6章 23. 青軍の騎士は変わった経験を積んでいる
スラム街の孤児を守る為一時的に共闘したマリスとエルフルーラは、見事ガロンドを撤退させることに成功した。
「ふぅ、どうにか守りきれたみたいだ……」
「マリスと言ったか、助太刀感謝する」
子ども達を守れたことに安堵して一息つくマリスに、エルフルーラは感謝の言葉を述べた。
随分と固い口調だが、それは騎士である時のみの彼女のスタンスであり、友人と酒を飲んでいる時は砕けた口調になる。
「いえいえ、僕も騎士同士の戦いに民間人を巻き込むのは気が引けますし」
「そうだな。避難勧告は出ていたらしいが、それでもこうして逃げられなかった者はまだ居るだろう……」
「やはりエルフルーラさんもそう思いますか」
先程守った子ども達を見て、マリスとエルフルーラはこの子達以外にも避難が出来ていないスラム街の住民がいることを予想していた。
「私のことはエリーでいい、親しい者は皆そう呼ぶ。そなたには恩があるからな」
「分かりましたエリーさん」
エルフルーラはよく友人で冒険者のティシャからはエリーと呼ばれており、恩を感じまた同じ意志を持つマリスに対し強い親近感が湧いていたのだ。
それにお互い若くして騎士となったから、年齢が近いのも要因である。
「それでマリスよ、今はこの子達を安全な場所へ避難させようと思うのだが」
「そうですね、ここに残っていたらいつまた戦いに巻き込まれるか分かりませんから。申し訳ないですけどこの場は移動しましょう」
マリスはそう言うと、未だ廃墟の中で怯える子ども達の元へ向かう。
「君達、もう大丈夫だから出ておいで」
「い、いやだ、出たら俺達を捕まえるつもりだろ!」
隠れている子どものうち、兄と思われる方が怯え震える声でそれでもキッパリと拒否してくる。
どうやら騎士が不法占拠している自分達を捕らえに来たと、勘違いしているらしい。
「うーん、困ったな……。あっ、そうだ!」
中々廃墟から出てこない子ども達に困るマリスだったが、何かを思いついたように腰に下げているポーチから何かを取り出す。
「ほら、お腹すいてるでしょ?これを食べなよ」
そう言ってマリスが子ども達に差し出したのは、非常食用に用意していた干し肉と乾パンのようなものが詰まった袋だ。
子ども達は最初何か分からず警戒していたが、袋の口からほのかに香る肉の匂いに釣られて喉を鳴らし、おずおずとそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます。騎士様……」
「わぁー、食べ物だー!ありがとう騎士のおにーちゃん!」
2人は今までまともな食事を取ってこなかったのだろう。
非常食を手に取ると兄は恐縮気味に礼を言い、妹の方は満面の笑みで頬張り始める。
そんな微笑ましい光景に、ここが戦場であるにも関わらずマリスは思わず顔が緩んでいた。
「随分と手馴れたものだな」
「まぁ少し前に、異世界から来たって言う変わった人を助けたこともありますからね」
マリスはエルフルーラの言葉に灯のことを思い出し、懐かしむようにポロリと口に出す。
「異世界だと?さすが青軍の騎士は変わった経験を積んでいるような」
「こんなこと青軍でも珍しいですけどね……」
エルフルーラはマリスの答えがおかしくて、思わず笑い出し、マリスも苦笑いしながら頭を搔く。
「あっ、そう言えば私も前に魔力を持たないくせに戦場に突っ込むバカなら会ったことがある」
だが彼女も変わった人物となら以前会ったことがあると、思い出した様に語りだした。まぁそれも灯のことを指しているのだが。
「魔力が無いのに?随分と無茶するんですね」
「だがその者に私達赤軍の騎士は救われたのだがな。懐かしい……」
2人は期せずしてお互いに同じ人物を思い描いて、笑い合っているのだった。
残念ながら、2人がそのことに気付くことは今はないだろうが。
そうして楽しげな声を上げていると、子ども達も警戒が解けたのかおずおずと廃墟から出てきてくれた。
