6章 32. 矢は僕が斬る!

 超威力の矢を常にギリギリのところで回避し続けていたマリスは、既に心身共に疲労がピークに達していた。


 しかし、それでも旧友であるディークが敵の位置を突き止めるまでは、避け続けなければならない。


 マリスは彼を信じ、ひたすらに矢を凌ぐのだった。




「うぐっ!はぁ、はぁ、もう、足が動かなくなって、きてる……」




 呼吸が上がり肩を激しく上下させながらも、マリスは必死に逃げ回っている。


 だがそれも、とうとう限界が近づいてきてしまったのか。


 何十発目か分からない矢が飛んできた時、足がもつれて転んでしまった。




「し、しまっ――」




「ふんっ!」




 しかし矢が命中する直前で、マリスは何者かに体を担がれそのまま射線から逃れることが出来た。


 マリスを助けたのは、先程ディークと会っていた2人の同期であるレグザーだ。




「あ、ありがとうレグザー」




 マリスは体を下ろされると、担がれたことに照れつつも礼を言う。




「随分と無茶を続けてたみたいですね。ギリギリでしたよ?」




「これくらい頑張らないと、ディークに顔向けできないからさ」




「そうですか……」




 マリスの言葉にレグザーは呆れて肩を落とす。ただ同時にこの2人の関係を少し羨ましくも思うのだった。




「ディーク君から現状はすでに聞いてます。ここは私が変わりますから、マリス君は建物の陰にでも隠れて休んでいて下さい」




「ありがとう、でもそういう訳にもいかないさ。これは僕達が始めた戦いだからね」




「まぁそう言うとは思っていました。私は私で勝手にやらせてもらいますよ」




「ははっ、なら半分は任せるよ」




 お互い譲らないであろうことは何となく理解していた。


 だからマリスとレグザーは、2人で空から降り注ぐ超威力の矢を回避することにしたのだ。




 しかし、そうして2人で回避を初めてそれほど経たないうちに、事態は動き出した。




『ギアァァァ!』




 突如天を割くような方向が轟き、2人は慌ててその方向へ目を向けると蒼龍の姿を確認したのだ。




「あれは、ディーク君の龍ですね」




「行こう!ようやく敵の位置を掴んだみたいだ!」




 龍の出現した方向を眺めているレグザーに対し、マリスは声を掛けると同時に全速力で駆け出した。


 ディークが敵目掛け龍を放ったとはいえ、あれ程の攻撃を連発する騎士がその程度でやられるとは思えない。


 だからマリスはディークを援護する為全速力で駆けるのだ。




























 ――


























 塔に飛び移る瞬間を狙われたマスプは地面に落とされてしまったが、それでも彼女は未だ健在であった。




「きゃはは!まさかクリスの他に龍使いがいるとはね。その龍と私の弓の威力は互角みたいだけど、そっちは連発は出来ないんでしょ?それならまだ私の方に分があるわ!」




 空中で龍の回避は不可能だと判断したマスプは、迫り来る龍目掛け矢を放ったのだ。


 それによって龍と矢は相殺され、その爆風によって彼女は地面に落下し多少のダメージを負いつつも、どうにか致命傷は避けたのだ。




「狙撃手が近接で俺に勝てると思うなよ」




「それは一般の弓兵に対してでしょう?私と一緒にしないでちょうだい!」




「っ!」




 余裕の表情で距離を詰めようとするディークに対し、マスプは近距離からあの超威力の矢を放つ。


 空から突然降ってくるとはいえ、ある程度距離のあった長距離射撃とは違い、近距離からの射撃は想像を絶する体感速度を生み出している。


 それ故にディークは初撃の回避が遅れ、左脇腹を矢が掠めてしまった。




「ぬぐぅ、そ、想像以上に速いな……!」




 近距離戦なら負けるはずがないと油断していたディークは、横腹を抑えながら数歩後ずさる。


 そんな彼を見ながら、マスプは楽しそうに笑っていた。そこには若干狂気めいたものが感じられる。




「きゃはは!やっぱり青騎士なんて大したことないわねぇ!」




「これ以上はやられるものか、刀起動!『龍推線』」




 苦悶の表情を浮かべているディークに容赦なくマスプは次の矢を放つ。


 しかし、最初の一撃で回避が不可能であることを悟ったディークは、その矢に必殺技をもって対抗するのだった。




『ギアァァァ!』




 風を切るような矢の音と、龍の咆哮が交差する。


 両者の威力は互角であり、先程塔のてっぺん付近で衝突した時と同様、数秒のせめぎあいの後に龍と矢は同時に弾け飛んだ。




「はぁ、はぁ……」




「ふーん、なかなかやるじゃない。それじゃあどんどんいくわよ!」




「くっ、無尽蔵な奴だ。刀起動!『龍推線』」




 ディークはマリスと戦い始めた時から、すでに3回も必殺技を発動させており、かなりの量の魔力を消費している。そのせいでかなりの疲労が溜まっていたのだ。


 しかし、そんなディークに対しマスプは未だ疲れた様子を一切見せることなく、平然と超威力の矢を放ってくる。




 このままではいずれ敗北はま逃れないと理解しつつも、疲労の溜まった現状ではディークは打開策を見いだせずにいた。




「はぁ……、はぁ……、ごふっ!」




「きゃはは!そろそろ限界のようね。それじゃあ次で終わらせてあげるわ!」




「まだ、だ……」




 短時間で大量の魔力を消費したせいで、ディークの目は虚ろなってきている。


 だが、それでも彼は最後まで諦めることはなく刀を振るい続けた。




 と、ディークが再び必殺技を発動させようとしたその時、彼の横を風のように何かが通り過ぎた。




「やらせない!片手剣起動!『鋭刃斬撃』」




 ギイィィィィィイン!




 なんと、ディークの横を通り過ぎたのは、ついさっきまでマスプの矢を回避し続けていたマリスだった。


 マリスはディークの前に躍り出ると、彼を庇うように放たれた矢に向かって必殺技で斬りかかっている。


 剣と矢が衝突したことで、赤と青の火花が激しく飛び散り金属音が周囲に響き渡る。




「ディ、ディーク、龍を放て!矢は僕が斬る!」




「っ!そういうことか、任せろ。刀起動!『龍推線』」




 マリスのその一言で全てを理解したディークは、体内に残っている魔力を掻き集め渾身の必殺技を発動させた。




 マリスは、今目の前にいる敵をディークが捜している間ずっとこの矢を凌いできたのだ。


 だからこの矢の威力が自身の必殺技や、ディークの必殺技とほぼ同威力であることを体感で掴んでいた。




「ぐっ……、せやあぁぁぁ!」




 超威力の矢を真正面から剣で受け、数間せめぎ合った両者であったが、最後にはマリスは矢じりから真っ二つに切断してみせた。




「へぇー、私の矢を正面から斬るなんてやるじゃない。ならもう1発――」




「いや、もう終わりだ。貫け蒼龍!」




『ギアァァァ!』




 マリスが矢を斬ったことに関心を示したマスプは、更にもう一撃放とうと弓を構える。


 しかし、ディークの放った龍は彼女に次の矢を放つ隙を与えなかった。




「あ……」




『ギアァァァ!』




 矢を放つ隙もなく回避ももう間に合わない。マスプは最後に間の抜けたような声を発し、それと同時に蒼龍の大口に飲み込まれたのだった。




 蒼龍が消え去った後には、地に横たえ白目を剥くマスプの姿があった。


 どうやら護身用魔道具のサクリファイスタンクが起動したらしい。




 こうして、3騎士の1人マスプとマリス達との戦闘は終結したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る