6章 31. 私には魔力の残留も見える

 一定の感覚をあけて降り注ぐ超威力の矢を必死に避けるマリスと、その矢を放っている敵の位置を特定するべく奔走するディーク。


 2人の戦いは熾烈を極めていた。




「きゃはは!いつまでも嗅ぎ回ってたって私は特定出来ないよ!」




 ディークがなかなか見つけられずにいるのは、マスプが定期的に射撃位置を変えていることにある。


 しかも彼女には高速で移動する手段がある為、手に負えずにいたのだ。




「やはりあと少しというところまで追い詰めると逃げられるな」




 ディークはマスプの移動速度になかなか追いつくことができず、自分が弄ばれていることに気づき始めた。




「このままじゃ埒が明かないな。仕方ない、荒い手でいくか――」




「ディーク君、ようやく見つけました……!」




「マリスはどこにいる!?」




 ただ追いかけるのをやめ手法を変えようとしたところで、ディークの元にレグザーとエルフルーラが駆けつけてきた。




 彼女達はマリスとディークが戦っている間に救助していた市民の避難誘導をしていたのだが、どうやらそっちの方は終わったらしくマリスを援護するため駆け戻ってきたらしい。


 ただ、マリスとはすれ違わず先にディークと出会ってしまったようだが。




「今はマリスとは戦っていない。あの矢の射手を追っているところだ」




「それを信じろと言うのか?」




 武器を構え警戒している様子の彼女達に対し、ディークは淡々と現状の説明をする。


 しかし、エルフルーラはそう簡単にディークの言葉を信じようとはしなかった。




「信じる信じないは貴様らの勝手だが、俺は事実を述べているだけだ。用がそれだけなら俺はもう行くぞ、今は時間が惜しいからな」




 こうしてエルフルーラと口論をしている間にも、マリスは攻撃を受け続けているのだ。


 それを考えると彼女達に構っている暇はないと、ディークは背を向けて駆け出そうとする。




 そんな素っ気ない態度に苛立ったエルフルーラが怒りの声を上げようとするが、それを止めたのはレグザーだった。




「待って下さい、私はディーク君の話を信じます。だから状況をもう少し詳しく説明して下さい」




 レグザーはディークの手を掴むと、力強い眼差しでそう述べる。


 彼女のその眼に嘘はないと判断したディークは、再び彼女達に向き直り出来るだけ簡潔に現状の説明を付け加えた。




「長距離射撃か、確かに今も上空を何度も通過してはいるが、やはりそれを信じるには根拠に欠ける……」




「いえ、大丈夫ですよエルフルーラさん。ディーク君は昔から嘘をつけるような人間ではないですから、真実だと思います。それより話を聞く限りだとマリス君の現状が心配ですので、急いで射手を探るべきですね」




