6章 22. 暗黙のルールを捨てたライノ隊
開幕の長距離射撃から難を逃れたマリスは現在、脱落した騎士セシルの来た方向とは反対の南へ向かっていた。
まだ脱落していないとはいえ多少なりとも負傷してしまったから、とにかくあの弓矢よりからは距離を取りたいという判断である。
だがしかし、そんなマリスの思いとは裏腹に、彼はまた争いの渦中へと誘われてしまっていたのだ。
「赤と青、別の軍同士が戦っているのか……。ん?青軍の方はガロンドさんか?」
マリスの目の前では赤と青の閃光が何度も入り交じり、その度に火花を散らしていた。
そして青軍の騎士がらよくライノと喧嘩をしているガロンドであることに気づく。
マリス自身青軍の騎士である為、同じ軍の仲間に加勢するべきか、それとも両者が弱った隙に漁夫の利を狙うか、マリスはどう動くのが正解か決めかねていた。
「あ、ガロンドさん必殺技を使ったな」
マリスがどう出ようか悩んでいると、ガロンドがついに必殺技を発動し勝負にでる。
地面から突き出す青い刃に逃げ惑う赤軍の騎士であったが、しかし突然逃亡をやめて正面からガロンドの全力の一撃を防いだのだ。
「なぜ傷を負ってまで防いだんだ?あのまま建物へ避難すれば無傷です済んだの――っ!そういうことか」
マリスは赤軍騎士の行動を疑問に思っていたが、件の建物を見渡してその理由に辿り着く。
と、マリスがその理由に気づいたのと同時に、ガロンドが赤軍騎士にトドメをさそうと駆け出す。
マリスはそれを見た瞬間、無意識に飛び出していた。
――
「うおらぁ!これで終わりだ!」
「くそっ……!」
ガロンドの放った必殺技はどうにか耐えきったエルフルーラだが、ダメージが大きく追撃には耐えられそうにもなかった。
「くそっ……!」
彼女は自分はここまでだと悟り、盾と剣を強く握り締め固く目を瞑る。
だが、いくら待てどその攻撃がエルフルーラを襲うことは無かった。
それを不思議に思った彼女は恐る恐る瞼を開け、そして驚きの光景を目にする。
「あ、青い騎士、だと……!」
「おい、なぁんで青軍の貴様がそいつを庇ってんだぁ?」
「ま、まずは、話を、聞いてください!」
ガロンドとエルフルーラの間に割って入ったマリスは、声をはりあげながら剣に力を込めガロンドを押し返す。
マリスの想像以上の力に押されたガロンドは、そのまま大きく飛び退いた。
「てめぇはライノんとこの騎士じゃねぇか。どういうつもりだこの野郎!」
「ガロンドさん、一旦戦闘を中止して下さい!この後ろの建物には、まだ民間人が残ってるんです!」
ガロンドの怒り荒らげる声にもマリスは気圧されることなく、淡々と事情を説明した。
「そ、そうだ、まだこの建物には孤児と思われる兄妹がいる!」
突然のマリスの介入に置いてけぼりのエルフルーラだったが、マリスのその言葉を聞きそれに乗るように彼女も口を出す。
「ああ?そんなこと知ったことかよ。いいか、このスラム街には既に退去命令は出てんだ。なのに危険を承知でそれを無視して残ってるそいつらが悪いんだよ」
「ふざけるな!だからといって、それは彼らの命を蔑ろにしていい理由にはならん!」
「そうだ、全ての命は平等なんだ。例え身分の違いはあれど、僕ら騎士の身勝手でこの子達が死んでいいわけじゃない」
昨日一昨日、そしてこの決勝本戦が始まる前にも、この廃墟区で暮らす者達には退去命令は何度も出ていた。
だからその上で残っていた者は、危険を全て承知なのだろうというガロンドの言い分も正しい。
だがマリスとエルフルーラは、そんな命を粗末にする考えには賛同できなかったのだ。
両者は別々のタイミングではあったが、灯と共に戦ったことで人や魔獣の枠など超えて、命の大切さを学んでいたのである。
「そうかよ、なら2人まとめて俺が叩き潰してやる!」
ガロンドはそんな2人に対し、言葉で説き伏せる気など毛頭無くただ力でねじ伏せるのみだった。
「赤軍の騎士さん、今はこの子達を守る為協力お願いします!」
