6章 19. 魔獣バカのアマネと魔道具バカのデシリア

 酒場に偶然集まったライノ隊とフレシア隊のメンバー達は、久しぶりの再会で会話に花を咲かせていた。


 といっても、年長者達の会話は楽しげなものばかりではない。


 今回突然開催された勇者選抜に対し、ライノ、フレシア、ロイネーの3名はそれぞれその裏の魂胆に予想をしていたのだ。




「決勝の舞台は廃墟区か……、お前らどう思うよ?」




「はっ、どう思うも何も、そんなの勇者選抜のついでにスラムの奴らも一緒に掃除しろという魂胆じゃろうが」




「危険な戦闘になるというのに、わざわざ王都内で行うあたりあからさまよね」




 廃墟区とは、今では使われなくなって寂れた建物が密集している地帯である。


 そこには王都でまともな暮らしを行えなくなった者、様々理由で両親を失った孤児、まともに表を歩くことが出来なくなった悪人などが暮らしているのだ。




 決勝本戦を説明してくれた司会の女性はオブラートに包んでいたが、つまるとこ、廃墟区とはスラム街のことである。




「ったく、俺らにそんな尻拭いをさせるたぁいい度胸だぜ」




「まぁ公には戦場になるからと避難勧告はするじゃろうが、それでもあそこでしか生きられぬ者は当然動けぬ。そしてそういった住民を間引くのが今回の狙いじゃろう」




「勧告を出さずに問答無用でスラム街を潰せば、そこを逃れた人達が王都に溢れかえるものね。国も上手いこと考えたものだわ」




 ライノ達は王都の考える悪どい企みに、苛立ちと共に重い溜息を吐きつつ酒をあおる。


 まるでいまにも「飲まなきゃやってられねぇよ」とでも言い出しそうな雰囲気だ。




「どうせあの勇戦闘者とかいう新装備にも、なにか裏があるんだろうよ」




「へぇ、例えばどんなものがあるのかしら?」




 ライノの言葉にロイネーは素直に疑問を口にする。


 だがそれに答えたのは正面に座るフレシアだった。




「おおかた、帝国との戦争にでも起用するんじゃろうよ」




「戦争?同盟を結んでいるこのご時世でか?」




「ふん、そんなものは仮染めの紛い物じゃよ。現に帝国の奴らは王国で好き放題しておるじゃろうが」




 フレシアの答えには一瞬驚いたライノだったが、思い返してみればここ最近の任務では帝国の連中との戦闘が大半を占めていることに気づく。




「そういや、俺らもここ最近は魔法使い共とばっか戦ってたわ」




「ほれみたことか、王国もこれ以上奴らを野放しにはしておけぬと、何かしら手を打つ気なのじゃよ」




「そして、その戦争の先陣を切るのが勇者、ということですか……」




「はぁ……、若い奴らはこんなに楽しんでるってのに、やな国だぜ全く」




 ライノ達は隣で楽しそうに剣術や任務の話で盛り上がっているマリス達若い連中を横目に、再び重いため息をつくのだった。


























 ――
























 ライノ達大人組が勇者選抜の裏に様々な憶測を立て重い話をしている中、マリス達はレグザーと共にここ数年の近況を話し合っていた。




「へぇー、レグザーさんの隊は南の方に行っていたんですか」




「はい、南の密林でに現れたハンターとは何度か交戦しました」




 王国の南側は、鬱蒼と自然が生い茂る密林や湿地が多く広がっている。そんな自然あるれる場所には珍しい魔獣や動物を求めて密猟者が多く出没するのだ。


 フレシア隊はそんな南の地区を担当することが多く、それ故に自然とハンター達との戦闘の機会が多くなったのだ。




「ハンターかー。そう言えば灯君と初めてあった時も――」




「うへぇー、やっと着いたよー」




「あんたがのんびり武器なんか眺めてるからでしょうが!あっ、ほら!もう皆飲み始めてるじゃん!」




 と、アマネが思い出したかのように灯の話をしようとした時、酒場の入口からまたもや騒がしい声が聞こえてきた。


 そんな騒々しい喧騒によって、アマネの声は見事に掻き消される。


 そして、その声の主達はずんずんと店の奥へと入ってき、やがて飲み会を楽しんでいるマリス達の所で止まった。




「あれ?うそっ!何でマリスも居るの!?」




「隊長、今日は我々フレシア隊だけで飲む予定じゃなかったですか?」




 マリス達の前に現れた2名の女性はそれぞれに驚きの声を上げていた。


 最初にマリスを見つけ入店した時よりも大声で叫んでいたのはメイダ。アマネと同郷の幼馴染みであり、予選の2回戦では彼女に敗れた騎士の1人だ。


