6章 20.本戦開始
勇者選抜予選の後久しぶりの王都の酒を大いに楽しんだ2日後、いよいよ本戦の当日がやって来た。
昨日丸一日オフだった騎士達は二日酔いをしっかりと休め、万全の状態で戦いに望むのである。
「いいかお前達、まずは合流することが最優先だ!俺達はチームで勝利を手にするぞ!」
「「「おぉー!」」」
集合場所の一角で円陣を組み士気を高めているのは、予選通過者の中で最も同じ隊のメンバーが多いガロンド隊だ。
彼らは隊員が多いというアドバンテージを存分に活かすべく、念入りに作戦を立てている様子である。
勇者選別本戦は廃墟区を舞台に、その周囲にランダムに配置された騎士達が一斉にスタートするという仕組みだ。
それ故チームで動くとなれば互いの位置を正確に把握しなければならない為、合流するだけで多くの時間を取られる。
たた、それでも合流しさえすれば一対多では圧倒的な有利を得ることが出来るのだ。
「隊長、あっちの人達は隊で動くみたいですけど、うちはどうするんですか?」
円陣を組んで無駄に目立っているガロンド達を横目に、アマネはライノに自分達はどうするのかと問いかける。
「んー?んなもん特に考えてねぇよ。勇者になれるのはたった1人なんだ。各々好きに動こうぜ」
「ず、随分と雑ですね。やる気ないんですか……?」
だが、それに対する答えはえらく素っ気ないものであり、アマネも面を食らう。
マリスやアマネ達若い連中は、あの日のライノやフレシア達が話していたことは一切耳に入っていない。
だから、彼らの胸の内に抱く王国への不信感を知らないのだ。
「僕は全力でやらせてもらいますよ。せっかく先輩騎士の方々と手合わせ願えるまたと無い機会なんですから」
「マリス君も目的が変わってるよ……。はぁ、もうこうなったら私も好きにさせてもらうから!2人もライバルなんだから覚悟してよね!」
男子2人のバラバラな意見に呆れ果てたアマネは、開き直って自由に動くことを決心した。
「へっ、まだまだお前達には負けねぇよ」
「望むところですアマネ先輩。それにライノ隊長も」
最終的にライノ隊は、協力とは真逆の対立という結論に至った。
3人も同じ隊のメンバーがいるのに互いをライバル視しているのは、恐らく彼らの隊だけだろう。
『間もなく勇者選別本戦が始まります。出場する騎士の方々は開始位置に移動して下さい。繰り返します、間もなく――』
拡声系の魔道具越しに、審判と思われる女性の声が響き渡る。
それを聞いた騎士達は、各々割り当てられた開始地点へと移動し始めた。
「もう始まんのか、それじゃお前らまた後でな」
「次会った時は敵同士ですからね!」
「負けませんよ」
ライノ隊の面々も、最後に宣戦布告気味な挨拶を交わし各々移動を始める。
――
ライノは廃墟区の北側、アマネは南西側、マリスは東側と、3人の位置は程よくバラけていた。
マリスが開始地点へ近づくと、そこには審判員の男性と見知らぬ騎士が1人居るのが見えてくる。
「マリス様ですね。予選1位通過の方が先に廃墟区へ入りますので、用意をお願いします」
「はい、分かりました」
この本戦は1位から先に廃墟区へと入っていく。そして廃墟区のどこかに隠されてある、勇戦闘者を見つけたものが優勝者となれるのだ。
予選1位通過のマリスは、もう1人の騎士が後ろで腰を下ろしている中、開始位置に着いて軽く準備運動をして緊張をほぐす。
と、そうして開始を今か今かと待ち構えていると、横にいた審判員の男性が手に持っている時間測定用の魔道具を目に、秒読みを始める。
「4、3、2、1……、本戦開始です!」
「よしっ、行くぞ!」
カウントゼロと共に審判員の男性は高らかに試合開始の宣言をし、それを合図にマリスは勢いよく駆け出す。
いよいよ、勇者選別本戦が始まったのだ。
ドゴオォン!