 ディークとは初対面であるエルフルーラはまだ完全に彼のことを信用しきれずにいたが、そこは訓練士時代から付き合いのあるレグザーが保証する。




「……分かった。確かに今はあまり考えている時間は無さそうだから、一旦はこの者の言葉を信じよう。それで射手の居場所だが、私ならその場所を見つけられるぞ」




「本当ですか?それはどうやって……」




「私には魔眼があるからな、魔力探知は得意分野だ。それに、私の予想が合っていればその射手にも心当たりがある」




 赤軍の騎士であるエルフルーラは、ディーク達青軍の騎士よりも3騎士に関する知識は多い。


 それ故に射手にもおおよその検討がついていたのだ。




「分かりました。でしたら私はマリス君の援護に向かいますので、お2人は協力して敵の位置を割り出して下さい」




「分かった」




「任せてくれ!」




 レグザーがそれぞれに簡単な分担を提案すると、エルフルーラとディークも賛同する。


 そして3人は相槌を打つと、それぞれ目的の場所へと駆け出した。




「おい、敵の場所は今どこだ?」




「ちょっと待て……」




 急かすディークを横目に、エルフルーラは魔眼に意識を集中する。


 数秒した後、エルフルーラはマスプの場所を特定し方向転換した。




「射手は今、この奥にある高い建物にいる」




「分かった、すぐに行くぞ」




「ちょっと待て!2人で行けば近づいた瞬間に気づかれるだろうが!」




「ならどうするんだ?」




 場所が分かった途端に全速力で向かおうとするディークをエルフルーラは必死に止める。


 このまま単純にマスプの元へ向かえば、敵もこちらの存在に気づき逃げられることをエルフルーラは理解していたのだ。


 だからこそ彼女は策を講じる。




「貴様の武器は見た限り刀だが龍は撃てるのか?」




「当たり前だ、俺を見縊るな」




「ただの確認だ、いちいち突っかかってくるな。それより龍が使えるのなら、お前はこれから私の指示するタイミングである場所を攻撃してほしい」




 自分が侮られていると思ったディークは怒りを露わにするが、それは簡単にあしらわれた。


 エルフルーラもだんだんとディークの扱い方が分かってきたようだ。




「ある場所?」




「ああ、ここから2時の方向に少し行くと巨大な塔が見えてくるはずだからな。貴様はそこのてっぺん目掛け龍を放つんだ」




「分かった。だがなぜ塔があることを知っている?」




「言ったろ、私は魔眼使いだと。私には魔力の残留も見えるんだよ」




「……」




 ディークの疑問に対し、エルフルーラは自慢げに眉間に指をやりながら薄く笑う。


 そのドヤ顔が腹立たしく、ディークは不快げな表情になる。




「んんっ!と、ともかく私が合図を出すから、そのタイミングで龍を頼むぞ!」




「……分かった」




 咳払いして無理やり切り替えたエルフルーラは、最後に念を押してもう一度作戦を伝えると、自分は現在マスプの居る場所へと駆け出す。


 ディークもエルフルーラの言動に不安を抱きつつ、彼女の指示に従い塔を目指して走りだした。




「いた、やはりマスプ様だったか……!」




 魔眼で魔力を探知出来るエルフルーラは、迷うことなく一直線にマスプの元へとやって来た。


 しかし、エルフルーラがマスプを見つけたのと同時に、マスプも彼女達にことを確認していたのだ。




 そう、彼女もエルフルーラと同じく魔眼の持ち主であったのだから。


 だからこそ、彼女は長距離での高性能射撃を可能としている。




「ん?もう位置を探られたようね。早いとこ移動しましょ」




 ただ、マスプは魔力探知で誰かが接近していることは分かっていても、それがエルフルーラだということは分かっていなかった。


 マスプはこれまでも魔力を探知したそばから攻撃していたが、それが誰だったのかまでは把握していない。


 それこそが魔眼の弱点である。




「っ!逃げたか、ここだ!」




 エルフルーラはマスプが高速で移動を開始したのを確認すると、真上目がけ弓を構え、天高くに矢を放つ。


 彼女の矢は青い空を割くように、真っ直ぐな赤い線を描く。




「む、あれが合図か!」




 その矢の存在に気づいたディークは、エルフルーラからの合図と判断し刀を抜く。




「刀起動!『龍推線』」




 既に塔の見える所まで来ていた彼は、エルフルーラの指示通り刀に魔力を注ぎ必殺技を起動させる。


 その瞬間、ディークの刀から蒼き龍が姿を現し、真っ直ぐ塔のてっぺん目指して昇って行った。




 そして、ディークはそれと同時に塔の頂上を目指して飛んできている何かを発見する。




「なるほど、あれが射手の正体か。穿て蒼龍!」




『ギアァァァ!』




 長い探索の末、ようやく長距離射撃者を捉えたディークは、ニヤリと笑みを浮かべると蒼龍を操る。


 狙う先は当然マスプ1人だ。




「ふぅ、そろそろあの逃げ回ってる奴を仕留めないと……って、な、何だこいつは!?」




『ギアァァァ!』




 いつも通り塔と背の高い建物を行き来していたマスプは、ディークの放った龍の存在に直前まで気づけていなかった。


 現在は空中を移動している最中で、急な方向転換も出来ない。


 避ける術のない彼女は、ディーク放った蒼龍の直撃を受けるのだった。


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