最終章 10. 本気を出したマリス

 虹色の輝きを放つ勇者装備を全身に纏ったマリスは、俺と同じ上空へと上がってきた。


 飛行能力も備わっているとは、なかなか多彩な能力を持つ装備である。


 ただ装備には膨大な量の魔力が必要らしく、今まで全力を出せなかったらしい。




「まさかお前が空を飛べるとはな」




「勇者の鎧には飛行、魔力自動回復、長距離移動の3つの能力がある。僕をさっきまでの僕だと思うなよ」




「ぐおっ!空でも速さは変わらずか……!」




 マリスは自身の装備する鎧の説明を簡単にすると共に、空中を高速で移動し剣を振るってくる。


 一体どういう原理で飛んでいるのかは不明だが、今の突撃で俺とほぼ同じレベルの飛行能力を持っていることは分かった。


 わざわざ敵に装備の情報を明かすとは随分と自信があるようだが、確かにそれに見合った強さではある。




「はあぁっ!」




「このままじゃまずいな、腕を増やすか……」




 俺はマリスの剣をイビルの鎌で捌く傍ら、両肩から更に1本ずつ腕を生やして対抗した。


 文字通り手数を倍に増やしたことで、マリスもそう簡単に攻められなくなる。




「奇妙な技を使う……!」




「今の俺は魔獣と融合出来るからな。その上でちょっと前に世界中の魔獣を全て仲間にした。今の俺に出来ないことはねぇよ!」




 鍔迫り合いの最中、俺は魔獣と融合出来るということをマリスに話した。


 別に話す義理は無いのだが、それでもマリスから鎧の能力を聞いたのに、俺が何も言わないんじゃフェアじゃない気がしたからだ。




 これは気持ちの問題だから、これが原因で負けるなら俺はそれを甘んじて受け入れる。


 そう思っていたが、その言葉を聞いたマリスから俺は思わぬ事実を聞かされることとなった。




「全ての魔獣を……、だから先日王国から忽然と魔獣の姿が消えたのか!」




「何か問題でもあるのかよ?」




「あるに決まってるだろ!君の行いのせいでほとんどの冒険者が職を失って、暴力団や盗賊団などの犯罪者に成り代わったんだぞ!」




「ああ、そういうことか……」




 全ての魔獣を仲間にすることばかり考えていた俺は、その後の世界のことを考えようとも思っていなかった。


 今にして思えば、魔獣を狩って生計を立てていた冒険者が路頭に迷うことなど、簡単に予想出来たはずなのに。


 でも、それを知った今でも俺は自分の行いに後悔は無い。




「冒険者が職を失ったのは申し訳ないと思うが、それでも俺は魔獣の命を優先する。文句なら犯罪に手を染めた元冒険者共に言え!」




「君も人間だろうに、何故そこまで魔獣の肩を持つんだ!?」




「魔獣が好きだからだ。ハンターや冒険者に怯える魔獣達を救う為なら、俺は悪にだって染まってやる」




「……本当に変わってしまったんだね。もう今までの灯じゃないんだ」




 本当は魔獣と同じくらいマリスやゼクシリア、それに魔人達のことも慕っている。


 だがそんな大切なもの全てを守る為に、俺は嘘をつくしかないのだ。


 嘘をついて自分を犠牲にし、それでようやく守れるものがある。


 そのためなら恨まれたって構わない。




「何を言われても俺の意思は変わらねぇ。マリス、お前は俺が倒す!」




「やらせない、王国を守るのは騎士である僕の使命だ!」




 言葉では俺達はもう分かり合えない。


 それでもマリスがどう思い戦っているのか、俺が何を思って騎士団と敵対しているのか。その意志だけは、互いに伝わっただろう。




「くらえ!」




「くぅ、手数が……!」




 2本の鎌でマリスの剣を抑えつつ、俺は空いたもう2本の腕を同時に振り抜いて強力な一撃を与えた。


 だがマリスはダメージこそ受けつつも、全く致命傷には至っていない。


 奴の装備している勇者の鎧は、防御力も相当高いようだ。




 このまま斬り合っていても埒が明かない。


 ここからは魔獣らしい、変則的な攻めを見せてやる。




「まずは……、擬態!」




「なっ!み、見えなくなった……!」




 俺は海底洞窟で出会ったタコの魔獣や、その他風景に擬態するのが得意な魔獣と融合し、自分の姿を消す。


 魔眼持ちとかには効かないけど、目に頼った戦い人間には有効な戦略だ。




(ここだ、剛腕!)




