7章 28. この手を血で染めて
港でフリーを退治し終わった頃、帝都での消火活動も終わりを迎えていた。
「ふぅ、粗方の炎は消せたかな」
帝都は未だに至る所で黒い煙が立ち上ってはいるが、それでも炎はもう残りカスの様なものしかなく、死の危険が及ぶ火力では無い。
これ以上は帝都の者達でどうにか出来るだろうと判断し、俺は時間操作を終了させると一時要塞城へと帰還する。
「ゼクシリア、消火は終わったぞ」
「は……?灯、なんでお前そこに……、だってたった今飛び降りたばかりじゃないか……!?」
「ああ、時間の流れを遅くしてたからね、見えてなくて当然だよ」
「じ、時間を……。本当だ、先程まで帝都を包み込んでいた炎が消えてるな」
俺は消火を終えるまでそれなりに時間が掛かっていたが、ゼクシリアからしてみればほんの一瞬の出来事だったのだろう。
そっちの体験も面白そうだな。
「それよりエミヨンはなぜ、あんな少しの時間で帝都を炎の海に変えられたんだよ?」
俺は時間操作のことよりも、どうやってエミヨンが一瞬で帝都全体を炎で満たしたのかの方が気がかりであった。
ばあいによっては場合によっては他の地区でも起こり得ることだからな。出来るだけ共有しておきたい。
「エミヨンは毒系の魔法が得意だが、その中には可燃性に特化した毒もあるんだ。黒い塊の様な奴だな。それを帝都に振り撒けば、後は小さな火種さえあれば簡単に火事を起こせる」
「あー、それじゃああの時エミヨンの左手にあったのが、その毒だったのか」
俺はゼクシリアの説明を聞いて、先程エミヨンの左手に漂っていた黒い塊のことを思い出した。
彼女は最後にこの城も燃やす予定だったしな。
「色々と話を聞きたいところだが、痛みで意識を失ってやがる」
「仕方ないだろ、両腕を斬り落とされたのだから。むしろ命がある方が不思議な程だ」
「まぁそれはうちの治癒能力に特化した魔獣達のおかげだな」
「恩に着るよ」
エミヨンは今回の件事件を起こした主犯である。責任を取ってもらう為にも、そう簡単に死なれては困るのだ。
「さて、皆聞こえるか?一旦モンスターボックスに戻ってくれ」
「分かった」
『ブウゥーン!』
一段落ついたので、俺は未だ城中を索敵中の虫達を呼び集める。
近くにいたイルもモンスターボックスへと戻っていく。
と、そんな風に魔獣達を回収していると、城の中からセルフィナ達が駆けつけてきた。
「あっ、やっと見つかったー!」
「よかった、心配してたんですよ……」
ネルフィナが最初に俺達の元へ到着し、その後ろをメルフィナを連れながらセルフィナやステラさん達もやって来る。
どうやら虫達の動きに気づいて、その後を追ってきたらしい。
「うわっ、何ここ?凄い血の量じゃん……!」
「ああ、それはこいつのだよ」
「っ!エミヨン……、父様の、お兄様の仇!」
「落ち着いて下さいセルフィナ姉様!」
セルフィナはエミヨンの姿を見るや否や、怨念に塗れた顔へと変貌し襲いかかろうとする。
だが、それはゼクシリアは必死に止めた。
彼もエミヨンのことが憎くて仕方ないだろうに、それでも国の為に私情を捨ててその心は非常に立派である。
「ゼクシリア!貴方はあの女が憎くないの!?」
「エミヨンが憎いのは私も同じです。ですが復讐なんて父様は望んでいないでしょうし、彼女を断罪して新たな国を築くことこそが私達のすべきことのはずだ!」
「くっ……、分かったわよ」
セルフィナはゼクシリアを振り払おうと暴れていたが、彼の説得に納得してくれたようだ。
さすがは国を率いる皇帝の息子なだけあって、統率能力はそうとう高い。
『帝都組、聞こえるか?』
「ああ、聞こえてるぞ」
ゼクシリア達の悶着を見守っていると、南区の俺から連絡が入ってきた。
『こっちは敵戦力を制圧して現在は獣人族の避難を開始してる。海から獣人族達も駆けつけてきたぞ』
南区も制圧を終えて獣人族達もタイミングよく到着したらしい。
全て計画通りに事は運んでいる。
「了解、他の地区はどんな感じだ?」
『北区は今ソラヒラメと融合して移動中だ』
ソラヒラメとは空を浮遊しているデカいヒラメの魔獣だ。風魔法を操り雲の上を群れで漂っていたところを仲間にした。
