おかしい……。さっき付けた筈の傷が、無くなってる……!」
「ああ?んなもんとっくに、治癒は完了させてるに決まってんだろうが!」
戦闘の中でふとマリスがそんなことを言ってきたが、それくらい俺にとってはなんら不思議なことではない。
あの程度のかすり傷ならマリスと戦いながらでも、魔獣に頼んで治癒するくらいわけないのだ。
「この戦闘の中で怪我を治す余裕まであるなんて……!」
「ははっ!悔しかったらもっと本気でこいや!」
少しずつ焦りの色を濃くさせていくマリスに対し、俺にはだんだんと余裕が出てきた。
この剣戟でマリスの戦い方もだいぶ読めてきたから、かなり適応してきたのだ。
「さて、そろそろお前と刃を合わせるのも飽きてきたし、そろそろ魔王の戦い方を見せてやるとするか」
「っ!何をするつもりだ!?」
俺は鎌強く振ってマリスを後方へ大きく下がらせると、翼をはためかせて上空へと舞い上がる。
突然の俺の行動にマリスは疑問の声を飛ばしてくるが、そんなものは無視だ。
「近接戦重視の騎士相手に、何もわざわざ真正面から戦う必要なんて無いんだよ。ここから遠距離攻撃で一気に殲滅してやる!」
俺は遥か下でこちらを睨みつけてくるマリスに狙いを定める。
ここから、抵抗の余地もない残虐な殲滅戦がスタートするのだ。
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