「よし、それじゃまずはこの子達を安全な場所へ避難させましょう!」
「ああ、戦場はこの廃墟区だけだなからな。ここを出ればひとまずは安全だろう」
マリスとエルフルーラは目的地を決めると、兄と妹をそれぞれ抱き上げ廃墟区の外へと駆け出す。
「ごめん、鎧だからちょっと痛いだろうけど我慢してね」
「いえ、大丈夫です……」
お兄ちゃんの方はまだ完全に警戒が解けている訳では無いようで、若干緊張気味である。
「騎士様ってもっと怖い人達だと思ってたけど、優しくてかっこいいんだね!」
「うむ、我々は市民を危険から守る誇り高い騎士だからな」
対する妹の方は、これまで騎士は怖い人達だと思っていたようだが、今回のことでイメージが変わったらしく楽しそうにしている。
「おっ、もうすぐスラム街を出るよ!」
マリス達はスタート地点からそれほど離れていなかったこともあり、少し走るとスラム街の終わりが見えてくる。
無事子ども達を避難させることが出来ると安堵するマリスとエルフルーラだったが、しかし彼らは大事なことを忘れていた。
この勇者選別の決勝戦は1位と2位でスタートに時間差があり、そして2位の者達にもたった今、開始の開始の合図が出されたのだ。
「むっ、早速青騎士を発見か。貴様に恨みは無いがここで散ってもらうぞ!」
スラム街に向かう騎士と外へ避難しようとするマリス達、両者は正面から鉢合わせてしまったのだ。
マリスの目の前に現れたのは赤軍の騎士で、後ろに少し離れて着いてきているエルフルーラには気づいていない様子だった。
赤騎士はマリスの背負う子どもにも気づいておらず、すぐさま剣を抜いて斬りかかってくる。
両手が塞がっているマリスには、それを防ぐ術はなかった。
「ちょ、今はダメ――」
「隙ありです」
襲いかかる赤騎士に対し、慌ててマリスは待ったをかけようとしたが、しかしそれよりも速く何者かが横から現れ、目の前の騎士を倒してしまった。
「ふ、伏兵か、油断した……」
完全に虚を突かれた赤騎士は呆気なく地に倒れ、護身用魔道具であるサクリファイスタンクの副作用で意識を失う。
マリスはそんな赤騎士から視線を外し、突然現れ彼を倒した者へ目を向ける。
一時の窮地は脱したが、その者が味方である可能性は限りなく低いので、マリスは額に冷や汗を伝っていた。
「マリス君でしたか。相手を横取りしてしまいすみません……」
しかし、そこに立っていたのは先日共に酒を飲み交わした、マリスの同期でフレシア隊の隊員でもあるレグザーであった。
緊張するマリスとは裏腹に、レグザーは冷静な口調で獲物を横取りしたことに対し静かに謝罪する。
「い、いや、助かったから大丈夫だよレグザーさん。でもどうしてここに?」
「そうでしたか、なら良かったです。ようやく私達もスタートしたのですが、横に騎士が見えたので追っていたらここに辿り着いたんですよ」
マリスの疑問に対し、レグザーは淡々と経緯を答えると、その視線は遅れてやってきたエルフルーラへと向けられる。
その目はマリスと話していた時とは全く違う、新たな獲物を狙う狩猟者のそれであった。
「まっ、待ってくれレグザーさん!僕らには今事情があって、戦っている場合じゃないんだ」
「……その様ですね」
マリスは慌ててレグザーを止めようとするが、彼女はその理由を聞くことなく、静かに武器をしまう。
その目にはもう闘争心は一切なく、冷静で物静かないつものレグザーへと戻っていた。
「私が護衛しますので、早くその子ども達を安全な場所へ送り届けましょう」
「え?あ、ありがとう、レグザーさん……」
「どうなっているんだこれは……?」
子ども達のことにも気づき、全てを察している様子のレグザーにマリスとエルフルーラは疑問を隠せないでいる。
だが既に先導して走り出す彼女に対しその疑問を口にする暇などなく、訳が分からないまま2人は彼女の後を追ってスラム街の外へと向かうのであった。
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