彼らの平べったい体とプルムの拡大能力を合わせれば、眠らせた獣人族達もスムーズに運べるということで、事前に考えておいた組み合わせである。
『西も同じく』
『東もだ』
西と東も順調に進んでいるらしい。
残るは俺達帝都組だけか。
「分かった。こっちもエミヨンは倒し終えたから、どうするかゼクシリア達と相談してまた連絡するよ」
『『『了解』』』
俺は各地の俺にそう伝えると、連絡を終了した。
「他の所はどうなってたんだ?」
「皆上手くやってるらしい。俺も港に向かおうと思うけど、ゼクシリア達はここに残るか?」
「……いや、帝国は獣人族の方々には酷いことをし続けてきたんだ。せめて私だけでも最後まで付き添いたい。ただ姉さん達は城に残ってもら――」
「嫌です!私も一緒に行きます!」
俺とゼクシリアが今後のことを話し合っていると、メルフィナが間に割り込んできた。
ゼクシリアは姉妹を帝都に残すつもりだったようだが、メルフィナはそれが気に入らなかったのだろう。
「ダメだ、港は王国も来る可能性がある。どんな危険が待っているのか分からないんだぞ?」
「それなら帝国のどこにいても同じですよ」
「それに、メルフィナは灯君と離れ離れになるかもしれないのに、じっとなんてしてられないんだよねー」
「それはっ!そ、そうですけど……」
ゼクシリアの反論にはお姉さん達も言い返してくる。
まぁ確かに彼女の言う通り王国が攻めてきたら、帝国のどこにいても安全な場所なんてないからな。
メルフィナはネルフィナさんに対して何か言い返したようだが、尻すぼみになって後半はよく聞き取れなかった。
「ゼクシリア、いいんじゃないか?もしもの時は俺達が守ればいいんだしさ」
「はぁ……、分かったよ。なら皆で行くぞ」
最後に俺のひと押しもあって、ゼクシリアはとうとう折れて皆で行くことを決断してくれた。
消火中も獣人族の姿は見当たらなかったので、結局行きと同じメンバーで南区へと向かう。
――
ゼクシリア達と共に帝都を出発した俺達は、しばらくして南区へと到着した。
その時には他の地区に向かっていたメンバーは到着していたようで、すでに獣人族達の避難誘導に移っている。
「よし、ひとまず分裂体とくっついておくか」
いくら自分の分身とはいえ、自分何人もいると気持ち悪さはあるので、全員を呼び戻して1つになる。
その時に分裂していた時の情報も統合されて俺の脳に入ってくるのだ。
「東区ではそうか、カローラを……」
入ってくる記憶は俺の体験した全てなので、当然そこには良い記憶だけでなく嫌なものも多く含まれている。
分裂体がやったとはいえ、俺がやったことにはかわりない。
どうやら俺は、遂にこの手を血で染めてしまったようだ。
「もう獣人族の皆様とも会えなくなるのですか……」
俺が人知れず自分の所業に心打たれていると、メルフィナがそんなことを呟いた。
「寂しいのか?」
「それはもちろんですが、最後に皆様のことをこの目で見てきちんと謝罪したかったのですよ……」
メルフィナは目が見えない故に、獣人族が獣耳や尻尾を生やしていることを知らない。
俺はてっきりそれが見てみたかったのかと思ったが、どうやらそうではなかった。
目を見て謝罪したいだなんて、とても立派な王女様だ。
「なんて、まだいつか見えるようになるかもしれないって、少し未練がましいですよね」
メルフィナは自分のことを卑下して苦笑いを浮かべていた。
「そんなことないさ。前から考えてたことなんだけど、たぶんメルフィナ目が見えるようになるかもしれないぞ?」
「え……、どういうことでしょう?」
「メルフィナとマナは俺と魔獣達並に仲が良いからな。恐らく融合も出来ると思うんだ」
前から思っていたが、メルフィナはマナと非常に仲が良いので、融合も可能なはずだ。
いつかやってみたいと思っていたが、彼女が望むなら今ずくにでも試してみよう。
「どうするメルフィナ?融合してみるか」
「……はい、是非お願いします!」
そう答えるメルフィナの目には光は無くとも熱い闘志が灯っていた。
俺は彼女の覚悟に応えるべく、モンスターガントレットを装着させる。
メルフィナとマナの絆が本物なら、きっと融合は上手くいくはずだ。
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