6章 21. 赤と青、2色の閃光

『青軍セシル隊セシル脱落!』




 勇者選別が始まって1分も経たないうちに、最初の脱落者が現れた。


 その瞬間を目の前で見ていたマリスは、この決勝の舞台の熾烈さを肌で直接感じる。




「サクリファイスタンクが発動したからか。こんな感じで周知されるんだな」




 どこからかアナウンスの様に聞こえてきた脱落者を知らせる声に、マリスは反応する。


 護身用魔道具が発動したら審査員に知らせられるよう設定されており、彼は即座にそのことに気づいたのだ。




 だが今のマリスには、そんなことよりも気になることがもう1つあった。




「さっきから警戒してるけど、あの騎士、セシルさんって人をがやられて以降赤い矢が降ってこなくなったな」




 そう、先程その最初の脱落者を生み出した根源である、あの赤い矢を警戒していたのだ。


 しかしいくら警戒しても、その矢が襲ってくることはもうなかった。




「来ないな……」




 いくら待っても襲ってこないことに、マリスは頭を悩ませる。


 ついさっきまでは連続で何本もの矢が飛んできたのに、今は1本も飛んできてないことを不思議に思っていたのだ。




「これだけ待って来ないってことは、僕は狙われてないってことか。考えられるのは、僕の存在を知らなかったか、連続で射てる本数に限りがあるか、後は別のターゲットが現れたからそっちを狙っているかの3つだな」