 姿を消した俺は素早くマリスの背後に回ると、両手を合わせてハンマーのように振り下ろす。




「うがっ!」




 後頭部に強烈な一撃を受けたマリスは、その勢いのまま海へと墜落した。


 だが激しい水しぶきを上げながら、すぐに再び浮上してくる。


 やはりあの耐久力は厄介だ。




(一撃でダメなら何発も叩き込んでのしてやる!)




 俺は全く堪えた様子もなく上がってくるマリスに対し、上下左右あらゆる方向からヒットアンドアウェイの攻撃を繰り返した。




「ぐふっ!はぁ、はぁ……、こ、攻撃が、読めな――がふっ!」




 竜爪、剛腕、獣脚、尾打、あらゆる近接攻撃を連続で与えたことで、いかに防御力の高いマリスといえども疲弊の色が見えてきた。




(卑怯な戦法だけど、これも俺の戦い方なんでね。さて、そろそろトドメといくか)




 マリスの背後に回った俺は、両腕を鎌に変化させ突進する。


 これで終わりだ。




「っ!そこだ!」




 が、どういう訳か俺の攻撃をマリスは見切り、体を捻らせながら上昇することで回避してのけたのだ。


 しかもすり抜きざまに俺の頬を斬るという、おまけ付きで。




「痛っ、なぜ分かった……?」




「さっきまでは目で空間の微妙な歪みを追って避けようとしてたんだけど、それじゃ追いつけないと分かったからね。魔力を追うことにしたんだよ」




「ああ?お前魔眼なんか持ってたっけか?」




「魔眼は無いけど周囲に魔力を散布すれば、そこに何かが触れた時の感覚くらい多少は分かるんだ。もう透明になるその技は通用しないぞ」




「……みたいだな」




 魔力は応用すれば気配探知にも使える。まさかそんな方法で俺の擬態を攻略するとは恐れ入ったよ。


 見えなくなれば楽に勝てると思ったけど、俺もまだまだ魔力に関する知識が不足していたらしい。




「これ以上灯の好きにはさせない。ここからは僕の全力をお見舞する!」




「うおっ、なんて圧力だ……!」




 マリスは宣言と同時に鎧と剣に膨大な魔力を注ぎだす。


 すると7色の輝きはより一層強さを増し、更に体の奥底まで響く様な重低音のうねりを轟かせた。




「行くぞ」




 その変わりように思わず息を飲んで呆然と立ち尽くしていると、マリスは一瞬で俺との距離を詰め目の前まで迫ってくる。


 その速さはもう俺の目に追えるものではなく、マリスの動いた軌道には分身かと思えるほどくっきりと残像が残っていた。




「ご、はっ……!」




 気づいた時には俺は腹に強い衝撃を受け、後方へと大きく吹き飛ばされていた。


 視線の先では、マリスが剣を振り抜いたような姿勢で佇んでいる。


 どうやら俺は奴の剣に斬られたようだ。




「い、痛てぇな……」




 幸いマリスが魔力を増加させたのに合わせて俺も防御を上げていたため、致命傷にはならずに済んだ。


 だがそれでも腹に受けた衝撃までは吸収しきれず、俺は激痛に悶え苦しむ。




「むっ、後ろか!」




 俺は背後に回ったマリスの気配を察知し即座に両腕の鎌を振り抜いて反撃に応じたが、奴はそこから更に回り込んで再び俺の背後を取ってきた。




「無駄だ、もう灯じゃ僕にはついて来れない」




「は、速――がぁ!」




 結局俺は後ろを取ったマリスからの袈裟斬りをもろに受けてしまった。


 今度は俺が海面に激突する番だ。




 本気を出したマリスを前に、俺は完全に手も足も出せなくなってしまったのである。


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