「……仕方ないか。今の私では彼らを守りきる自信は無い。青軍の騎士よ、すまんが力を借りるぞ!」
エルフルーラとて青軍に助けを乞うなどしたくは無い。
だが先程ガロンドに受けた必殺技のダメージが想定以上で、今のままでは後ろの子供達を守りきれないと判断し、マリスの申し出を受けることにしたのだ。
「僕はマリスです。一緒にこの子達を守りますよ!」
「ああ、私はエルフルーラだ。この一時の間、共に戦うぞ!」
こうしてなし崩し的にではあるが、マリスとエルフルーラは協定を結んだ。
2人は並んで互いに名を名乗ると、迫り来るガロンドに向けて武器を構える。
「仲良くお喋りとは余裕だなお前ら。まとめて吹き飛ばしてやるよ!」
ガロンドは待ち構えているマリスとエルフルーラ目掛け、横薙ぎに大振りの一撃を見舞う。
鎌特有の軽さを活かした高速の一撃は2人の首を一直線に狙う。
「はあぁ!」
だが、迫り来る大鎌をマリスは片手剣1本で防いだ。
さらに青い閃光が迸る中、それを裂くように赤い光が軌道を描く。マリスがガロンドの動きを止めた隙にエルフルーラが攻勢に出たのだ。
「もらった!」
「ぬぐっ、やらせるかよ!」
隙を的確に狙ったエルフルーラの上段斬りだが、それはガロンドの盾によって防がれてしまう。
「へっ、2対1っつっても手負いじゃこんなもん――」
「まだだ!」
一瞬余裕を見せたガロンドであったが、マリスのさらなる追撃によってそれは途中で遮られてしまった。
騎士道精神、暗黙のルールを捨てたライノ隊には正攻法などという言葉は当てはまらない。
片手剣で鎌を防いでいたマリスは、そのまま肩を使ってショルダーチャージでガロンドの体勢を大きく崩したのだ。
「こ、このっ!これだからあいつの隊は嫌いなんだよ!」
「ライノ隊長は関係ない!これは僕自身が考えに考え抜いた末の戦い方だ!」
マリスの行動にライノを思い浮かべ愚痴るガロンドに対し、マリスはそれが己の意思であると叫び剣を振るう。
慌てて鎌を構え直すガロンドであったが、マリスの不意打ちで体制を崩した今、その攻撃は完全には防ぎきれない。
斜め上からの袈裟斬りをまともにくらったガロンドは、鎧にヒビを入れながら大きく後ろに吹き飛ぶのだった。
「よし、一気にトドメを刺すぞ!」
「っ!エルフルーラさん、待って下さい!」
負傷したガロンドに更なる追撃を仕掛けようとするエルフルーラだったが、それはマリスによって制止される。
エルフルーラは理由を聞くため振り返ろうとするが、それよりも早くその答えはやって来た。
「隊長、何やってるんですか?」
「ティニシアか、いいタイミングで来たな」
突然現れガロンドを守るように背後に押しやったのは、彼の隊員の1人であるティニシアだった。
ガロンド側の増援に焦り、マリスとエルフルーラの間には緊張が走る。
「さて、それじゃあ……」
「く、来るか……!」
ティニシアの背後で立ち上がったガロンドに対し、エルフルーラは剣を強く握り締め、額に汗を滲ませる。
だが、次に彼が放った言葉は意外なものだった。
「ここは一旦引くぞティニシア」
「そうですね、開始早々そんな深手を負いながらじゃ戦えませんから。今はそれが最善手です」
ガロンドとティニシアは武器を構えるのをやめると、ジリジリと後ずさって距離を取っていく。
そう、彼らは撤退を選択したのだった。
「という訳だから、ここはお前らに勝ちは譲ってやるよ。だが覚えとけ、必ずリベンジはしてやるからな」
ガロンドは最後にそう捨て台詞を吐くと、大きくジャンプして廃墟の奥へと消えていく。
「はー!なんとかなったかー」
「えぇ、どうにか彼らを守りきれました……」
緊張が解けたマリスとエルフルーラにどっと疲労が襲ってきたのか、彼らは本来互いに敵同士であることも忘れ、武器を手放し地面に座り込んだ。
こうしてガロンドが撤退したことで、マリスとエルフルーラは勝利を手にしたのだった。
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