 マリスは襲われなくなったことに対し、いくつかの予想を立てた。


 ただそれは今思いついたものであり根拠は一切無いが、マリスは騎士としての勘からこの中に正解があると確信する。




「とにかく今襲われていないのはチャンスだな。今のうちに移動を再開しよう!」




 何にしても一先ずもう矢は襲ってこないと判断したマリスは、再び勇戦闘者を探すために行動を開始するのだった。




























 ――




























 マリスが矢の急襲から窮地をま逃れていた頃、東南エリアからスタートしたとある女性騎士は、いきなりの脱落者に冷や汗を流していた。




「今の音、まさかあの人いきなり動いたのか……!」




 赤軍リベンダ支部、エルフルーラ隊隊長エルフルーラは、先程まで聞こえていた爆音と続けて聞こえた脱落者のアナウンスに、恐怖から腕を少し震わす。


 赤軍である彼女はあの赤い矢を放った者の正体を知っているからこそ、その攻撃を受けた場所の惨劇を思い浮かべ憂いていた。




「廃墟区とはいえ、あの者を王都内で暴れさせるなんて……、やはり私は納得出来ないな」




 外敵から街や人々を守るはずの騎士が、街を攻撃しているという事実にエルフルーラは納得のいかない様子であった。


 彼女もまた、この勇者選別に異を唱える者の1人なのである。




「見つけたぞ赤騎士ぃ〜!」




 と、そこへ青い光のラインを鎧に張り巡らせ駆けてきたのは、青軍の騎士であった。




「むっ、青軍か……!」




「おらぁ!」




 突然現れた青騎士と、エルフルーラは激しく刃を交わらせる。


 赤と青、2色の閃光は激しくぶつかり合って混じり合った。




「へぇ、赤騎士のクセに近接もなかなかやるじゃねぇか」




「ふん、私は弓よりも近接戦の方が得意なのさ」




 しばらく鍔迫り合いをしていた両者だったが、互いに後ろに飛び退くことで距離をとる。




「仲間を探していたんだが、まさか先に赤騎士と鉢合わせちまうはな。俺はガロンド隊隊長のガロンドだ」




 ガロンドは両手に持つ武器を、青い軌道を描きながら構え直す。


 ガロンドの持つ武器は「両手鎌」という、死神が持っているような巨大な鎌である。


 しかしライノの持つ両手斧とは違い軽く小回りがきくので、そこから繰り出される広範囲高速斬撃は回避が難解だ。




「私はエルフルーラ隊隊長エルフルーラだ。リベンダを守護している」




 ガロンドの名乗りを受けてエルフルーラも自己紹介をする。


 軍は違えど名乗りを上げ相手に認められたということに、エルフルーラは内心少し喜んでいた。


 赤軍の騎士は長弓と片手剣というのが基本装備であり、彼女も例に漏れずその武器を装備している。


 エルフルーラは赤く輝く片手剣を構えると、ガロンドと向き合った。




「隊長さんだったか……。撤退するつもりでいたが、もう少し遊んでみたくなったな」




「大口を叩いていられるのも今のうちだ。すぐにその減らず口をきけなくしてやる!」




 ガロンドとエルフルーラは、再び互いの武器を打ち合い始めた。




 エルフルーラが横薙ぎに剣を振るえばガロンドはそれを鎌の柄で防ぎ、そのまま回転していなしつつ鎌を振り下ろす。


 上から振り下ろされる鎌に対し、エルフルーラは盾を展開させこれを防ぐ。そしてそのまま盾の隙間からガロンド目掛け鋭く剣を突き出した。




 だがそれをガロンド盾で防ぎ、更に鎧を起動させ高速で背後へ回り込むと同時に、鎌の形状を活かしエルフルーラの胴を抉るように狙う。


 その鎌に対しエルフルーラは軽くジャンプすることで回避し、更にそのまま背負っていた弓に手をかけ空中からガロンドに追撃を仕掛ける。




「ちっ!」




 ガロンドはその弓矢をバックステップで避けると、小さく舌打ちをした。


 この一連の流れにかかった時間はほんの数秒。その間2人は一言も声を発することなく、互いの力量を図るかのように真剣な面持ちで牽制しあっていたのだ。




「……赤騎士は集団戦が得意なんじゃねぇのかよ」




「個人で戦えなければ、隊長を務められるわけないだろうが。これでも一応部隊を率いている身なのだからな」




「へっ、確かにそりゃそうだ。なら、こっからは本気でいくぜ」




 ガロンドは鎧と鎌に魔力を注ぐ。


 より強く青い閃光を放ちだし、右往左往に鎌特有の丸い軌道を描きながら彼女の虚をつくように攻め始めた。


 この撹乱攻撃を前にしては、大抵の騎士は対応することも無く散ってしまうだろう。




「……、そこか!」




 だが、エルフルーラだけは違った。彼女には赤軍として培ってきた実力の他に、もう1つ特別な力「魔眼」がある。


 魔力を探知出来るこの目を持つ彼女にとって、撹乱攻撃など意味が無いかのように、近づいてきたガロンド目掛け剣を振るうのであった。




「うおっ!お前見えてんのかよ!」




「ふん、赤軍だからとバカにするなよ青軍」




「別にそんなつもりはねぇけどな。まっ、俺達の方が強いってのは事実だろうよ!」




「……昔から青軍の、そういうガサツな態度が気に入らんかったのだ!」




 青軍と赤軍は個々の力量の違いから、あまり仲がいい方ではなく、小さな喧嘩は昔から多々あった。


 しかし今回の勇者選別で、ある意味公式に赤軍と青軍が戦えるとあり、騎士達の間で溜まっていた鬱憤も同時に吐き出されることとなったのだ。




「ならそろそろ、俺の本気を見せてやるよ」




 ガロンドはそう宣言すると、両手鎌にこれまで以上に魔力を注ぎだす。




 それを見てエルフルーラは、必殺技が来ると直感し身構える。そして、その予想は見事に的中した。




「いくぜエルフルーラさんよ、両手鎌起動!『遠刃乱撃』」




 ガロンドはそう声を張り上げながら、地面に勢いよく鎌を振り下ろす。


 エルフルーラとの距離はまだそれなりに離れているので、攻撃が当たることは無い。そう思われたが――




「っ!下か!」




 突然エルフルーラの足元に大きくヒビが入り、そこから地面を割くように数本の青い刃が突き出してきたのだ。


 その攻撃に彼女はたまらず後ろに飛び退くが、青い刃はそれを逃すまいと、更に何本も突き出しながら追撃を仕掛けてくる。




 後ずさる様に逃げるエルフルーラは背後に廃墟の建物を確認する。そこへ避難すればこの攻撃を逃れられるかもしれないと判断した彼女は、急いでそちらへ向かう。




「ここへ入れば――いや!ダメだ!」




 だが、エルフルーラはその建物を前にして、突然足を止めると地面から攻めてくる青い刃と正面から向き合うのだった。




「ん?何を考えてるか知らねぇが……、その隙を見逃すほど俺は甘くねぇぞ!」




「っこい!」




 突然退くのをやめたエルフルーラに対し、舐められていると判断したガロンドは怒りを顕にしながら、全力の一撃を放った。


 エルフルーラを囲む様に地面から突き出す青い刃の本数は8。逃げ場を失った彼女は盾、剣、鎧全てに魔力を注ぎ全力で防御の構えをとる。




 ガキィーン!




 激しい金切り音共に土煙が舞う。


 その様子を静かに静観していたガロンドは、やがて驚嘆の声を漏らした。




「おいおい、あれを防ぎきったのかよ……」




「うぐっ!な、なんとか無事の様だな……」




 エルフルーラはそう安堵の声を呟きながら、ガロンドの方ではなく背後の建物に意識を向ける。




「ひぃっ、お、お兄ちゃん……!」




「大丈夫だ、大丈夫!兄ちゃんがついてるから!」




 彼女の背後にあった建物には、スラム街から避難することの出来なかった孤児の姿があった。


 エルフルーラは、彼らを守る為に己を盾にしたのである。

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