 そしてもう1人は、決勝本戦にも勝ち上がったフレシア隊の一員であるデリシア。フレシアと名前は似ているが娘でも姉妹でもない赤の他人である。




 こうして遅れてきた彼女達を合わせ、フレシア隊の主力メンバーは勢揃いした。




「お前達随分と遅かったじゃないか。どこをほっつき歩いておったのじゃ?」




「あっ、そーだ隊長聞いて下さいよー。このアホが魔道具屋に入ってからずーっと武器を眺めてるもんですから、こんなに遅くなっちゃったんですよー」




 フレシアに促されて思い出したかのように、メイダは滝の如く愚痴を零す。


 まだ席にも着いていないというのに、その様子から相当ストレスが溜まっていたと見受けられる。




「だってせっかく王都に来たんだから、魔道具見て回らなきゃ損じゃない!」




「それに私を巻き込むなっつってんでしょうが!」




「ちょっとなら良いよって言ってたじゃん!」




「あれのどこがちょっとだ!何時間も待たされた私の身にもなれ!」




 メイダとデリシアは大衆の面前であることも忘れ、大声で喧嘩を始める。


 酒も入っていないのに良くここまで熱くなれるものだとライノは呆れていたが、お前とガロンドも似たようなものだとローネイが鋭い視線を飛ばす。




「……お前達、いい加減にしないか。馬小屋で1晩過ごしたいのか?」




「「ご、ごめんなさい!」」




 しかし、フレシアのドスの効いた声音によって、2人の言い争いもピタリと止んだ。


 こういうところで、年齢ゆえの貫禄というものが出るのである。何歳なのかは誰にも分からないが。




「馬小屋かー、有りだなー」




「アマネ先輩、今そんな空気じゃないですから」




「流石です、隊長の怒気を受けて平然としていられるなんて……!」




 アマネだけはフレシアの言葉に謎の同意をしていた。この生き物大好き女だけにはご褒美だったようだ。


 レグザーは、そんなあまの態度に何か堂々としたものを感じてしまったのか、尊敬の眼差しを送っている。




「はぁ、なぜ騎士はこうも変人が多いのかのぅ……」




 フレシアはアマネ達を見て呆れたように重い息を吐く。もうメイダ達に対する毒気もすっかり抜かれてしまったようだ。




 そんなこんなで、遅れてきたメイダとデリシアも席へ着くのだった。




「ちっ、なんでこの女と私が隣なのよ」




「さっきぶりだねメイダ」




 メイダはアマネの隣が気に入らないのか、心底機嫌を悪くしてる。




「ふん、あんたがズルをしなきゃ予選は私の勝ちだったのよ!」




「別にズルじゃないよ。審判も止めたりしなかったし」




 隣に座った両者は、予選の続きとばかりにこの場で口喧嘩という第2ラウンドを開始した。


 幼馴染み同士のじゃれ合いに水を差すのも悪いだろうと、マリスはそんな2人は放っておいて遅れてきたデリシアに顔を向ける。




「デリシア先輩も確か予選を通過したんですよね。おめでとうございます」




「ありがとマリス君っ。と・こ・ろ・で~、君の剣はいつ私にくれるのかなっ?」




 マリスの褒め言葉を明るい笑顔で受け取ったデリシアは、そのままの笑顔で彼の腰に視線を落とす。


 そのせいか笑顔に若干影が入り、危険な香りが漂い始めた。




「ははは……、何度も言ってますが、この剣は特注品ですからね。差し上げることは出来ませんよ」




「ちぇっ、残念だなー」




 マリスはそんなデシリアを軽くあしらい、彼女もまたそれ以上深くは追求しなかった。


 これは彼らの挨拶のようなものなのである。




 デシリアという女性は、大の魔道具好きでありコレクション数は既に100品を超えていたのだ。


 その圧倒的執着心はアマネにも引けを取らず、騎士達の間では魔獣バカのアマネと魔道具バカのデシリアという愛称で親しまれている。




「まぁもしデシリア先輩が両手剣と片手剣を使いこなせるようになれば、作ってはくれると思いますよ」




「はぁー、簡単に言うけど君みたいにそう上手くはいかないわよ。まっ、一応コツコツ練習はしてるけどねっ!」




 デシリアは机に突っ伏して落ち込むが、すぐに顔を上げマリス目掛け満面の笑みでウインクをしてくる。


 こういう無尽蔵な元気さがアマネとそっくりだと、マリスは内心で微笑む。




 こうして、人数を少し増やして騎士達は飲み会を大いに楽しんでいるのだった。

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