と、同時にどこかからか激しい爆発音が轟き、マリスの足はすぐに止められてしまった。
「な、なんだ今の音は……!?」
突然の謎の音に困惑を隠せないでいる様子のマリスは、ひとまず廃墟の中に身を隠す。
そしてマリスが廃墟に身を潜めた瞬間、またしてもあの爆音が響いてきた。しかも音は先程よりも大きく鮮明になって。
開始と同時だったこともあり1回目は取り乱したマリスだったが、2回目にその音を聞いた瞬間その状態に気づいた。
「これは……、「矢」か。しかも、超長距離射撃だな」
そう、その正体は先日酒場でアマネから教授してもらった、赤軍の精鋭である。
「確かにアマネ先輩はずば抜けた才能の持ち主も何人か居るって言ってたけど、こんなに人間離れしてるのか……。これじゃもう魔獣と一緒だな」
マリスはあまりに凄まじい矢の轟音を耳にし、恐れを通り越して呆れている。
彼もまた、そういった化け物じみた実力を持つ者達とは何度も渡り合ってきたお陰か、こういったことには慣れっこだったのだ。
「ひ、ひいぃぃぃ!もうやめてくれぇ!」
「っ、誰かこっちに来る……!」
誰かは分からないが悲鳴のような騎士のものと思われる声を耳にし、マリスは若干緩んでいた気を再び引き締め直し、そちらに意識を集中する。
と、その時またもあの超強力な矢が廃墟を砕く爆音が轟いた。
その音から、もうだいぶ近づいて来ていることをマリスは感じ取る。
「ここに居たら危険だな。もう少し安全な場所まで引いた方が良さそうだ」
マリスはこの場を撤退する為潜んでいた廃墟から抜け出そうとする。
がしかし、そこに先程の悲鳴の主であろう騎士がドタバタと落ち着きのない動きで駆けてきた。
騎士は今にも死にそうな程顔を青ざめさせ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れていた。
ちょうどマリスも隠れる場所を変える為廃墟を出ようとしていたので、偶然にも2人はばったりと出会ってしまったのだ。
「あ……」
「な……」
まさかの遭遇に、一瞬本戦のことも頭から抜け落ち互いに見つめあったまま、数秒固まってしまう。
だが、ここは戦場。ぼーっとしていられる時間など1秒足りとも存在しない。
2人が鉢合わせた所の空に、何やら赤い輝きが迫って来る。
マリスはその赤光を目の端で捉え、無意識に振り向きその正体を知る。
そして、気づいた時にはもう全て遅かった。
「や、やめてく――」
一瞬目の前の騎士は何かを叫んだように聞こえたが、空から降ってきた赤光が激突したと同時に、その声は掻き消されてしまった。
「シ、シールド起動!」
マリスは咄嗟にシールドを展開させるが、その衝撃は凄まじく周囲の廃墟ごと吹き飛ばされたのだ。
赤い矢の命中した周囲はクレーターの様に凹み、その外周を囲む様に廃墟は瓦礫の山となる。
「うっ、く……!な、なんとか生きてる、か」
そんな瓦礫の山を押しのけ、危機一髪で窮地を乗り切ったマリスはフラフラと立ち上がる。
マリスの埋もれた廃墟は、たまたま小さな倉庫か小屋の様なものであり、重さもさほど無くクッション代わりとして衝撃を吸収してくれたのだ。
しかし、マリスの正面にいた騎士は矢の直撃を受けたらしく、今は地面に転がり意識を失っていた。
「よかった、ちゃんと魔道具は発動したみたいだ」
この本戦では、予め「サクリファイスタンク」という名の魔道具が支給されていた。
これは戦闘で万が一死者が出ないよう、命の危険が生じた時に所有者の身代わりとなる、護身用の魔道具なのだ。
発動すれば中に込められていた魔力が膜となって所有者を包み込み、1度だけ攻撃を防ぐことが出来る。
ただそれだけ優秀な魔道具であるが故にデメリットは大きく、膜の中で膨大な魔力に犯された所有者は、まる3日間意識を失うのだ。
窮地を救っても意識を失えば意味が無いということで、実戦では使われることは無い失敗作の魔道具であるが、こういう時に役に立つ。
「これが無かったら今頃彼は死んでたよ。これ思ったより優秀な魔道具なのかな」
マリスはそう呟きながら、しまってあったサクリファイスタンクを取り出し眺める。
何はともあれ、目の前の騎士はもう目を覚ますことも無いだろうから、実質的なリタイアとなる。
勇者選別本戦が始まって数秒、いきなりの脱落者を出し波乱の戦いが幕を開けた。
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